例のブツが行方不明 その6

 話はちょっと前に戻る。

 ミアーノから、作戦を実行できないという連絡が入った後。

 ガンジュウは温泉の方に近寄ってくる。

 動きは遅くはないが無駄に蛇行しながら近づいてるから、一時間くらいは時間の余裕がある。

 仲間達からの「どうするの?」「何すればいい?」と急かす声がやかましかった。

 俺だって誰かに丸投げしてぇよ、こんな役目っ。

 けど投げ出すわけにゃいかねぇしよ……。

 とりあえず、ミアーノとンーゴには地上に出てもらう。

 湯が湧き出る水路以外は硬い岩盤で地表を覆ってる。だから地中に潜んでても何の仕事もできないからな。

 地中では持ってる能力を最大限に発揮はできるが、地上ではその力は発揮できない。

 が、何の力にもなれないってわけじゃねぇ。

 温泉は、巨体のンーゴも含めた仲間達全員浸かっても、さらに常連客全員が一斉に入ってもまだ広い。

 湯の量もそれだけ多い。

 浴場は露天風呂。壁と天井に覆われてるのは、脱衣場とタオル販売。

 だから、湯が溢れて外に流れ出ても、リースナー母子が溺れるってことはない。


「地表を濡らして凍らせる。目標がひっくり返ったところでさらに凍らせて体を固定。あとは好き放題にできるんじゃね?」

「おお、流石アラタだあ」

「ナルホドナー」

「こんな短時間でよく思いついたわね」


 バカヤロウ。こっちだって必死だったわ。

 苦し紛れの計画は、意外と的を得てたってことか。


「けどどうやって凍らせるんだ?」

「そりゃ魔法に決まってんだろ。なぁ、アラタ?」


 冒険者達とも意思確認をしっかりしとかにゃ。

 伝達不足でこの計画の巻き沿いを食らったら申し訳ないしな。

 けど思い付きの口から出まかせで出た作戦は、やはりいろいろと穴がある。

 ンーゴが湯船で暴れても、そんなに湯の量が多くなかったり、ただしぶきを上げるだけだったりしたら、地表を凍らせるなんて無理な話だしな。

 だから、予想外の事が起きてもすぐ対処できるように、常に目を光らせてなきゃならん。

 気付くのが早けりゃ対応も早くなる。それに取り掛かる時間も、いくらかは長くできる。

 だからそっちに注意を向けてなきゃならないから、他のことを気にかけてる場合じゃない。


 が、他のことに気をかけなきゃならなかった事態が起きた。


 ※※※※※ ※※※※※


「いい感じに水……じゃなく、お湯がかけられてんじゃねぇか」

「けど氷漬けの魔法の出番はまだよね?」

「いや、まずは地面を凍らせなきゃ、ガンジュウとやらはひっくり返ってくれない。コーティ、それとマッキーも地面凍らせられるか?」

「氷とか水関係は、雷撃ほどじゃないけどできるよ。マッキーと一緒なら問題ないかな」

「うん、じゃあ魔法、かけてもいいよね?」

「よろしく。けどガンジュウがひっくり返った瞬間も頼むから、その準備にもすぐに取り掛かってくれるか?」

「分かった」

「了解っ」


 地面から上がってた湯気が一瞬にして消えた。

 同時に冷気が立ち込める。

 ふーむ。凸凹はあるが、ツルツルしてる。そして冷たい。

 当たり前か。


「すげえなあ。俺え、魔法ってのをお、初めて見たかもしんないなあ」

「私もです……。あ、もちろん私も魔法は使えますけど、こんな大掛かりなものは初めて見ました……」


 モーナーとクリマーが見惚れている。

 そしてライムとサミーは……。


「ツルツルスベッテ、オモシロイヨー」

「ミッ! ミーッ!」


 遊んでやがる。

 つくづく無邪気ってのは……うらやましいもんだ。

 それどころじゃねぇっての、知ってるだろうに。


「でもこれで、移動速度は落ちるんだよね?」

「そうね。下手に早く動くと、足を取られるからね」

「じゃああたしが空中で蹴飛ばしてひっくり返すことも簡単かな?」


 そうか。

 それも予想外だった。

 ガンジュウの話を聞くだけで浮かんだイメージでは、体重は重い感じはする。

 けど、足元がおぼつかないなら簡単にひっくり返せるかも分からん。相手の体型とか重心の低さにもよるが。


「よーし。じゃああたしの自慢の美脚で、六連発の蹴り、入れてくるねっ」


 美脚?

 モフモフ感があるのは認める。

 けど美脚なのか健脚なのか、そこら辺はそれぞれの感覚の判断に任せるしかねぇよなぁ?


「ライムモ、テツダウヨッ」

「ミーッ」


 さっきまでツルツル滑って遊んでた二人が、テンちゃんの背に乗る。

 サミーも確かに飛空は可能。

 ライムもいろんな形状に変化できるから、この二人が加われば、ガンジュウがどんなに重くても更に簡単に仰向けにできるだろう。

 なんせ話に聞けば、ガンジュウの体格はモーナーの身長の半分くらいあるかないか。

 重さにも限度はあるだろう。

 地面を踏み抜くくらいの重さなら、そんなに早く動けるはずもないしな。

 あとは、油断せずにそのタイミングでガンジュウの背を氷で地面にくっつけて動けなくすることだけ。

 その事だけ考えて注意してればいい。

 そして姿を見せるガンジュウ。

 確かに亀だ。

 ただし、確かに甲羅はごつごつしたどでかい岩って感じだ。

 コロコロ転がってくれる感じじゃない。

 だがそれだけに、ひっくり返ったら簡単には起き上がれなさそうだ。

 が、油断はしない。

 なんせ、周囲に殺気を強く飛ばしまくってるからな。


「そりゃーっ! そりゃそりゃ、そりゃーっ!」


 蹴りの炸裂音が六発。

 テンちゃんの空中からのすべての足一発ずつの六連発。

 ガンジュウの重心が低いせいか、そのまま氷漬けの地面をスライドで飛ばされる。

 が、その足元でライムが待機。

 ガンジュウは、蹴飛ばされた方向に転がる形で仰向けになる。

 が、そのまま一回転しそうな勢い。

 そこにサミーがガンジュウの甲羅目がけて、その体の下から真下から上への体当たり。

 そのまま落下するのは目に見えてる。

 二回目の氷の魔法を放つタイミングもガンジュウの態勢もぴったり。


 そこで気付いた。


「……もう一体、真っ直ぐこっちに向かって来てる!」

「え?」

「どんな魔物?」


 どんな……って……まさか……。

 聞いてねぇよ。

 聞いてねぇよ!

 ガンジュウが……。


「ガンジュウが……ガンジュウがもう一体!」

「えぇ?!」

「そ、それ、ホント?!」

「嘘よね? ホントなの?! どうすんのよ!」

「どうして今まで気が付かなかったの!」


 どうして……って……。

 どうすんの……って……。

 どう……する?

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