スナッフ・フィルム3
不用心なことにそれは、何の施錠もされておらず、何の苦もなくその扉は開く。
「……これだけ?」
木製の机と椅子、そして机上に古めかしいデザインのパーソナルコンピュータとその周辺機器だけが、部屋の真ん中にぽつんと配置されている。それ以外には何もない。その様子を見て、期待が外れたという残念な感じと安心感とが混ざり合い、私は次の禁忌を容易に犯すことが出来た。
パーソナルコンピュータには、齧られた林檎のマークと、かつて使用されていた幾つかの端子の差し口とボタンが二つついていた。それらの下にリセット、電源という文字が踊っている。私は電源と書かれたボタンを指で押した。パーソナルコンピュータはするする、といった内蔵ディスクの回転音を鳴らしながら起動する。
私は、以前書斎の中で読んだ本の中に存在したパーソナルコンピュータに関する記述から、このパーソナルコンピュータの使用方法を割り出そうとした。この前時代的なパーソナルコンピュータは磁気ディスクによって情報が保存されている。手にちょうど収まる大きさのデバイスで画面に映る矢印を操作し、調べてみたところ、このパーソナルコンピュータの保存領域は殆どが未使用であり、何個かのソフトと動画のみが保存されているだけであることが分かった。
既に私は、今触れているものが、かつて触れ得ざる禁忌の一部であったということを忘却しており、パーソナルコンピュータに保存されている動画を開くことに対しても、何ら躊躇することがなかった。
動画ファイル上に矢印を移動させ、二回押す。動作がほんの少しだけ遅れつつも、動画の再生が行われる。
動画は、一面の暗黒から始まる。複数の人間の囁き声と、何か物を動かした時のような音だけがノイズとして流れている。
やがて、ぼんやりとした光に照らされ、一人の少女が椅子に座る様が映される。
「この子、アクターだ」
私は何となく直感で、そう思った。均整の取れた顔と身体。その身に纏う純白のワンピース。光を反射する美しい髪。その少女は、あまりにも精巧に出来すぎた人間という、一般的なアクターのイメージと合致するものがあった。
椅子は肘掛けのついた木製のもので、私の住むこの家で使っている物よりも粗く、まるで人がその手で簡単に作ったような、そんな風情を感じさせるものだった。
その少女に、一人の男性が近付く。男性は青い作業着を着ており、その顔にはモザイク処理がかけられていた。
「ご主人様、今日は何をなさるのでしょうか」
その言葉を聞いて、私は鳥肌が立った。少女はアクターであり、今隣に立つこのモザイクの男は、少女の持ち主なのだ。
少女の目には無垢な信用があった。その信用は決して確定的なものではないが、それ故に無垢で純粋で、滑稽にさえ思えるような必死さがそこにはあった。
持ち主の男性はその言葉に答えを返さない。彼は黒い合皮の拘束具を懐から取り出し、少女の両手首と両足首を拘束する。少女の目には、あくまで何の疑いもない純粋な困惑のみが浮かんでいる。
私は、これらの一連の動作に覚えがあった。アクターたちの間でまことしやかに語り継がれる『趣味の悪いご主人様』のことを、私は耳にしたことがあった。
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