魔力の低さ 技術の高さ その2
いつもしていること、いつも見ていること。
いわゆる日常ってやつだ。
それらを自分から遠ざけて、普段しないこと、見たことのないことを体験するってのは、いい気分転換になることもある。
ところがだ。
誰かにとって普段しないことや見たことがないことが、別の誰かにとっての日常ってことはよくあることだ。
ラッカルにはいい気分転換みたいなんだが、俺には日常の一部。要するに……。
「おにぎりの店で販売してるおにぎりが作られるまで、こんなふうにお米を集めてたんですね。一粒一粒観察するなんて、ほんとに丁寧に仕事されるんですね……」
感心されるのはいいけどよ。
腰かがめたり、時として長時間同じ体勢のまま米一粒一粒を見極めて選ぶ作業は、毎日することとは言え、辛いもんは辛いんだ。
「でも、田んぼで採れる米を精米するとこがあるのに、ススキモドキから米を採る人がいるとは思いませんでした」
あぁそうかい。
「……お前さんとこもこの米食ってんのか」
「はい。稲は育てるのが難しいですからね。その技術を持ってる人、あたしの村にはいなくて。ススキモドキは、ほったらかしても成長しますから」
あれ?
ススキモドキがあるんなら、ススキもあるよな?
まぁススキを求めてさ迷い歩いたこたぁなかったから、ススキを見てねぇのも当たり前か?
どうなんだろうな。
「でも、手伝いに来る人もたくさんいるんですね」
「んー? あぁ。身寄りのない連中ばかりでな。少しでも人生をランクアップさせるため、ってか、俺の仕事がいくらかでも楽にしてもらうために雇ってる」
「……あたしにも、手伝えとか……」
「手伝ってくれるなら、それに越したこたぁねぇけど……手当は出ねぇぞ?」
「えー?」
いや、えーじゃねぇだろ。
お前はここに気分転換に来てんだから。
気分転換しに来て、手当てもらうって何だよそれ。
「見るだけじゃなく、今までやったことのない作業とか動作を体験するのも、何かを閃く要因だったりするぞ? 感情と行動のバランスがどうのとが閃くコツとか何とかって話を聞いたことがあるが……」
「そう……なんですか……。あ、じゃああたしも米の選別を」
ほう?
「……やってみるか?」
「いいんですか?!」
「完璧にできるならな」
「はいっ! やってみますっ!」
……このラッカルって奴も……天然じゃねぇの?
「……違いが分かりません……」
泣きそうに声震わせるほど落ち込むような話じゃねぇだろ。
単に、残念な頭だっただけの話じゃねぇか。
「あのな、んなことで、しゃがんで俯いて、しくしく泣くってどうよ? 見た目まんまの年齢だったらまだ可愛げがあるけどよ。十八だろ」
「あぅ……」
……でも、もっと若い頃から親元離れて、誰かに甘えたくても甘えられず、その感情を消化しきれなきゃそんなこともあるか?
……ま、人の成長についてどうこう考えてもしょーがねぇか。
そういうふうになっちまったんだからな。こいつも俺も、そして手伝いに来た奴らも、あいつらも……。
「……あれ? アラタさん、この川、お魚いるんですね」
泣いてんのか周りを観察してんのかどっちだよ。
「そりゃいるだろうよ。あ、捕まえんなよ? 川下で釣りをしてる奴もいるからよ。あぁ、ほら、手伝いに来てる奴何人か水遊びしてるだろ? それくらいなら構わねぇよ。お前も着てる物が濡れても構わないんなら、あまりはしゃがなきゃ水遊びしててもいいぞ?」
「川の水遊びではしゃぐような年じゃないですっ! ……でもそうなんですね……」
「ん?」
「ここでお魚捕まえられそうでも、川下にいる人達の事……」
「あのな、ここは川上だから、川下の事考えるのは当然だろ。ドーセンとこの料理の食材にもなったりするんだしよ」
「えっと、ドーセン……さんって、どなたです?」
え?
知らねぇのか。
メイスがコーティに用事があった時……いや、その前からここに来てんだろうに。
……それだけ周りが見えてなかったんだろうな。
煮詰まり過ぎだ。
※※※※※ ※※※※※
「……タさん、アラタさんっ」
「あぁ? うるせぇな!」
「ひゃっ! あ、すいません。でも、ヨウミさんが来てますよ」
「あ?」
「仕事中は、ほんとに集中力高いんですね、アラタさん」
いや、この作業が俺の店の命綱だからな。
ここでミスしたら、笑ってどうにかなる問題じゃねぇし。
ってヨウミ来てるの?
「こっちに向かって来てますよ」
「へ?」
ラッカルが指差した方を見ると……気配を感じ取るまでもない。
「アラターっ。いるー? ドーセンさんがあー、お米の選別大至急お願いだってー」
遠くから呼びかけてくる声はヨウミのだ。
でも今まで、ヨウミが俺を呼び出しに来ることは全然なかったよな。
「あいよー。ところでお前、店空けてて大丈夫なのかー?」
「客、みんな捌いたしお手伝いもいるからー。……あ、ここにいたのか。お? そっちの作業も終わりそうだね」
草むらをかき分けてヨウミが姿を現した。
「わざわざお疲れ。でも通話機で呼び出せばよかったんじゃねぇの?」
「あ、忘れてた」
お前な……。ま、いいけどさ。
「けど、なんか火急の用って感じだな。ドーセンとこの選別は、確か一昨日やったばかりだと思ったんだが……」
「とにかく行ってみたら? 袋運ぶの、あたしも手伝うから」
「あ、あたしも手伝いますっ」
「あ、ラッカルちゃんいたんだっけ。じゃ、一緒に運ぼ? みんなも手伝って―」
なんでヨウミがいきなりこの場を仕切ってんだ。
まぁぼちぼち終わる頃だからいいけどさ。
「……アラタ。あんた何やってんのよ」
「何……って……運ぶのは手伝う連中全員の仕事で、俺の仕事じゃねぇよ」
「一人でも多くの手が必要でしょうに! ほら、さっさと動く!」
俺の手が増えたところで、急に何か変わるわけでもあるめぇによ!
いてっ!
ケツ、蹴飛ばすな!
「ヨ、ヨウミさん……、流石にそれは」
「え? あ、いいのよラッカルちゃん。これくらいなら平気平気」
お前が平気ゆーな!
※※※※※ ※※※※※
結局ヨウミも俺も、米運びにはほとんど何の力にもなれん。
つか、進行方向の指示出さなきゃ動きようもない。
「たく、ヨウミ、お前まで脳味噌が筋肉になったか?」
「お前までって何よ」
「通話機使う発想は出ねぇわ、米袋運びの先導役が必要なこと思いつかねぇわ」
「うっさいっ」
って、ラッカルが何やらニタニタしてやがる。
気持ち悪ぃ。
「随分二人とも、仲がいいんですね」
「あ?」
仲がいい、などと口にするほどのこっちゃねぇだろうが。
「仲がいい奴のケツを蹴っ飛ばす奴がどこの世界に」
「キャッ!」
川の辺の草むらに続く林を抜けそうなところでヨウミが尻もちをついた。
草むらと違って、足元は見えるとこなんだが。
「何に引っかかってんだよ。ちゃんと地面見て歩け」
「引っかかってるって、急に足が滑って……え? 何でこんなとこに氷があるのよ」
「氷? 氷なんてあるわきゃ……あ……」
「これ、今朝のあたしの魔法の、ですね」
確か、一日氷が続くって言ってたような。
つかさぁ……。
「え?ラッカルちゃんの魔法なの? これ」
「あぁ。こいつの能力の確認でな。……ラッカルよぉ、目的は果たしたんだから、解除しろよ」
「あの……解除も、できなくて……。溶けるか壊すかしないと……」
狙ったところに放つ魔法の正確さをもってて、解除する技術は持ってねぇの?!
何その不器用さ!
そんなことができるなら、これくらいのことで来て当然! と思われることができない。
それじゃあ雇いたいと思ってくれる奴は少なくなるわな。
固い氷の球が二十個欲しいって奴には有り難い存在かもしれんが、そんな限定された状況、そうそうあるわきゃねぇだろうし。
「……とりあえず、とっとと立て。さっさと運んで、ドーセンのとこに行かねぇと」
「あ、ありがと……。よいしょっと。もう氷はないわよね?」
「ねぇよ。氷結魔法使ったのは一回きりだったしな」
つか、周り見ながら歩けっての。
よそ見してんじゃねぇよ。
て……ん?
「何考えごとしてんの? 早くドーセンとこに行きなよ。こっからはあたし達だけでやるから。でもラッカルちゃん、意外と力あるわね。もう少しでお店だから」
「え? でもあたし……」
む?
いかん。
使えるからっつーことで、つい手伝ってもらってたが。
「今日は、こいつはずっと俺について回る予定だったな。お前はこっち。ということで、ヨウミ、頼むわ」
「えー? ……まあいっか。気つけてねー」
……何か、閃きそうだったんだが……。
とりあえず今は、ドーセンとこで仕事だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます