第3話 俺と占い女①

 …とまあ、ここまでが約2時間前の出来事。今俺は駅から降りて深い森の中を延々と歩いている。すでに1時間以上は経過しただろう。誰だ「駅から30分前」なんて言ったのは…

 部長からもらった地図は簡素なもので、最寄り駅と目的地とそれまでの道しか書いてない。しかも駅から目的地まではまっすぐ1本の線しか書いておらず、横には「徒歩すぐ!」のでかでかとした文字。まんまとこの地図に騙されたというわけだ。

「まだつかないのか…」

 すでにワイシャツはびしょびしょ、額からは滝のような汗が吹き出していた。ずっと歩いているのもそうだが、5月だというのにうだるような暑さがきつい。温暖化温暖化、とよくテレビで耳にするが身近なところにこそ影響は見えるのかもしれない。



 さらに1時間ほど歩いたところでようやく森が開けた。先程まで目にしていた木とは違い、誰か人に手入れされているだろう花や植木が多数見えた。庭だろうか。近くにはじょうろや蛇口などがある。

 庭に目を向けていると後ろからふいに声をかけられた。

「あなたが”かなえ”の言っていた後輩くんかしら?」

 声のする方に振り向くと、そこには黒髪のきれいな女性が立っていた。同じ黒髪でも部長とは違い、柔らかい雰囲気のある人だ。

「あっ、はじめまして!私○×商事営業部、田中と申します!」

 俺は突然話しかけられたことにびっくり、上ずった声で返事をした。自分でも素っ頓狂なへんてこりん野郎だと思われるとわかっているが、極度の緊張しいとコミュ障の悲しき性である。

「うふふ。そんなにかしこまらなくていいわ。きっとお父様の会社のことで来たんでしょうけど、今日は私の友人としてお茶に来たとでも思って楽しんでいってね」

 女性は母性あふれる笑顔でそう言った。ああ、なんていい人なんだろか…。初めてあった人だというのに甘えたくなるような、そんな人だ。

「自己紹介がまだだったわね。私の名前は楠とも子。よろしくね」

 そう言って右手を差し出してきた。いわゆる握手である。俺は右手を差し出しながら気になることがあった。確かさっき”かなえ”って…。

「こちらこそよろしくお願いします。さっきかなえって言ってましたけどそれって部長の…」

「そう!かなえはあなたの上司の部長さん。普段は部長なんて雰囲気じゃないから、部長って聞くとなんだか不思議な感じね」

 そう言ってとも子さんは楽しそうに笑った。この人はよく笑う人だな…。見ていてこっちが和やかになる。

「部長…松岡部長とは仲がいいんですか?」

 俺は部長とこのとも子さんの関係が気になった。だって、部長は俺を送り出すとき何も言わなかったから。名前で呼ばれる関係なら相当親しい仲じゃないだろうか。ちなみに部長の本名は”松岡かなえ”である。

「そうね、かなえと私は幼馴染よ。小中高、大学まで一緒!私はべったりなんだけど、向こうは腐れ縁みたいなものだって言うのよね…」

 どうやら小さい頃から近所に住む幼馴染というやつらしい。部長が腐れ縁と言い切るのは、あのクールな性格から容易に予想できる。しかし本当はこういう存在がありがたかったりしないのだろうか。俺にはそんな存在がいないので羨ましい。

「うふふ。今日は占いをしに来たのよね?その前にここまでの道のりで疲れたでしょうし、とりあえず館でお茶にしない?ここで立ち話もあれだし…」

「あっ、すいません。ありがとうございます」

 俺はとも子さんの誘いに乗り、館のほうに歩みを進めた。館は庭の先にあった。外壁はレンガで、まるで洋画に出てくる昔のお屋敷である。

「さあ、どうぞ」

 これまた映画に出てくるような扉をくぐり、館の中に入る。居間に案内され、ここで待っててね、ととも子さんに言われひとり席につく。

「(ようやく当初の目的が達成できそうだ)」

 そう、俺はここに部長の昔話を聞きにきたのではない。あくまでも占いをし、次に会社を訪れる際の話の種を作るのだ。

 そんなこんなで考えていた俺だったが、この館での占いが「ただの占い」で終わらないことをこのときはまだ知らなかった。

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