その人への思い込みを俺に押し付けるな その1
「さぁて、今日もいつもと変わらない一日が……っと」
「アラタさん、おはようございますっ。ヨウミちゃんも、みんなも」
いつもなら、昼近い時間に来るイールが、開店前の店の前でできる行列の先頭にいた。
知り合いが店に来ているかどうかの確認の為に気配を感じ取る、なんて一々するわけがない。
やるとするなら、不審人物が近づいているかどうかくらいのもの。
とはいえ、いつも通りではない光景には、いくら俺でも多少は驚く。
驚くくらいはするさ。人間だからな。
「あら、イールさん? お早うございます」
驚いて一瞬言葉に詰まった。
その間にヨウミの挨拶。
「今日は早いんだな。いつも昼飯代わりに食ってたろ?」
「あは。毎回お昼にのんびりとって訳にはいきませんよ。魔物討伐の依頼は受けませんけど、アイテム採集の依頼ならいつでも受け付けてますから。でもなかなか条件がいいのがないんですよね。今日はたまたまです」
だと。
つまり、驚いただけで終わった現象だ。
いつもと違うと、勘繰ると不審な思いも持つこともある。
警戒だけは怠らないようにしないとな。
なりたくはないが、この店のリーダー的な存在になっちまったし、レーダーの役割は俺が一番適任だし。
「梅のおにぎり二個にお茶のセットを二つね。……って、ひょっとしてこれ、昼飯とかにするのか?」
「え? もちろんよ? それが?」
あー……。
何と言うか。
「まぁ……人それぞれなんだけどさ、大体用途は回復の手段にしてる奴が多い。短時間で食べ終われるし、少ない個数でも腹持ちはいいかもしれんが飯代わりにはどうかって感じだ。おかずがありゃ文句なしだろうけどな。だが回復アイテムにしちゃ、安価だが薬よりは効果は薄い。だから初級冒険者のためのアイテムってつもりで売ってるんだが……」
なぜかベテランまでこぞって買いに来る。
そこが不思議でならんのだが。
「もちろん知ってるわよ? 仕事の前に買いに来たのは四度目だし」
そう言えばそうだった。
「大丈夫。それくらいなら心得てます」
「分ってるんならまぁいいか。気ぃつけてな」
「はい、行ってきます」
客の一人目は悪くない気分で見送ることができた。
が、今朝の驚きはこれで終わらなかった。
「奇麗な人とやけに親し気に話ししてるじゃないですか、アラタさん」
二人目の客から話しかけられた。
男の声だ。
が、男で俺に向かって丁寧語を喋る奴と言ったら……。
「ん? あー……っと……」
「あー、こないだは相棒のスキンヘッドの方が目立ってたからな。しかもあの頭、サミーちゃんにお願いしたくらいだしな」
サミーにお願いしたスキンヘッド
思い出した。
シアンの親衛隊だ。
スキンヘッドの男は……クリット、だったか。
もう一人は……。
「あぁ、思い出した。アークスか」
「はは、思い出してもらえるとうれしいね。きょうは同僚のグリプスとレーカの三人で来たんだ」
「初めまして」
「よろしくね。……ホントにたくさん魔物がいるのね。しかも使役じゃないんでしょう? 珍しいわね」
クリットもアークスも割と大柄。
その二人と同じくらいの体格の男女。
親衛隊って何人いるんだ?
三人も留守でいいのか?
まぁ俺が心配するこっちゃねぇけど、あいつの告白のこともあるからな。
対等な立場の奴がいるだけで心の負担も軽くなるだろうが、親衛隊じゃなぁ。
と思うものの、側近だってそばにいるだけで気休めくらいにはなると思うんだが、こいつらにあいつの心の内までは悟れるもんだろうかねぇ。
「前に言ったでしょ? 鍛錬の場にさせてもらいに来ましたよ」
とと。
脳内の想像に耽ってる場合じゃねぇな。
「だから、俺んとこに許可もらいに来る必要はねぇんだってば。でご注文は?」
何か今日は客の一人目から無駄話が多いような気がする。
まぁいいけどさ。
それにしても……。
「何か……年代がバラエティに富んできたような気がすんな」
「バラエティ?」
「あ、いや、こっちの話。中堅冒険者の数が減ってるって話は聞いてたが、初級らしき年代、中堅、ベテランと、均等にばらついてきてるっぽいなって」
商人ギルドの俺への制裁の意味で、魔物を使役する者達への取り締まり強化、みたいなことをしたんだよな。
それ以来職業替えする中堅冒険者が増えて、そのクラスの冒険者数がガクンと減った。
「あぁ、噂で聞いた。けど、その分新人冒険者達の数が増えたって話も聞いてる」
「ちょっと前の話だな。その新人も、腕が立つ者が随分増えてきてるって話だ」
「その腕の差が激しいって話も聞くわよね」
女性……レーカっつったか?
テンちゃんに触れながら話に混ざってる。
まぁ珍しいっちゃあ珍しいだろうから、触りたくなる気持ちも湧くんだろうな。
それはそれとして、そういう冒険者界隈の事情なら。どうやらこの店の本来の目的も持ち続けていられそうだ。
「はい、お勘定。じゃ、行ってくるぜ」
と言われても。
そう言われるほど、俺には親近感ってのはあまりないのだが。
「あいよ、行ってらっしゃい」
と、声をかけるくらいなら、まぁ、な。
さて次の客はっと。
「顔見知りが続くじゃねぇか。元気か? アラタ」
「今度はゲンオウとメーナムか。おはよ」
「お早う、アラタ」
行列は長い。
そして、これでまだ客は三組目。
流石に顔見知りが三組も続けば、驚きっぱなしになるのも無理ねぇよな。
とっとと会計済ませてほしいんだが。
「ダンジョンといい、フィールドといい、その新人冒険者にゃいい鍛錬の場だもんなぁ」
「立ち聞きは趣味悪ぃぞ?」
「なぁに、同じ冒険者同士だ。それもまた情報のやり取りの手段の一つさ」
あの三人のことを、普通の冒険者だと思ってるんだな。
まぁ誤解されてた方が、あの三人には都合がいいか?
「もっともそれが目的じゃない人達も並んでるみたいね」
「目的って、鍛錬とか……仕事とかか? それ以外に何の目的があるんだ?」
「あなた達よ」
「俺ら?」
「どこぞの情報誌に載ってたからな。おにぎりの店のファンクラブがどうの」
この二人の耳にも入ってたか。
おにぎりを本当に求めてる連中の手に届くなら、誰が何人来ようと気にしねぇけどさ。
「俺らはお茶とおにぎり二個のセット一つずつな。中身は筋子とタラコで」
「はいよ」
流石に四組連続で顔見知りってのはなかった。
ま、そっちの方が普段の客の様子なんだけどな。
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