ブルーローズ

ブルーローズ【青い薔薇】の花言葉

Ⅰ・不可能

Ⅱ・ありえないこと







私は、黒い服の男性に連れられ、街の中を歩いていた。

店の中では着ることのない真っ白で綺麗な下着をつけて、一点の曇りのないワンピースを着て、街の中を歩いていた。

「街の様子はどうだね」

 男性はそう言って、私を見た。

これからはこの人が、私の主人だ。黒いコートと、なだらかな線を描く鷲鼻と、波紋のように刻まれた額の皺が特徴的だった。

「……明るい、です」

「そうかね。今日は曇りだが」

「私の置かれていた部屋はいつも、この曇り空なんかよりずっと暗かったですよ」

「そうか」

 男性は、何の感情もなくそう言った。

「それと。私、何処か変なところはありますか」

「どうしてそう聞く?」

「だって、道行く人がみな私の方を見るんですもの」

 私が言うと、男性は少し考え込んだ後に、こう答えた。

「最近はアクターに対する課税がきつい。あまり見られなくなったから、きっと物珍しいんじゃないかね」

「成る程。そういうことでしたか」

 私は、男性のその答えが真実でないということを心の底で理解していた。何故なら、彼らが私を見るその目は、私を心底嫌い、いじめ抜いてきたあの店のアクターたちと同じものだったからだ。

それを意に介することなく、男性は私の手を引いた。そうして辿り着いたのは、巨大な建造物だった。石膏のような色味を持ったその建物は、街中にある建物の中でも特別大きなものだった。

男性は建造物の中へと入り、エレベータ前にある黒い液晶へ手をかざす。すると、液晶から『合致、承認』と音声が発せられ、エレベータの扉が開いた。

「きたまえ。この先に私の部屋がある」

 私は、一連の機械的な動作に多少物怖じしながらも、エレベータに乗り込んだ。中の壁はつるつるで、緊急避難用のボタン以外の突起物は一つもなかった。

「このエレベータは一体どうやって部屋まで行くんですか」

「先程の液晶で静脈認証を行った。あれだけでこのエレベータは私の部屋が何階の何処にあるかを理解し、自動で動いてくれる」

「じゃあ、そのお部屋は一体何階にあるんですか?」

「私も知らない。他の住民だって知らない。データベースシステムの保全を行うこのマンションの運営会社の人間以外には把握出来ないようになっているのさ」

 この不可思議な構造をしたビルについて、私は興味と疑問が湧いて仕方がなかった。

「……たびたびすいません。それだとエレベータ一つでは待ち時間が長くなりませんか」

「君は随分と知識欲が旺盛なようだね。いいことだよ。私も詳しくは知らないが、一つのエレベータに対し複数の『かご』が存在していて、それを上下左右に動かし、管理することで待ち時間を減らしているそうだ」

 そう聞いた後に私は、この建物から漂う怪しさを感じ取った。私は世間知らずのアクターでしかない。それでも、人造人間というデリケートな商品を取り扱う私の居たあの店の内部と同じか、もしくはそれ以上の厳重さを誇る住居というものに妙な感覚をおぼえざるを得なかった。その厳重さと言えばまるで刑務所か、或いは金庫のようであった。

エレベータの扉は閉じ、『かご』が移動を開始した。上に登っていく時の重みに加えて時折、不愉快でない程度の横揺れが混じった。恐らくその瞬間、『かご』は横移動しているのだろう。そうした動作の後、エレベータは移動を止め、扉が開いた。横道一つない短い通路の先に、部屋の扉があり、それらは全て目が痛くなるほど白かった。男性は鍵を開け、私を呼んだ。

「さあ、きたまえ。ここが私の住処だ」

 大理石で出来た玄関で靴を脱ぎ、部屋に入っていく。

人一人が住む大きさとは思えない広さのリビングにソファとテーブルが置かれ、四つの扉が見えた。

「汚くはないと思うが、どうかね」

「はい。とても綺麗だと思います」

「なら良かった……ところで、君に名前はあるのかい」

「ありませんよ。店の中では品番で呼ばれますから」

 私が答えると、男性は顎に手を添え、言った。

「ふむ、それなら……そうだな。私が君の名付け親となっても構わないかな」

「勿論です」

「なら……『青薔薇』と呼ばせて欲しい」

「その名前は何処から」

「君の生まれた経緯になぞらえたんだ。何故なら、ブルーローズの花言葉は『不可能』、そして……『ありえないこと』だからね」

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