そっちとこっちの境界線 その5

 踊り子マイヤの話を聞いてから、ライム、テンちゃん、コーティはかなり彼女と打ち解けてるようだ。

 まぁあいつらは……今は別にそれでも構わん。

 俺は仕事の真っ最中だから、どんな話をしてるのか興味が湧いても、それに気を取られるわけにはいかん。

 大体、俺んとこの店の分がありゃいいとはいかなくなっちまったからな。


 ※※※※※ ※※※※※


「う゛あ゛あ゛あ゛~っと……」

「ひゃっ」

「ちょっ! 何いきなり変な声出してんのよ」


 出もするさ。

 五十キロの袋七つ分、ようやく集め終わったからな。


「ぐあぁ……っと……。体が凝り固まった感じだからよお……。お前らはお喋り、楽しかったか?」

「ナカナカ、シンセン」


 そりゃよかった。


「店関係以外の人と話しすることってあんまないからなー」


 こいつはまともに話をする様子が全く見えてこないんだがな。


「楽しかったよー」


 まあ……何も考えてなさそうなうれしそうな顔見たら、それしか言葉を知らんのかとは思う。


「はいはいそうですかっと。んじゃ米袋運び頼むぜ」

「はいよー」

「マカセテー」


 テンちゃんは四袋。

 ライムはソリのような形になって三袋乗せる。

 普段より移動速度が速いのは流石だ。

 手伝いが大勢いても、非力な者達が集まったところで持ち運べる重さには上限がある。

 そしてコーティは……。


「ねぇあんた、もうちょっといろいろお話し聞かせなさいよ」

「えー? あたしは……あ、アラタさんへのお願いの返事、まだきいてませんでしたっ。アラタさん、国王と引き合わせていただけるとうれしいんですけど……」


 マイヤとお喋りは変わらずか。

 で……あ。

 そう言えばその返事、してなかったか。

 ……まぁ俺の損得勘定を基準にして言えば、俺がシアンに紹介して、こいつの都合よく事が進んだとする。

 こいつは俺に貸しを作った。

 だが俺は、別にシアンに貸しができたわけじゃねぇ。

 事が進んでこいつが成功を収めたとして、あいつが貸し借りの話を俺に持ち掛けて俺が拒否したところで、損するのは俺じゃねえ。

 まぁあいつはそんなセコい真似をする奴じゃねぇけどよ。

 だから、俺はシアンとこいつの顔合わせの場を設えた手間はある。

 が、その見返りを求めるか求めないかは俺の自由。

 求めたところで、どの程度のものかはたかが知れてる。

 じゃあこいつの要望に応えなかったとしたらどうなる?

 ……これまで通り、名は広く知れ渡る。

 こいつが危惧するように、その座から引きずり降ろされる時期は来る。

 その後はただの一踊り子となるか、ただ物ではない踊り子となるか。

 ……まぁこういう営業努力もしっかりやってきたから、若手の中ではただ物ではない踊り子にはなれたわけで。


「あ、あの……アラタさん、もし、よろしければ……今夜……」


 ……何でこいつ、恥じらいの感情が出してるんだ?


「……アラタ……」


 コーティが俺に軽蔑の感情むき出しにしてやがる。

 なんなんだどいつもこいつも。


「アラタ、さいてー」


 はぁ?

 何が最低だよ!


「あ、あの、アラタさん、もしよろしければ……今夜……」


 ……まさかの枕営業か?!

 おいおい。

 メイスとの生活、どうすんだよ!

 つか、俺は、そんな気は一つもねぇっての!

 男女関係だって……会話すらままならなかった人生の俺に、何を求めようってんだ!

 ……俺の、ここに来るまでの話は、こいつは聞いてねぇから知らねぇか。


「……悪いな。俺は年上が好みなんだ」

「え……」


 年下にはそう言ってやりゃあやりすごせる、はずだ。


「へぇー。そーだったんだあ」


 何だよ、テンちゃん。


「あたし、アラタより二百は年上だよお?」

「黙れ、馬」

「馬って、ひっどっ」


 自分で言っといて自分でそこまで馬鹿笑いってどうよ?


「そう言えばお前、時々一緒に寝床に強引に引っ張りこんでたよなぁ」

「え? アラタさん……異性なら何でもあり……なんです……か?」


 今度はマイヤがドン引きだよ。


「俺は別に、間違ったこと言っちゃいねぇよな。なぁコーティ」

「尻軽男」


 コーティ、てめぇっ!


「お前だってテンちゃんに、俺らと一緒に引っ張り込まれたことあったじゃねぇか!」

「ライムモナー」


 マイヤがますます引いている。

 心なしか、俺達からちょっと離れた。

 ……間違ったこと、言ってねぇよな。

 ……誤解、ほったらかしにするのも面白そうだ。


「あのね、マイヤちゃん。あたしね、お腹をみんなの枕にして夜一緒に寝るの好きなんだー」

「え? お腹を枕に?」

「そだよ。さっき触ったでしょ? 寒い夜なんか、みんな温かくなって気持ちいいって言ってくれるんだよー」

「あ、あぁ、そういうことかぁ」

「んで、この羽根を掛布団にするの。ポカポカしてあったかいんだよー」


 ……ちっ。

 ネタバラしやがって。

 面白くねぇなぁ。


「アラタ、セイカクワルイヨネー」

「コーティには負けるよ」

「なアんですってぇ?!」


 お……おい。

 何突然切れてんだよ。何、体中パチパチ言わせてんだよ!


「おまっ! 電撃食らわすんじゃねぇ! 俺はともかく、米が黒焦げになっちまうだろうが!」

「……そんな調節できないあたしじゃないって、知ってるよねぇ?」

「お……お前、俺の事好きとか言ってなかったか?」

「好きな相手だから、遠慮なくこんなこともできるのよねえ……」


 逃げろ!

 こいつの飛行速度はそんなに早くなかったっ!

 店に逃げ込んで、客達を巻き込みゃ逃げ切れるっ!


「待てーっ!」


「言っちゃった。仲がいいのか悪いのか分かんない……」

「ミンナ、ナカヨシ」

「だね。みんな、アラタの事好きだもんね」


 なんて会話、暢気にしてんじゃねぇだろうな?

 こいつ止めろよー!


 ※※※※※ ※※※※※


「あ、ヨウミさん。みんな帰ってきましたよ? ……って、アラタさんと……追いかけてるコーティさんだけですね」

「ん? あー……後ろからテンちゃんとライムが袋運んできてるけど、なんであんなに離れてんの?」

「ほんとだ……。何してんだろ。……アラタ、お疲れ。で……、何そんなにくたびれてんのよ」

「き……聞くな……ゼェ……ゼェ……」

「何息切れしてんの。水、飲む?」

「お、おう、ありがとな、マッキー……」


 なぜかコーティは舌打ちをしてる。

 まったく。

 何なんだよほんとに。


「ただいまー」

「モドッタヨー」

「あ、ヨウミさん、また来ましたー」

「あ、お帰り、マイヤちゃん。無事に対面できたようね」

「はい、おかげさまで。でもまだ返事聞いてないんですよね」


 息切れがまだ続いてるってのに、俺に話題を振るなよ。


「お……お前らなぁ……とりあえず、これ、店のキープと支店の発送な……」

「は、はいっ」

「分かりましたっ」


 さて……。


「お前、うざったいからとりあえず連絡してみるわ。あとは関わらんからな? 成功するも失敗するも、思う通りになるもままならんことも、全部お前らだけの問題な。……おう、シアンか? お前に用があるって奴がいて、ちと代わるわ」

「可愛い女の子に、いきなり何て対応してんのよ。……って、シアンに? どゆこと?」


 ヨウミは事情を知らないらしい。

 ということは、詳しい事情を説明してなかったってことか。

 きちんと説明しとけよな、まったく。


「ップハ……。あぁ、この子は昨日の……」


 簡単な紹介と、ここに来た事情を俺の口でも問題ない程度の説明で……。


「なんとまぁ」

「普通のお嬢さんだと思ってた」

「見てみたい気もしますね」


 踊ってもらっても大した興味も湧かんな。

 踊りよりも身体能力魅せてくれた方がよほど面白そうだ。

 膝曲げずにかかとを頭の上まで上げたりな。


「アラター、いるかーい! よーぅ。昨日はとっとと先に帰るなんて薄情じゃねぇかよ。気付かんかったぜ」


 客足が途絶えた昼前に突然やってきたのは……。


「あ、シュルツさん、いらっしゃい。って、昨日来られた面々ですね。今日はどうしたんです?」

「こ、こんにちは」

「あら、メイス君、だったっけ? こんにちは。アラター、昨日の」


 昨夜の面子勢ぞろいかよ。

 何だってぞろぞろと。

 あ、ダンジョンにでも潜る気か?

 まぁ腹ごしらえしてれば問題ねぇんだろうけど。


「そうですか……。私のような者にも丁寧なお返事ありがとうございます、国王陛下。あ、はい。それでは失礼いたします。……アラタさん、お貸しくださってありがとうございます。通話切っていいと言われましたので」

「お、おう。どうだった?」

「……断られちゃいました」


 お、おぅ。そりゃ残念なことで。


「あ……メイム? こんなとこでどうしたの? って……国王陛下? それに、その通話機、アラタさんの? どういうこと?」

「あ、マイル……あのね」

「……昨日は……今朝だって……俺、メイム探してたのに……」


 今朝?

 何かあったのか?


「何だ? ややこしい話はご免だぞ?」

「いや、昨日の店、宿も併設しててな。宿泊の予約入れてたんだよ。もちろんアラタの分も入れてな」


 なんとまぁ。

 そこまで気遣いしてくれてたとは。

 けど酔っ払った時と通常の反応が違ってたら、俺がいたたまれなくなっちまうからよ。


「俺、メイムは近くに泊まってるって聞いてたから……探してたんだけど……」

「昨日の飯代とか車代とか、こっちで用意してたからよ。そしたら自腹で払ったって言うじゃねぇか。そこでこうしてここに来たんだが……」


 ところがメインのこいつは、自分より先に俺に会いに来たメイム……マイヤと出くわすことになった、と。

 ……会いたくても会えなかった相手は、自分よりも会いたがってた相手の所にいた。

 その相手は、全国的に有名になりつつある。

 自分が会いたかったその相手も、ある業種においては有名人になってた。って言うと……。

 うん、そりゃ……嫉妬するわな。

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