アラタの、新たな事業? その9

 生気のない顔の連中に仕事を言いつけた。

 連中はその通りの仕事を特にミスもなくこなしていった。

 が、あいつらの様子が変わったのは昼飯の時。

 がっついて平らげ、昼の休憩をとって午後の仕事に取り掛かるってときには、誰も彼もやる気満々の顔で仕事をこなす。

 帰りは迎えに来たシアンの親衛隊の連中と一緒に、ニコニコ顔で帰っていった。

 二日目以降は、一日目とは別の連中がやってきた。

 ……と思えるほど印象が違った。


「みなさん、おはようございますっ!」


 目をキラキラ輝かせながら元気な挨拶を飛ばしてきた。

 不景気な顔を向けられるよりは、いくらかマシだな。

 それはいいんだが、一日ごとに新顔が増えて、やってくる人数も増えていく。

 昼飯狙いなのか、それとも仕事探し狙いなのか。

 何だかんだで二十人以上はいるな。三十人には届かないが。

 まぁ下心があったとしても、仕事の態度は……体力がない分気持ちにも余裕がすぐに消えるんだろうな。

 すぐ疲労が溜まる感じだが、それでも真面目で真剣に取り組んでいることは見ただけで分かる。

 こっちも物事を教える時間を無駄にせずに済んで何より、だな。

 そんなこんなで、そろそろ一週間くらいになろうとしてた昼飯の時間のこと。

 ……つっても、この世界じゃ一週間って風習っつーか、単位はないんだよな。

 十日でひとまとまりって考え方が主流っぽい。


「あの……ちょっといいですか?」


 大人の男が一人やってきた。

 確かこいつは温泉の番台組で、一日目から来てた奴だ。

 ちなみに大人の参加者も二人ほど増えている。


「ん? どした」

「私、ここでの仕事を今日で終わろうと思います」


 いつ辞めようとも、別に何の反対もしないし引き留めもしない。

 ここでの仕事は俺らの手伝い。

 契約なんか交わしちゃいないから、続けるも自由、辞めるも自由なんだが。


「あ、そ。つか、別に俺に報せる必要はねぇんだけどな。来る人数を把握しなきゃならんってこともねぇしよ」

「え……そうなんですか? 辞めることをアラタさんには伝えとけって言われましたもので」

「言われた? 誰に?」

「温泉にしょっちゅう……って言うか、フィールドにしょっちゅう仕事に来る冒険者の一人からなんですが」

「冒険者? っつーことは、客からか?」

「はい」


 何でまた?

 つか、こいつと何か関係あるのか?


「その方の地元で、こんな仕事をする人を求めているって言われまして。その雇い主の方が昨日お出でになられまして」


 なんとまぁ。

 って、それが本来の目的の一つだったっけ。


「ここでは給与は特にないですよね。でも、そっちでは給与を払うって言われまして……」


 どうせこっちは何の手当てもなしだよ。

 そこまで儲け出せねぇし。


「お金を手にしたら、給与の値上げとか口にしてしまうんじゃないかって不安になりまして……」

「ここじゃただの手伝い。だから昼飯くらいは出してる。けど仕事する人を求めてるんなら、お前の仕事には相応の対価を雇い主は払う義務があると思うが?」

「はい、なのでそんなに金額はそんなに高くしないことと、住まいと三食を保証していただけたらってことでお話ししまして……」


 賢いな。

 仕事をすることによって生活の保障をしてもらうメリットを得たってことか。

 大金を手にしても、使いきれないほどの額を得るわけじゃねぇからな。


「まぁ俺からは……頑張んな、としかいいようがねぇな」

「はい、頑張ります。有り難うございました」


 何と言うか……こいつの性格、純真無垢って感じだな。

 今後こいつを気にかける、ってつもりはねぇが、報われてほしいもんだ。いろんな意味で。

 あ、そうだ。

 言い忘れてた。


「……まぁ少しはこっちも楽できたしな。今までご苦労さん。ありがとな」

「はい」


 ヨウミからも労をねぎらう言葉が出たが、こいつと一緒にここに手伝いに来た連中からは別れを惜しむ声が聞こえた。

 まぁそれだけ俺らは、特に何の感傷もないってことだな。

 深く付き合うつもりもねぇし。

 だが、人生のステップアップを願うくらいの気持ちはある。

 そして、こいつと一緒にここを手伝っている連中に対してもな。

 ま、こっち側の心情はともかく、これを皮切りに大人の連中の就職は捗るようになった。

 子供の方はなかなか仕事は見つからない。

 それもそうだ。

 こっちにも教育制度はあるようだが、義務教育制度はないらしい。

 教育を受けるべき年齢だし、仕事をさせるには教育を受けた後のほうが効率は高くなる。

 雇う側にすりゃ、その効率が良くなる選択肢を捨てるようなもんだからな。


 ※※※※※ ※※※※※


 昼飯が食える。

 ……って言う噂が、その施設の連中の間で広まってるらしい。

 それだけで希望を与えるおにぎりの店。

 なんだかなぁ…‥。

 おまけにこっちに手伝いに来る連中は、その噂を信じてみんな俺に期待の目を向ける。

 確信もなく噂を信じるなよ。

 つか、噂じゃなくて事実なんだよ。

 ただ、昼飯を食わせてるんじゃなくて、お前らが作ったおにぎりを、自分で食ってるだけだからな?

 ま、その噂を信じねぇっ! つー、斜に構えた態度をとるガキどもも何人かいたな。

 こっちとしちゃ、手伝いに来てもらった以上手伝いをスムーズにしてくれるんなら、何の文句もねぇんだけどよ。

 そして一週目が過ぎて二週目に入る。

 仕事が本当に楽になってきた。

 多分こいつら、住まいに戻ったら、ここでの仕事を周囲に教えてやってるらしい。

 仕事の要領が悪い奴は中にはいたが、それでも俺の負担が増えることはなかった。


「……はい、今日もよろしく頼むわ。店組、受け付け組、番台組の三つに分けるぞー」


 こいつらが手伝いに来るようになってから、朝の挨拶の言葉の後のこの呼びかけが定番になってきた。

 言わなきゃならん一言だが、最近この言葉は言いたくない。

 仕事を教えなきゃならん立場だし、この店の責任者だから俺が先頭に立たなきゃならんから、一日の仕事の前の準備や説明は俺がしなきゃならんことだが……。


「何か最近、気乗りしてないんじゃない?」


 ヨウミからも指摘された。

 まさにその通り。

 何か分からんが……。

 一日目二日目はそんなことはなかったんだがなぁ。

 あの頃と今の違いはというと……。

 手伝いに来た連中のやる気の度合いか?

 あの時は、みんな一様にやる気のない顔をしてた。

 今は、やる気がある奴は多い。

 けど一様じゃない。その度合いがばらばら。

 昼飯を食った後も気分が浮かれない、というか浮かない顔をしている奴が何人かいる。

 そのせい……でもないよなぁ……。

 なんでだろうな。

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