宿とこの街にて その5

 男戦士のウォードル、女戦士のしろがね、男鎧戦士のタテビト、男で偵察や罠解除担当のカスミビ、女魔術師のメーイ。

 この五人で結成した星の頂点という冒険者パーティから誘われ、初めて冒険者という仕事を体験することになった。


「さ、今日は午前中に準備を済ませて、お昼ご飯を食べてから出発だからね? まずはお買い物」


 しろがねとメーイに挟まれて、あたしは商店街に連れていかれた。


「普通の流れ旅ならその格好でもいいと思うんだけど、魔物と戦うことが多くなるからね」

「丈夫な防具を購入しなきゃダメだよ。でも弓使いだから、弓の扱いが雑になるような重装備じゃ、逆に長所を打ち消しちゃうだろうから」


 防具を一緒に見てくれる、という。

 同じ女性じゃないと、あたしに合う防具は見つけられないだろうから、ということで付き添ってくれるらしい。

 品揃えも品質もいい防具屋に連れて行ってもらい、試着をさせてもった。


「皮鎧が一番いいかもね。それなりに丈夫だし曲がるし。弓攻撃にも差し支えなさそうね」

「でも小手に付けられる革製の盾すら装備できないとはね……。弓専門家としては、それだけ腕がいいってこと?」


 魔力による曲撃ちなら、引っ張る力が少なくても大丈夫とは思うけど、通常の射撃はやっぱり腕次第だからなぁ。


「でもまぁ……兜も脛当ても用意できたし……予算度外視だけど。……出せないなら鎧……胸当てと腰当だけでも買っとくべきよ。命の危険は大分軽くなるから……」


 兜が十万。胸当てと腰当てが十五万ずつ。籠手と脛当ての四つのパーツで二十万。

 併せて四十五万。

 この街に入ってから一度の出費としては今までの最高額。


「四十五万か……。ほぼ相場だよね」

「下手に値切っても問題だし……いい買い物だと思うよ? マッキー」


 街門で二十万支出。

 馬車代と宿泊費で十万。

 食費などで一万弱。

 残りの所持金、百七十万円以下。

 うーん……。

 相場は分かんないけど、もしとんでもない金額だったらこの二人が店主に怒るだろうし、妥当な金額なのかな。

 これより低額な防具はあるけど、確かに品質は劣ってるように感じる。

 と考えると、身の危険がそれで遠ざかる投資、として見れば……高くはない買い物かもしれないなぁ。


 ※※※※※ ※※※※※


 そしてみんなと合流してお昼ご飯を食べる。

 けちけちするわけじゃないけど、まだ収入を手にしていない今はどうしても残金が気になる。

 お昼ご飯代はそれぞれ支払って、残金は百二十四万円と端数。

 それに、みんなで馬車代を五千円ずつ出しあうことになって、端数がほぼ消えた。


 そして今は、依頼の現地に向かって走る馬車の中。


「体力と魔力の回復薬に呪符に……あ、ごめん。いつものつもりで五人分しか買ってこなかった」

「え? ちょっと、ウォードル。あんた何考えてんのよ」

「そうよ。真っ先にお嬢さんなんて声かけたくせに」

「うぐっ……。ご、ご免、マッキー」


 新入りだから、こういうことがあってもしょうがないのかな。


「ううん。いいよ。でも、もしあたしの分もあったとしたら、この代金はどうなるの?」


 報酬が均等に山分けなら、個人個人にそれぞれの負担がかかるはず。

 必要な物がなかったり使わない物や使えない物ばかりなら、その人が負担するのも腑に落ちないし。


「今までは報酬を大雑把に五等分にして、端数を公金にしてたんだ。その公金が積立金になって、その使い道が仕事の準備の費用になるってわけ。もっとも個人で絶対必要な物は、個人で用意してもらうけどね」

「あたし達がさっき行った防具屋で、マッキーは防具買ったでしょ? あれはマッキーにだけ必要な物だからマッキーの費用に。でもウォードル達が買ってきた物は、誰にでも使える物だから、誰が使っても経費は個人負担じゃなく、公金から出す、ということね」

「その誰がってとこなんだが、例えば俺とタテビト以外使えない物も公金から出す。要は、二人以上必要と思える物なら公金扱いになる」

「ウォードルとタテビトしか使えない物だが、ひょっとしたら俺にも使えるかもしれないって可能性もあるしよ。けどマッキーのその防具は、確実にマッキーにしか使えないからな。非常事態になると分からんし、そんなことは考えたかぁねぇけどな」

「カスミビ、ちょっと、演技の悪い事言わないでよ」


 そういうことか。

 サイズが合わなくても、あたしが身に着けたままでも無意味な物は、誰かの手に渡っても文句はないわよね。

 確かに演技悪いような話だけども。


「いや、でも、ほら、マッキーの防具、似合ってるしな」

「何のフォローにもなってないんだけど……」


 でも、非常食とかは、一人当たりの量は減るけど、あたしにも配られた。

 その代わり、というのも変だけど、魔物との攻防で使う消費物の分配は、仲間同士でもかなりシビア。

 冷静だけど、議論の内容はかなり白熱してる。


「そりゃそうだ。依頼達成のために、誰が何を所持するのが一番効果的かって話になるからな。戦術や戦法にも影響されるし」

「依頼を見た時点で、どんな魔物を相手にするかは分かる。けど、現場の状況を見た時点で、あらかじめ決めた戦術を変える必要があったりするからな」

「最悪ケツまくって逃げなきゃならねぇこともある。そん時に一番活躍するのが回復系の道具と非常食。それにそれらは……お、見えてきた」


 カスミビが窓から外を見て、何かを見つけたようだ。

 依頼の目標地点のダンジョンに着くには、まだかなり早すぎる。


「何を見つけたの?」

「ん? あぁ、行商人の出張販売さ。難易度が低い依頼の現場にはあまり見るこたぁねぇけど、難易度の高い現場に近づけば近づくほど、その販売店の数は増えてく。その場で調達したいってチームも少なくねぇからな」


 あたしも窓から外を見てみた。

 魔物は、視力ばかりじゃなく、五感すべても人間より優れているって話は聞いたことあるけど、あたしには草原の中を突っ切っている道路をこの馬車が走っているとしか見えなかった。


「カスミビの『見えてきた』ってのは当てにならないんだ。こいつしか見えないことだからな」

「視覚、聴覚、嗅覚は、かなり人間離れしてるのよ。人間のくせに」

「おい、物の言い方!」


 軽い笑いが起きた。


「噂のおにぎりの店はないか?」

「店は三つ四つくらいある。この先にはもっと多く店は出てるから、多分ないな」

「そうか……残念だ」


 タテビトが軽くため息をついた。

 相当、それに対しての期待感が大きいのが分かった。

 けどおにぎりって……あのおにぎりよね?


「えっと……そんなに欲しかった物なの? 作ろうと思えば作れるじゃない」

「え? ……あぁ、そうか。冒険者の仕事は初めてだから分からないのも無理ないか」


 しろがねが力のない笑みをあたしに向けた。


「あたしら冒険者のご用達の店ってのはいろいろあってね。日常生活ではそんなに貴重な物でもないけど、魔物討伐の現場じゃとても大切な貴重品になるのがあるのよ」

「貴重品っつっても、それを扱う専門店に持ち込んだって、五円にもなるかどうか」

「例のおにぎりなら、賞味期限もあるからな。ほったらかしゃ腐るに決まってる。そんなもん、誰が欲しがるかよ。けど食える間なら、かなり力強い味方になるんだよな」


 言ってることがよく分からない。

 買ったばかりのこの革製の防具の方が、よほど力強い味方じゃない。


「なんだかよく分からない話ね……」

「実物もなけりゃ店もねぇ。そんなことより……お? 呪符の行商もあるぞ? 開いたばっかで客がほとんどいねぇ! 補充し放題だぜ!」


 カスミビのうれしそうな声に沸く車内。

 どうやら準備の不安は大分消してくれそうだ。

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