白初の傀儡

原滝 飛沫

1章

第1話 死地と覚悟


 俺は彩日が嫌いだった。


 世界でも有数の名家に生まれ出た子女。恵まれた出自のくせに、勉学運動大半のものが俺に劣る。


 俺は孤児だった。両親どころか身寄りもいない。名家の子女とは似ても似つかない境遇で息をしてきた。それがどうだ? 俺は権力のある老人に能力を見出されて、白初の末席に名を連ねた。


 まさしく人生大逆転だ。多くの人間が夢見て、ゴール地点と位置付ける場所に立った。華麗なる一族と結び付いたから将来安泰。そう信じて疑わなかった。


 現実は違った。華麗なる一族に認められるには血を吐くほどの努力が必要だった。


 遊ぶ時間は無かった。配信サイトや漫画、アニメといったエンタメとも無縁。入学式まで存在すら知らなかった。


 日々に忙殺される俺の横で、彩日は学生生活を謳歌していた。同級生と笑みを交わし、部活動に励み、やりたいことを好きなだけやっていた。


 名家の子女のくせに、恵まれているくせに、俺に劣ることを恥とも思わずヘラヘラする。それを許す連中も含めて気に食わなかった。


 今は違う。


 俺より運動ができなくても、頭脳で劣っていても、彩日は俺が持ち得ないものを持っていた。数年後には悪鬼羅刹に堕ちていたかもしれない俺の魂を、陰ながら人間のレベルで留めてくれていた。


 だから逃げない。威厳と禍々しさを兼ね備えた威容を前に、俺は臆さず対峙する。


 一度は負けた。死への恐怖に駆られて、白初の名と東京を捨てようとした。


 ここでその清算をする。


 あの屋上庭園で思ったんだ。彩日を死なせるくらいなら、彩日を守って死ぬべきだと。

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