千里を走るのは、悪事だけじゃない その5
痛い目を見た失敗は、絶対に繰り返したくはない。
翌日以降、十一時から一時までの間は昼休み。
店先にこの張り紙を張っておく。
「え? マジ?」
「んじゃ早く配ってくれよ」
「昼の時間に足止め食らいたくねぇよ」
ホントにこいつら、早い時間からよく来店してくれるなぁ。
それはともかく、何でそんな文句言われにゃならんのだ。
俺は、できるなら、何の騒動も起こさず、穏やかに生活したいだけなんだが?
あのならず者風の若者達に一々反抗して、闇夜の不意打ちに怯える生活なんざまっぴらごめんだし。
「店、辞めるのか」
「この後どうするつもり?」
「雑談してる暇……って、ゲンオウとメーナムか。久しぶり」
「久しぶり、じゃないわよ。結構重宝してたのに。この店」
その割にはあんまり来なかったじゃねぇか。
言動一致しない言葉は、信頼を削ってくぞ?
「ここでおにぎり買って、保存バッグとか入れるなり瞬間移動するなりで他の地域での仕事したりとかする奴もいるんだよ」
「非常食、しかも薬効性、即効性、万能性がいい。依存性はなし。ふたつとないおにぎりを作ってくれる店がなくなるってのは……ホントに惜しいんだが……。この村でもう一つおにぎりの店ができたって聞いたぞ?」
そう言えばあのならず者たちからは、自主的に店を辞めることにしろって言われたが、もうお察しってレベルだよな、これ。
「まったくアラタってば……。ヨウミちゃん達はどうなの?」
「どうなのって?」
「閉店するのに賛成なの?」
「そんなわけないじゃない」
「だよねぇ」
けど、まぁ、思うところは二つほどある。
一つは、ストックされてるおにぎりの数がかなり多いってこと。
いくら劣化しない貯蔵庫に収めているとは言え、作り置きした物より出来立ての物を客に渡した方が、受け取る方も渡す方も気持ちいいもんじゃねぇかと。
「でもアラタって、意外と転んでもただじゃ起きない奴だからな」
なんか見透かされてる気がする。
まぁいいけどさ。
※※※※※ ※※※※※
舐めてた。
ほんと、舐めてた。
何を舐めてたかって、今まで俺が作ってストックしてあるおにぎりの数。
一々数を数えながらおにぎりを作ってたわけじゃねぇからな。
俺が突然倒れて動けなくなったとしても、回復するまで品切れを起こさないようにって考えて作り置きしてたんだが。
貯蔵庫の中は異空間。
劣化しないということは、時間の経過がその中には存在しないってことと、生き物以外は何でも入る特徴を持つんだが、扉を開けて中を見ても、中に入ってる物全てが見えるわけじゃない。
見えるおにぎりの様子に変化がない。
つまり、売っても売ってもストックが減らない錯覚に陥っている。
取り出したい物を取り出すことはできるんだがな。
ということは、だ。
ずらっと並ぶ行列の客みんなに配っても、まだ品切れになる様子はない。
「何か……大変そうっすね」
「お手伝いしてあげたいくらいです」
初対面の時には初心者チームだった冒険者の彼らも、今じゃすっかり中堅どころだな。
「おう、お前らも久しぶりだな、エージ」
この四人、いつも一緒だな。
仲が良くて何よりだ。
「だがお前らだって仕事あるだろうしよ、気にすんな。つか、お前らは何欲しい?」
この四人も噂話を聞いてたらしい。
が、俺の店が閉じるって話も。
「勿体ないですよ。有り難かったのに」
「もう一つの店、評判はここほどじゃないですよ? こっちの店の方が、よほど力になってくれてうれしいのに」
店を辞めるとなると、どんどん俺の耳に評判が入ってくる。
普段から褒めろよお前ら。
ま、今はどうでもいいけどよ。
「……店はいつまでなんですか?」
「おにぎりすべて配り終わるまで。今月中は続くだろうな」
「ってことは……」
「あと三週間くらい、か」
残念だったな。
外れだ。
「違う。最低三週間、だ」
「マジか。すげぇな、アラタさんの店。どんだけストックあるんだよ」
俺が知りてぇよ。
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