千里を走るのは、悪事だけじゃない その8

 ドラゴンの肉を食いたい、というテンちゃんの口車に乗ってやる。

 けど、正直まだ迷ってる。

 逃げるか居座るか。

 逃げたい理由はただ一つ。

 あいつらみんな、誰一人として失いたくねぇ。

 これは、居座りたくない理由でもある。

 そして、居座りたい理由はただ一つ。

 ドラゴンがくたばった後も、今まで通り穏やかな生活を続けたい。

 逃げるのをためらう理由はただ一つ。

 俺達を受け入れてくれる地域があるかどうか。

 見るだけでも縁起が悪いと言われる種族がいる。

 そして、見ただけで恐怖心を抱き、攻撃してくる人がいるかもしれない種族がいる。

 どこに住み着いても嫌われ、追い出されるかもしれないなら、ゆっくりと過ごせる場所は現在地以外にない。

 それと、ドラゴンが村に襲い掛かってくることにはどう対応するか。

 ……俺はおにぎりの店の主で責任者。

 そして、俺を慕ってくる奴らの保護者だ。

 村に住まわせてもらっちゃいるが、今の俺はあくまで日本大王国の一国民であり、この村の一村民。

 村が危機的状況にあるといっても、他者にそれをどう説明するかってのが問題だ。

 警察……保安官達に通報しろったって、気配が流れ込んできただけで動くはずはねぇ。

 村の責任者たる村長だって同じだろう。会ってどうしろというのか。

 新参者の戯言としか思ってもらえねぇだろ。


「アラタ、オメェ、考えすぎなんだよ」

「考えすぎ?」


 唐突に話しかけてきたのは、客である冒険者の一人。

 随分と気楽そうな顔つきだ。


「はぐれた魔物の討伐だろ? 斡旋所通さなくてもいい、しかもおいしいお仕事だって、ほかの奴らも言ってたろ? 魔物がドラゴンって言うのが本当ならな」

「気配がほとんど同じだった。厳密にいえば、亜種の違いはあるかもしれんが……」

「種族は合ってるってのか。上等上等。ま、魔獣とかと見間違っても構わんさ。それだけでかい獲物なら、少なくとも食肉と毛皮は取れるだろ。それだけでも大勢で獲りに行く価値はあるってもんさ」


 大勢?

 一人じゃなくてか?

 一人占めできりゃもっと得になるんじゃねぇのか?


「一人で仕留められたとしてもだ、解体作業を一人でやるってのはまず無理だ。まず迅速な血抜きの作業が必要になるからな。流血の量、アラタだって知ってんだろ? だからあんな風に言ってたんだよな?」


 小川が流れる液体は血に変わるほど。

 そう言いたかったんだが、それが伝わってくれて何よりなんだが……。


「栄養ドリンクにもなるし、液体だから劣化も早い。一人で処理するのはとても無理」

「そうそう。だからこうして大人数の冒険者達が集まってくるって訳だ」

「……集まるのはいいんだがよ」

「ん?」

「何で俺の店の前で集まるんだよ」


 確かに広いけどさ。

 何も俺んとこのど真ん前で店広げるこたぁねぇだろうが!


「それだけここが頼りになるってことなんだろ?」

「そうですよ。俺達もアラタさんの店には、本っっ当にお世話になったんですから」

「この店のお陰で成長できたも同然なんですよ、私達」


 何度も見たことがある顔の冒険者達も会話に混ざってきた。

 つってもよ。

 育てた覚えはないんだが?


「え? そこのダンジョンとかフィールドとか、アラタさんが管理してるんでしょ?」

「あたしもそんな話聞きましたよ?」


 どこの誰だよ、そんなデマ流したのは!


「それにしても、普段はみんな別々で行動してるのよね?」

「別々? あぁ、まぁね。個人、あるいはチーム単位でってことだな。けどこんな大掛かりな捕物になれば、自ずと結束力は高まるのさ。みんな必ず、誰かと顔見知りだしな。チームワークも次第に形作られてくってわけだ」

「必ずどっかの酒場では顔合わせてるしね。でもヨウミちゃん。そっちの戦力も期待しちゃってるからね?」

「へ? 何の力にもなれませんよ、あたし達……。ん? あたし……達?」


 俺らの仲間まであてにしてんのか。

 ……まぁまるっきり無関係じゃねぇし、本人達もやる気あるらしいから……なぁ。


「テンちゃん達の事だろ? まぁ……好きなように使ってもいいけど、使い捨てはやめろよな」

「まさか。俺らと同じ仲間として、一緒に討伐に参加してもらえたら、これほど心強いことはない。けどアラタ達にも協力をお願いしたいところだな」

「協力?」


 こんな非力な人間捕まえて、何をさせようってんだ。

 ドラゴンへの生贄はご免だぞ?


「いや、おにぎりのストックあるんだろ? 作戦当日も現場近くの村の中でお願いできれば、これも心強い味方になること間違いないんだが」


 あー……つまり、出張しろってことか?

 まぁこっちは別に構わんけどな。


「それは確かに心強い。泉現象のときも相当助かったからなー」


 ぶっ。

 まさか、あの時の呼びかけに応えてくれた冒険者がいるとはっ。

 なんか……ずいぶん昔の話みたいに思えるな。

 まぁ……討伐の足手まといにならない安全地帯でなら、おにぎりがある限り、いくらでも協力できるがな。


「ところでその討伐の実行日ってのはいつにすんだよ。俺は決められねぇぞ? お前らの必要な物を調達できる期間もあるだろうしな」

「今日のこれからと明日から三日間で準備。次の日に出撃って算段になったな」


 思った以上に流れが速ぇな。

 大丈夫かよ。


「お前ら……相性が悪いとか仲が悪いってことねぇのか?」

「俺らの仲で?」

「まぁ……仕事っつーか、役割をそれぞれ果たす分には問題ねぇよな」

「一緒にお酒飲むのは勘弁って思える人は、ほかのチームにはいるけどね」

「チームメイト以外では、程々に離れてるからそんなんでもないな」

「必要以上に馴れ馴れしくなると、どっかで摩擦は起きるだろうからね」


 言われてみれば、そうだよな。

 この世界に来る前は、確かに……。

 ……いや、もうあれこれ振り返っても、得することは何もない。

 それより今は……。


「あいつらも混ざるってことは、作戦会議に顔出させなくていいのか?」

「え?」

「あ、そう言えばそうだな」

「晩飯の時に共同作戦会議やるって言ってたわよ? テンちゃん達にもぜひ来てほしいな」


 歓迎されるのは有り難いことだが……。


「場所はどこで?」

「ここでっ」


 人の庭先で作戦会議すんなよ……。

 しかも……五十人くらいはいるだろ。

 こんな大勢が立ち回れるスペースが、現場にあるのかどうかも心配なんだが……。

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