若き案内人 そいつは案内人じゃない 主賓だ
明るい店内が薄暗くなる。
そして、前のステージにスポットが当たった。
店内のアナウンスが、メインイベントの案内を告げる。
全国にその名が知れ渡った踊り子が踊りを踊る。
ヨウミ達への話のタネくらいにはなりそうだ。
※※※※※ ※※※※※
舞台の袖から出てきたのは、女の子十人。
二列に並び、前列中央の子だけが、他の子達よりもグレードが高そうな衣装を着ている。
フラメンコとタップダンスを組み合わせたような感じだ。
やはり肌の露出はほとんどない。つか、あまり考慮に入れてなさそうだ。
個人的には気に入った。
変に色気とか出されると、それに振り回された店内の客全員からこの席を押しのけられて、店から追い出されるくらいに弾かれる自信はある。
が、客全員が彼女らの熱狂的ファンばかりなら、今のままでも十分その自信はある。
まぁそれはともかく。
大勢で踊るのって、確かラインダンスって呼ばれるスタイルだった気がする。
けど、その真ん中の子だけは、周りの子達よりもさらにアレンジが加わって、さすが中心だな、とは思う。
やがて曲が終わり、俺達客に話しかけるようなトーク。
二曲目は、今度は歌いながらのダンス。
周りの子達はバックコーラス。
なんというか、アイドルグループのような、もしくはバックダンサーを率いているアーティストのような。
……とか、ステージに見惚れてる場合じゃねぇ。
隣の気配がやや変わった。
一応釘刺しとくか。
「メイス、お前の目当ては、あの真ん中の子か?」
「は、はいっ。……メイム……」
……こいつの目、現実見てなさそうな感じになってきた。
「おい。変な気起こすなよ。彼女にはどんな風に思われても知らん。だが、店から、お前は迷惑な客と判断されたら、彼女はお前がここにいたってことすら知られねぇことになる。彼女はお前がここにいることは知らねぇようだからな」
「え? あ……、はい。分かってますよ……」
……俺も随分世話焼きになったもんだ。
だが、変なマネをする奴と知り合い、なんて思われたくはねぇし、ステージに飛び出して彼女に抱き着くような変人の傍にはいたくねぇ。
いや、同じ場所にもいたくねぇ。
にしても……彼女とこいつとほぼ同い年なんだよな?
なんかこう……風格が漂ってる……っつーか……自信ありげな、と言うか……。
体の動きによる衣装の揺らぎすら計算してそうな振り付けといい、他の九人に負けない歌声の声量といい。
大したもんだ。
……メイスの幼い頃から背負ってきた過酷な過去は、当然彼女も体験してきただろう。
その気配が全くない、と言うか、切り替えてる、んだろうな。
熟練のプロのこんな連中は、俺は見たことはない。
が、そんな連中に引けを取らねぇ感じはする。
おまけのショータイムの合間のトークも、なかなか堂に入ってる。
メイスが何かしでかさねぇか、常に警戒してなきゃならんと思ってたが、それさえもつい忘れさせちまうわ。
※※※※※ ※※※※※
「皆様、お楽しみいただけましたでしょうか。これからしばらくは、このゲスト達との語らいの時間とさせていただきます。どうかごゆっくりおくつろぎください」
店内のアナウンスが流れ、店内の照明がゆっくり戻りステージのライトが消えた。
歌舞を披露していた彼女らは、舞台の袖からフロアに降り、そのままこっちにやってきた。
「特等席のお客様から来るんですよ。他のテーブルよりも比較的長く会話を楽しめるんですよ」
メイスと反対側の隣に座ってる女性が声をかけてきた。
そんなサービスまであるのか。
つか、それ、こいつらは知ってたのか?
まぁ知っていようがいまいが、俺には特に強い感情はない。
が……。
「今宵はお楽しみいただけましたでしょう……か?」
真ん中で踊っていた女の子が、メイスと俺に向かって真っすぐに近づいてきた。
他の冒険者四人から、羨ましそうな視線を浴びてる。
が、こっちとそっちで手を伸ばせば触れるくらいの距離になった時に彼女は驚いた顔になる。
「……メイム……」
メイスが彼女の本名を口にした。
が、彼女が驚いた顔をしたのは、メイスを見たからでもなく、本名を呼ばれたからでもない。
「あ……あの……アラタ、さん? ミナミ・アラタさん……じゃないですか?」
久しぶりに、俺のことをフルネームで呼ばれた気がする。
行商時代だって、手配書ですら名前が書かれてなかったからな。
それに、一度しか見てない奴の顔と名前をいつまでも覚えてられるものか?
メイスは何つってたっけ?
シュルツから話を聞いたんじゃなかったか?
それで昔食ったおにぎりのことを思い出して、だったかな?
そうだったら、こいつだって同じだろ。
名前どころかフルネームで……。
いや、待て待て。
つか、ミナミって苗字を言う奴は、最近では全く見たことがない。
フルネームで呼ばれた最近の記憶は……
「あ……おう、そうだが」
待て。
この席の主役は俺じゃねぇぞ?
メイスだろ。
しかも、多分上座に当たる正面の席に座ってんだぞ?
俺はその脇だ。
そのわきに真っ先に声をかけるってのは、接待役なら失格じゃねぇか?
「やっぱりっ! 私、見てました!」
「へ?」
「エイシアンム国王の戴冠式の時っ! 名指しで、ご友人として紹介されてましたよねっ! まさかこんなところでお会いできるなんて!」
「お……おぅ……」
ど、どうしよう?
メイスがこいつに会うために、初めて一人前として扱われた仕事を無事に達成したお祝いの席だぞ?
主役になるはずの奴が無視されてるってのは……。
……その悲しさ、虚しさは、俺は子供の頃からすでに体験してる。
顔中の筋肉すべてから力が抜けていく。
弁えろ!
立場を弁えろ!
お前も、俺もだ!
「……日本中の話題をさらってる、踊り子たちの一人、マイヤ・パッサーさんでしたね」
「はいっ。これからもずっ……」
「この席は……」
女性一人置いて隣に座るメイスの顔は……一人前と言うには、ちとかけ離れた子供の顔してやがんな。
こいつには、こういう対応がまだ似合う!
「ちょっ! アラタさん! 何すんですかっ!」
頭の上に思いっきり力を込めて手の平を当てる。
そのままもみくちゃにするように撫でてやる。
伸ばしただけで、それなりに整える程度にハサミを入れた髪形が乱れ、下に向いているすべての毛先が同じ方向を向くほどに。
「まだまだひよっこの、この冒険者の初手柄の祝いの席だ。主賓はこいつだよ。その主賓を差し置いて、そんな方から声をかけられるなんて畏れ多くはあるんだが……まずはこいつに挨拶するのが先だろ?」
俺の声が届いてないのか、同席のシュルツ達は他の女性と共に、他の踊り子たちと顔を緩ませながら会話を楽しんでいる。
メイスとマイヤことメイム、そして俺の声が聞こえた女性達だけが、時間が凍り付いたような感じになった。
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