宿とこの街にて その7

 鉱石の採掘現場の地下六階。

 今回の依頼の目標は、この下の地下七階にいるスライム。


「この下の階層に、確かに一体、どでかいのがいるな」

「魔力も相当強そう。耐毒の魔法は丸二日くらい持つから、戦闘になっても大丈夫」


 カスミビとメーイが言うように、確かにそんな感じはする。

 けど、村の外でドラゴンの首を落とした時の、あのドラゴンの迫力とは比べるまでもない。

 ただ、ドラゴンは頭も首もあったから、そこが急所ってのは分かった。

 けどスライムの場合は、弱点は分かるけど急所は分からない。

 心配な点はそこよね。


「熱、燃焼、それに……爆発……うーん」

「ウォードル、どうした?」


 ウォードルが腕組みをして考え込んだ。

 何か問題でもあるんだろうか?


「爆発……要は飛散させることだよな? 高熱になればそんな現象は起きやすくなるから、爆発させやすいってのは分かるんだが、爆発自体に効果はあるのか?」


 ……イメージとしては、確かに中心から外側の全方向に向けて、力が飛び出るって感じよね。

 その力をどうやって生み出すか……。

 熱が起きると、周りの液体……水とかがぽこぽこいう。

 そのポコポコの力が強くなると、バーンって感じかな。


「爆発したら、それは細かく飛び散る。細かくなればなるほど、燃えたら燃え尽きやすくなる。完全に焼失するまでそんなに時間はかからないってことね」


 なるほど。

 同じ攻撃をしても、それでも相手には活動時間はある。

 その時間をいかに与えないようにするか、ね。


「つまり、高熱は破裂させる力も持ってるってことか。なら、火炎……業火と灼熱の呪符を用意してっと……」


 あたしも、いざとなったら光の弓矢で……。

 周りに誰もいなかったら、温度も一緒に上げられるようにできたらいいよね。

 とりあえず温度については、スライムの体温を急上昇させられればいっか。


 ※※※※※ ※※※※※


 全員、準備万端で、慎重に階段を降りていく。

 今のあたし達に必要なのは、討伐目標であるスライムの種族、位置、形状や大きさ。

 大胆に進んでいって不意打ちを食らったら、間違いなく全滅する。


 各階層は、天井を支える柱となるように掘り残し、あとはただただ広い空間になっている。

 だから下の階に降りるときには、死角となるのは上の階層の床になっている、下の階層の天井くらい。


「待った。照明がないな」

「てことは、誰もここに来ていない?」


 それはおかしいな。

 だって、引き受けた冒険者のパーティは八組じゃなかった?

 そのうちの二組がリタイアしたんだよね。

 残りの六組は?

 ここに来るまですれ違ったり合流したりはしなかったよね?


「……引き受けた連中は……はっきり言えば安否不明。ひょっとしたらうかつに降りて犠牲になった可能性もある」


 ウォードルの一言は、思いついた誰もが言い出したくない最悪の事態。

 けど、だからこそ同じ轍を踏まない、という強い気構えにも見えた。


「まずは照明ね。明るくすると目が眩むから、強くはない灯りをつけて……」


 メーイが適当に、照明の代わりになる魔石を投げた。

 カスミビが階段で腹ばいになって覗き込んでいる。


「いねぇな。……柱の陰になってるんなら、大きくはないサイズだし……」

「擬態してる可能性があるぞ」


 タテビトの指摘は、あたしには思いつかないことだった。

 けどカスミビは、そのことも頭にあったらしい。


「壁や床に、違和感はない。見えてる範囲限定だけどよ」

「気配はあるのよね? 動いてたりしてるかどうかまでは……分からないかな?」

「……待ち構えてる感じはあるな。なんせ、灯りの元がない階層にいきなり照明がついたんだ。何者かが来ると感じ取ってんじゃねぇか?」


 あたし達が侵入してくる、と察知されるのは仕方のないことだ。

 明るくないと周りが見えない。

 周りが見えないと動きづらくなるし、スライムがどこにどう言う状態でいるのか分からないままだから。


「床、壁にはないんだな?」

「天井……つか、床の裏側っつーか……見える範囲に限り、異常なし。毒気を持ってるスライムなら、どか腐食させてるとこもあるだろうしな。けどそんな様子も見えねぇし……進んでよくねぇか?」

「……このままここに滞在したって、何の進展もないしな。だが何があるか分からん。タテビト、カスミビに何かあってもすぐに守れるようについて行ってくれ。俺としろがねはその後ろに。マッキーは弓で何とかできるなら俺らの後ろに、一番最後はメーイの順で、慎重に突入な」


 ウォードルの指示に従って、ゆっくりと階段を降りていく。

 相手は魔物。

 多分スライムもあたし達の気配に気が付いている。

 当然、音をなるべく立てずに進んでいることも分かってるんだろうけど、それでも相手にはこちらの余計な情報は与えたくはない。

 こちらが、未だに毒系のスライム以外の情報を知らないように。


「……がらんどう、だな」

「つるはしとかは放置されたまま、ね……」

「気ぃつけろよ。気配はある。ここにいる」

「けど……どこにもいない……。照明の魔石、奥に投げ込む?」


 注意深く周りを見渡す。

 けど、何も見つからない。

 しばらくその場にとどまって、目を皿のようにして見まわすけれど、やっぱり何も見つからない。


「ん? 水滴?」

「どうしたの? ウォードル」

「水滴?」


 天井から落ちてきたらしい。

 上を見てみる。

 けど何もない……いや。これって……まさか!


「みんな……まさか、この天井全体を……スライムが覆ってない?」


 あたしは大きな声を出したつもりはなかった。

 けど、まるでそれを合図にしたかのように、天井から粘体状のものが落ちてきた。


「退路塞がれた!」


 その粘体は通せんぼをするように、階段を天井までその体で埋めた。


「業火の呪……うわっ!」


 こんな広い天井を、余すことなく覆うくらいのスライムだなんて誰が想像できたか。

 あたしにだって無理だ。

 おまけに重量もかなりあり、耐性がありそうなタテビトでも、すり足でないと移動できない。

 当然あたしたちみんな、その粘体に床ごと覆いつくされてしまった。


「ま……まさか……」

「他の……パーティ……も……」


 みんな、身構える間もなくスライムの下敷きになっている。

 メーイは既に気を失っているようで、ピクリとも動かない。

 もう、誰にも見られないようにするなんて言ってられない。

 耳の中や鼻の中にもスライムが入ってくるけど、気にしてられない。

 何とか仰向けになり、光の弓矢を出す。

 本数は、この階層の天井を全体を多くくらいの数。

 もちろん高熱と燃焼の力も忘れずに。

 そして、スライムの体を貫通させず、体内に留まって、その力を発動するように準備。

 あたし達も大火傷を負うかもしれないけど、助かる可能性はこっちの方がはるかに高い。

 もちろん動けないから、引き絞る動作もできない。

 けど、体が動けなくても力を発揮できるようにって、転生する前にお願いもした。


「いっ……けぇ!」


 光の矢は、スライムの体に余すところなく留まって、全ての矢が高速で高熱を発し、燃焼。


「うっ……な……何……だ……?」


 誰かがあたしの弓矢の力に気付いたらしい。

 けど、構ってられない。

 スライムが業火に包まれる。

 が、このままでは巻き沿いを食らう。

 けど問題ない。

 光の細かい矢には、爆発の力も込めていた。

 みんなの悲鳴も聞こえないほどの轟音。

 スライムの体は、燃えながら細かく飛び散った。

 壁や天井に張り付いてもなお燃え続ける。


 けど、誤算が一つあった。


 掘削現場の階層は、さらに下もあった。

 そしてその爆発の威力は、強烈に下方向にも向けられ、この階層の床に穴を空けた。

 光の矢は、スライムの体全体に行き渡っていたけど、あたしの周りに集中していた。

 故に、あたしは、さらに下の階層に落ちていった。



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