正直、無駄な努力をしていると思う
正直、無駄な努力をしていると思う。アニメやドラマみたいな都合のいい奇跡が起こらない限り助かる見込みもないことに抗うなんてさ。
でも、最後まで抗う気持ちを持たなければ奇跡も起きないと思うんだ。
まあ、その奇跡はついに僕たちの前には現れなかったけどね。
それでも、ただ死に近付いて行ってるだけでも、その中で小さな幸せは掴みたかった。掴ませてあげたかった。美智果との時間は、そんな小さな幸せの一つだったんじゃないかな。
僕に向かっては険しい顔をする妻も、美智果に対しては穏やかだった。だからこそ、美智果にとっての母親の姿は優しくて穏やかで温かいもののままでいられたんだろうな。それを貫き通してくれたことにはいくら感謝してもし足りない。
通夜や葬儀の時には涙一つこぼれなかった僕も、今、こうしてそれを思うと込み上げてくるものがある。もしかしてそれは、ようやく泣けるだけの余裕が生まれたってことかもしれないけどさ。
美智果に対しては『泣きたい時には泣いていいよ』と言う僕だけど、妻のことではずっと泣くことができなかった。なじられたことで憤ってたのもあるかも知れないけど、悲しかったのは事実なのに……
妻の命日が近い。それは、彼女がもういないという事実に他ならない。
そうだ。彼女はいない。もういないんだ……
ちくしょう…なんでだよ……! 何で彼女が死ななきゃいけないんだよ……! 彼女が何したっていうんだよ……
バカヤロウ……!
家族を亡くしたくらいでいつまでも不幸面するなと言う人間がいる。でも僕は、そんな御託には共感できない。大切な人を喪った痛みと苦しみは、自分が死ぬまで完全には消えてしまうことはないと思う。そんなことができてしまう人間が語る綺麗事とか、僕には何の価値もない。
僕の中には今でも彼女がいる。彼女の顔も姿も声も振る舞いも、何もかもがはっきりと思いだせるしここにある。
だけど…だけどやっぱり彼女はいないんだ。
なじられてもいいから、もう一度彼女の声をこの耳で聞きたいよ。
ひっぱたかれてもいいから、もう一度彼女に触れたいよ。
でもそれは絶対に叶わない。それが、人間が死ぬということ。死んだ人間は還ってこない。それは絶対の真理。
だからこそ命は大切なんだって分かる。簡単に捨てたり消したりしちゃいけないんだって分かる。後でどんなに泣いても悔やんでも絶対に取り返せないものだから。
彼女は美智果にとってとてもいい母親だった。そして彼女の死は、美智果にとても大切なことを教えてくれたんだと思うんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます