例のブツが行方不明 その8

「アラタ、すまん。やっぱ俺らの聞き取り不足だったわ」


 リースナーさんが鑑定を頼んだ魔物商に、前回聞き取り調査に行ってきた冒険者ら全員がやってきたのは、ガンジュウが念願の母親……? であるリースナーさんと対面してからほぼ一か月経った頃。

 やっぱりそうだったか。


「で、どういう情報が新しく入ったんだ?」

「一個の卵から二体生まれたんだと。慌ただしく動くガンジュウを追いかけ、なかなか捕まらなかったからいろいろ物を投げつけてダメージを与えて捕まえようとしたらしい」


 岩のような甲羅を持ってたが、生まれたばかりの赤ん坊の甲羅は見た目柔らかかったとか。

 だから物を投げつけて、弱らせてから捕まえようとしたってことか。


「そのすきに、あとから卵から出てきたガンジュウは、いつの間にかいなくなってて、残されたのは卵の殻のみだったんだとよ。それに気を取られた店の連中の隙を突いて、怪我を負いながらもそのガンジュウも逃げきったってことらしい」

「……二体だったんだな? 卵の中にいたのは」

「あぁ。三体とか、他にも卵あったんじゃないかって聞いたが、ガンジュウを見たのは二体だった、とはっきりな」


 長男……男か女か分からんが、長男は逃げようとする意志があったのか、それとも次男を先に逃がそうとする意図があったのか。

 いずれ痛めつけられて恨む気持ちってのは分からんでもない。

 仕返ししようとする気もあったんだろうな。

 ちなみに俺には、それがなかった……が、もう今頃グチグチ言ってもしょーがない。

 俺はここで生きるって決めたんだしな。

 それはともかく、だ。

 仕返ししやすい相手を選んで殴りに行こうかってなことで思いついた目標が、匂いで覚えていたリースナー母子ってこった。

 ところが二体目の方はそんな思いをせず、ただ自分らを守ってくれた存在に会いたい、ってことでやってきたってとこだろうな。

 殺したくなるくらいに憎んだ一体目。

 母親に会いに行くつもりで、それを止めようとした二体目。

 兄弟で、しかも同属が少ない魔物が……。


「どうした? アラタ」

「あ? いや。それでその店主は、何か刑罰でも受けることになるのか?」

「あー……多分ならんかもな。うんこだと思ってたら卵だった、だなんて言い訳されたら、正当な評価で買い取ったってことだからな」

「代わりに店の評判はがた落ちになるだろうよ」

「いや、そこまではなんねぇんじゃねぇのか? 希少種の卵なら、腕っききの鑑定士だって分かりしゃしねぇってこともある。いずれ、程度は分からんが評判は落ちる。それだけだな」


 冒険者同士での見解は違うが、それなりに店は痛手を受けるってことか。

 だが……。

 骨肉の争いってもんじゃねぇが、血を分けた兄弟が、どちらか命を落とすまで争うってのは……。

 ……相手は魔物だから、家族間のトラブルに首突っ込んで事を丸く収めるなんてことはできっこない。

 だが、なんともやるせない。


「で、あの母子はどうなったんだ? アラタ」


 そんな俺の感情をこいつらに零してもな。

 視点も考え方も違う。

 何の意味もないことだし、何の発展もない議論だ。


「……リースナー母子か? ……口で説明するより、実際に見てもらった方が分かりやすいな。俺もちょっと用事があるから一緒に行くか。ヨウミ、店、頼むぞ」

「なぁに言ってんの。いっつもあたしに任せてるくせに」


 ……ごもっとも。


 ※※※※※ ※※※※※


 ガンジュウの体の高さは約一メートル。

 だからリースナーさんは、甲羅のてっぺんを見ることができる、そんな感じ。

 だから、タオル販売のレジで立っているリースナーさんの横に、ちょっとした岩の置物があるように見えたりする。


「いらっしゃ……あ、アラタさん。それと皆さんも……あのときはありがとうございました」

「いやいや、俺達ゃあの件で結構いい思いさせてもらいましたぜ。礼を言うのはこっちの方だ。で……あ、隣の岩、ガンジュウか」

「え、えぇ……まぁ……」


 困惑した笑みを浮かべてる。

 それもそうだ。

 あれ以来ずっと懐かれてる。

 夜寝る時もリースナーさんの服の一部を咥えて離す気はなく、二人はそのままガンジュウに添い寝。

 ガンジュウの体温のおかげで寝冷えすることはなかったんだらしいが、あの日からしばらくはべったりくっついてた。

 十日くらいしたらようやく少し離れることはできたが、その距離は、足が短いガンジュウが真横に一歩離れた程度。

 そして今も、レジ台の影に隠れてリースナーさんの脛に頭を擦りつけてる。

 見えなくても分かる。

 懐かれてんなぁ。


「ま、まぁ……仲がいいのはいいことなんじゃねぇか?」

「けどリースナーさんよ」

「はい?」

「そいつ、あんたの言うこと、聞いてくれんのか?」

「え、えぇ……まぁ」


 甘えられてから一か月。

 魔物から懐かれるなんて経験なんかあるわきゃねぇだろうから、不慣れで、しかも戸惑う気持ちも分かる。

 いくら子育ての経験があったとしてもな。けどな。


「リースナーさんと子供さんの言うこと以外聞かねぇんだよな」


 この母子の言うことは聞く。

 ということは、喋れなくても言葉を理解してるってことだ。

 サミーとおんなじだ。

 けどサミーは、俺以外の奴の会話も理解できるし、納得したんなら他の奴の指示通り動くこともある。

 こいつは違う。


「なんとまぁ」

「産み……じゃなく、育ての親? ならそういうことも仕方ねぇか?」


 冒険者達の言う通り。

 仕方ねぇ。

 俺がそれについて何のかんのとケチつけたりする筋合いでもねぇ。


「あ、そういえばアラタ。お前、リースナーさんに用事があるんじゃなかったっけ?」

「ん? あぁ、まぁ、な」

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