目
@samasama24
おんな
目を覚ますと、自分が硬いベッドの上に寝かされているのがわかった。一体どれほどの間眠っていたのだろう。頭の奥の痺れるような感覚は、3年前まで愛用していた睡眠薬を彼に思い出させた。
自分の置かれた状況を把握するために、一旦ベッドから起き上がろうとする。しかし、どうしても身体が動かない。触覚こそ失われていないが、鉛のような重さが彼の四肢を支配していた。
首だけならなんとか動かせるということに気付いたので、先ず、寝ている部屋の左側に首を傾けてみる。目に入ったのは視界の一面を覆う白い壁だった。しかし、部屋が暗いからなのか、それとも元々汚れているのか、その白にはところどころ黒いしみが混ざっているように見えた。
それ以上見るべきものがないことを確認すると、彼は自分の首を180度回転させて、部屋の右側に頭を向けた。中々難儀な作業だったが、未知の空間への恐怖と好奇心が彼に力を与えた。
視界に入ってきたものは、ほとんどさっきと同じものだった。どこか薄汚れた、廃墟と化した病院を思わせる白い壁。ただ一つ違うのは、正面、つまり彼が横たわるベッドのすぐ横に一人の女が座っていることだった。
彼は驚いた。目覚めてから、この部屋に人の気配を感じたことは一度もなかった。それどころか、彼女の姿を確認した後も、彼はその部屋に自分以外の人が居る、という実感を得られなかった。まるで置物だ、と彼は思った。
すらっとした体型の女だった。髪は肩まであって、黒いカーディガンを羽織っている。目鼻立がすっきりしていて、その整った顔は日本人形を思い起こさせた。
そこでふと彼女と目があった。彼の視線に気付くと、彼女は上品なしぐさで微笑んでみせた。その微笑みに彼は少し照れてしまって、少年のように不恰好にはにかんだ。そのまま、春の教室のような幸せな空間がしばらく続いた。
違う。何かがおかしい。突如として、彼の中に不気味な胸騒ぎが起った。不安になって、彼女の目を、二歳児が母親に寄せるような縋りをもって見つめた。
そこで彼は漸く気付いた。横たわっている彼と椅子に座っている彼女が、“目を合わせている”ことに。
起き上がって確認するまでもなかった。彼女の顔には、美しい目がふたつ、縦向きに付いているのだろう。
静かな絶望の中、彼はそっと目を閉じた。
目 @samasama24
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