その男は、雪が降り始めた日にやってきた その3

 通話機を手にしてあいつの番号を押す。


「さて、と。出るか」

『久しぶりだな、アラタ』

「うぉうっ!」


 いきなり出た。

 変な声が出た。

 一コールも鳴らないうちに出るって、どんな反射神経だよ。

 つか、連絡を待ちかねている恋人か何かか? こいつは!


「久しぶり……って、こないだのケマムシの件以来だから……そうでもないだろ」

『そうか? 随分経った気がするが』


 どうだったかな?

 あー……でも一か月以上は経った気がするが……って、そういう話じゃねぇ!

 てか、どこから話したらいいんだったか?

 あー……あぁ、戴冠式の件からかな。


「シアンさ、戴冠式の時に俺達のことを紹介してくれたよな?」

『随分前の話になるな。懐かしいな。もちろん覚えているよ? それで?』

「あの時、俺が元旗手だって話はしたんだったよな」

『あぁ。でないと紹介する意味がないからね』


 問題はここからだ。


「俺がどんな力を持ってるか、って話もしたんだっけ?」

『いや、そこまで演説をする理由もないし、アラタもそこまで詳しい話はしてもらいたくなかったろう? 私としては事細かに話をしたかったのだが、君の立場とかを考えて、旗手であったことまでしか話はしてない』


 すると、気配を感じとる力があるってのを知られてるのは……俺が漏らした?

 自慢話することは絶対にない。

 が、米採集の仕事の説明をするときには、この力なしにはできないから……俺が何気なく口にしたことを聞いた誰かが、不確定多数に広め……。

 いや、待て。

 そういうときって、俺の名前まで出すか?

 店をやってる奴が、って表現になるんじゃないか?

 俺の名前を出す場合って、俺の特徴を誰かが知りたいって場合……だよな。

 ……うん、分からん。


『……し? もしもし? アラタ、どうした?』


 おっと、放置プレイになってたか。

 とりあえず、俺の特徴が他の人に流した奴はシアンじゃないってのは分かった。

 あとは……。


「あぁ、すまん。それともう一つ」

『なんだい?』

「ミルダの東の街門っつったか。そこに一番近い、ヤクリョウジョ、とやらは知ってるか?」

『薬療所? 町のすべてを知ってるわけじゃないが、そういう施設はあちこちにあるぞ?』

「ダックル=ケリー、という人物について調べてもらえるか? と思ってな」

『唐突だな。しかも個人を調査?』


 今は国王に就任している。が、そうなる前、つまり王子の立場の時から、仲間にしてほしいと願われた。

 押しかけられた、という方が正しいか。

 だが、仲間だから頼める、などと思っちゃいない。

 あいつに無関係なことで、俺に関係が強いことについてあれこれ調べてもらうとなると、シアンに貸しを一つ作っちまう……と思ってる。

 が、関係があるどころか、調査ですらシアンにとっては危ない仕事になる可能性もある。


「その薬療所の所長だそうだ。俺は意識して、自分の力を言いふらすことはない。そしてシアン。お前も俺の力について誰かに話したことはない、だよな?」

『あぁ。気配を察知する、てやつだな? アラタから言われるまで、てっきり違う能力の持ち主と思ってたしな。実のところ、それくらいしか分かってない。よく分からないことをあちこちに話したりはしないさ。……それがどうしたんだい?』


 となると、どこから「ミナミ=アラタ」が「気配を察知する力」を持っているという話を聞いたのか。

 ここまでくると、この情報はもう、意識しないと収穫できない情報、という区分になる。


 俺は王宮に出入りする気はない。

 が、その気になったら、俺はシアン目当てに王宮に顔パスで出入りできる立場になれるはずだ。

 そして俺は、今では一般人。

 つまり……。


「そいつは俺に、薬の材料を手に入れてくれっていう依頼を持ってきた。戴冠式の時に俺のことを知ったっつってた。だがあの時には知り得ない、俺の力のことを知っていた。からな。だが俺の力については知ってたようだった。それでは知り得ない情報だ。シアンと何らかの形で関わろうと、なりふり構わずに来たのかも分からん」

『……あまりいい印象を持てない表現だね。まるで私と何らかの繋がりを持ちたくても持てず、切羽詰まった結果、君に縋りつくような……』


 連絡を取りたいだけ、というなら、印象も何もないだろうに。

 それでもいい印象を持てない、ということは、俺もシアンも、思うところは一緒。


「最悪、国家転覆を企んでたりするかもよ? 自衛のためにも、調査くらいは手を抜かずにしてほしいとは思うがな」

『……まぁ世間知らずの人間が、物探しの仕事を達成しやすい人物の心当たりが君しかいない、というセンもあるだろうが、どの道調べておく必要はあるかな。警戒する、しないはその結果が出てからでも問題ないだろうしね。でもまあ、そういう人物が存在する、という情報をもらえただけでも有り難い。感謝するよ』


 言いたいことを言えたし、伝えられた。

 シアンへの用事はこれで終了。

 あとは調査結果次第。


 さて、依頼がまともな物であった場合だが……。

 この花がここらで咲いていない場合はどうなる?


 俺には店があるから、ここから離れられない。

 だから依頼は受けられません。


 って理屈は通るよな?

 依頼募集はしてないんだから。

 勝手に押し付けてきたんだから。


 で、ここらで生えている場合。

 足を伸ばして採りに行ってくれてもいいじゃないか、というクレームが来る可能性はある。

 可能性は高くも低くもないが。

 報酬は、二株採集できた場合に限り、その話を進めるってことだったな。

 どっちみち、期間はかかる。

 三日後に来るって言ってたな。

 往復で三日かかる範囲に生えているかどうか。

 その範囲内に、得体が知れなかったり途方もないレベルの魔物が棲んでいる場合が問題。

 言い値をはるかに超える報酬でないと割に合わない、ってこともある。


「……ヤツが人畜無害な奴でも、引き受ける気はねぇんだけどさ……」


 花の気配を感じとってみる。


 そんなことをするから、人がいいなんて噂も付け足されるんだろうが……。

 足元を見られるような感じがして嫌なんだけどな。


「……けど……なんか近くにあるような」


 似た気配が五つほど感知。

 だが……フィールドの方面にある、としか言えない。


「……まぁ、みんなに一言相談しても問題ないか」


 ますますダックルとやらに言いくるめられるような気がして癪に触るんだが……仕方ないか?

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