緩衝材なんて真っ平ご免 王子が依頼を持ってやってきた

 あの女……イールが店に来るのは数日おき。

 間が二日から四日くらい空いたりする。

 その間を縫って、というか、偶然か。

 偶然じゃなくても対面しないことはあるか。

 できれば会いたくない男がやってきた。


「やあ、みんな。変わらず元気そうだな」


 煌びやかな防具をつけた爽やかそうなその青年を見ると、その晴れやかそうな横っ面をハリセンで叩きたくなる。

 まぁ客を捌ききった後に来た分だけ、こちらに気を遣ったか立場を弁えたか。

 それに免じてハリセンは勘弁してやる。


「……何の用だよ、シアン」


 親衛隊とかの気配はまったくない。

 自分の立場も考えず、またも一人で来たのか。やれやれ。

 馬鹿王子、と言いたくなったが、テンちゃんほど馬鹿な言動をしないから、少々不適切だろうな。

 悪態ばかりついて、自分の心が歪むのもくだらない。

 俺の言葉に、ヨウミ達が気付く。


「あら、いらっしゃい、シアンさん」

「買い物? 飲み物のセットは……あ、品切れ寸前ね……」


 買い物するほど暇じゃねぇだろ、こいつ。

 なのにわざわざここに来る。

 来る必要は、いまんとこないだろ。

 夜盗騒ぎも一件落着したことだし。


「うむ、実は……うわっ!」


 シアンの後ろから何かが飛びついてきた。


「っとと……。サミーか。元気だったか?」


 見慣れないはずなのにその姿に驚きもせず、随分と親し気じゃねぇか。


「サミーの遊び相手に来てくれたのか? そいつは有り難い。じゃあここは任せたぜ? 俺は米を」

「いやいや、アラタに用事があってきたんだ。ま、アラタに話した方が筋は通るって言った方が正しいか?」


 とことん拒否して逃げ回るより、話を聞いて用件をすばやく終わらせる方が、こいつはすぐに帰宅するだろ。


「えーと、コーティ、だったか? 彼女にも通話機を差し上げようと思ってな」

「え? あたしに? ふーん……。アラタからあんたのこと聞いたけど、アラタが言うほど悪くはないじゃない」

「ほう? どんなことを言ってたか大いに興味があるな」


 余計な話題を振るんじゃねぇよ。

 こいつに長居させちまうだろ。


「何でもねぇよ。まぁ……正直俺も、サミー以外は必要かもしれんと思ってたから、ここは感謝しとくか」

「あたしが感謝すべきとこでしょ? アラタは別にどうでもいいんじゃない?」


 おぅ、どうでもよかったか。

 んじゃ感謝取り消すか。


「でも感謝されて悪い気はしない。が……逆にこっちが恐縮……どころじゃないか」

「恐縮もいらねぇよ。こっちは仕事が立て込んでんだ。用事があるなら要点絞って短く頼むわ」


 なんかこう……言いたいが言えない感が強い。

 言い淀んでる?


「なぁ、シアン。俺はお前の親父にさんざんな目に遭わされた。思い返せば、個人的にはその度ごとにぶん殴りてぇ気持ちもあったりする。が、できればほっといてもらいたい。この世界で暮らすことに決めたんでな。つまりだ。お前は親父さん以上に、俺の気を悪くすることなんざできゃしねぇよ。言いたいことがあるならとっとと言いやがれ」

「その物言い。ツンデレにしちゃややこしい言い回しするわね」


 ツンデレじゃねーよ。

 ややこしくもねぇだろ?


「うむ……じつは泉現象の事なんだが」


 泉現象について?

 言葉自体はしょっちゅう聞いたり言ったりするが、その情報なら、何か久々に聞いたような気がする。


「手伝いに来てくれ、とかは却下」

「いや、そうじゃない。……実は、沈静化に成功しそうなんだ」

「はい?」


 寝耳に水。

 いなきり。

 まさかの。

 だが落ち着け。

 シアンは、沈静化に成功しそうだ、と言ってた。

 沈静化に成功した、じゃない。


「あー……どういうことだ?」


 シアンの話は、まだ言葉足らずだ。

 も少し詳しく聞かないと。


「うむ。旗手たちが、泉現象で現れる魔物殲滅の要領を掴めてきたようでな。このペースで行けば、泉現象が起きるペースも遅くなり、一年間だけだが泉現象が全く起きなくなる」


 ということはつまり……。


「そうなると、旗手達は各々自分の世界に強制的に戻ることになるんだが……。アラタ。君は……ここで、この世界に骨を埋める気なのか?」


 みんなが俺を注目している。

 考えるまでもない。


「あぁ。俺は、この『おにぎりの店』の主だからな。……うわっ!」


 背中を急に押された。

 よろめいたあと後ろを見ると、テンちゃんだった。


「うわあいっ! 一緒っ! ずっと一緒っ!」


 ……喜びのあまりの突進らしかった。

 痛くはなかったが、びっくりさせんな!

 本来なら、自分の世界に戻らなきゃならないだろう。

 でも、戻ったところで家族とは疎遠。

 職も決まってない。

 だがここでは……。

 逃げの姿勢と思われるかもしれない。

 だが……居場所を作ってもらった。

 俺のことを歓迎してくれる人たちがいる。

 俺の能力や、その能力を生かした仕事を喜んでくれる人たちがいる。

 そして、必要としてくれる奴らがいる。


「本当に……いいんだな?」

「くどい。旗手の奴らは戻るんだよな? ……芦名とも完全にお別れか。再度呼ばれることがない限り。まぁ呼んでほしくない……っつか、来るな」

「あぁ。このまま……あと二か月ほどか。出現するや、すぐに殲滅し続けられればな。今の旗手達には、これまでにないペースだから、その見込みは十分にある」


 ふーん……。

 ま、あいつらとは無関係になりたい話で、どうでもいい話だ。


「ならもう少し話を進めたいのだが」

「進める? 何だそりゃ?」

「うむ。つまりアラタがこの世界に居続けるということは、おそらくこの店も続けるってことなんだろう?」

「まぁ、そういうことだな」

「なら、私の親衛隊の鍛錬所として利用したいのだが」


 ……場所の運営までは考えてねぇよ。

 そんな俺が言える答えは一つだけ。


「好きにしたら? 俺はここで店を続けるだけだし。ダンジョンはモーナーがより深く掘り進めてるみたいだし、フィールドはンーゴとミアーノがその安全を守ってるってとこか」

「……加えてもう一つお願いがある」


 うん、嫌な予感がする。

 できれば聞きたくない。

 が、聞かなきゃこいつはここからいなくならないよなぁ。


「何だよ」

「その鍛錬の相手をしてもらいたい」

「俺は、能力以外は一般人並みの」

「いや、アラタじゃなく」


 俺じゃない?

 じゃあ……。


「アラタの仲間達に。私の同志たちに、な」


 おい。

 何で言い直した?


「あたし達と……戦闘の特訓とかしたいわけ?」

「ああ。クリット達から話を聞いてな」


 サミーが坊主頭にしてやったあいつか。

 でもあいつらはダンジョンを鍛錬所にしてたんじゃなかったか?


「夜盗を返り討ちにしたことに感嘆してな。みんなも反対意見がなければ受け入れてほしい用件なんだが」

「あのなぁ……」


 いや、待てよ?

 仇討ちだ何だと押し掛けてきた奴がいた。

 今後もそんなことを喚いてやってくる奴も、いないとは言い切れん。

 かと言って、これ見よがしに交流企画を考える気にもなれない。

 これがきっかけで、面倒な誤解が減るようであればそれに越したことはない。

 権力にすり寄るような感じなのは気に食わないんだが……。


「なにそれ。面白そう!」

「ウン、チョットキョウミアル。マッキーモヤルトイウナラ」

「そうね。こっちの鍛錬にも役立つかもねー」

「私も、隠密行動とかをプロ相手に試せるかもしれませんね」


 シアンは、仲間達の歓迎ムードに満足そうな顔をしてる。

 だが、一応一言言っとくか。


「あくまでも鍛錬とかの特訓の話だよな?」

「うん? あぁ。そのつもりだよ?」

「こっちにゃ店の仕事がある。その相手をするのは、その合間を見ながら、だぞ?」

「うむ。もちろん。アラタの仕事も尊重せねばならんからな」

「なし崩しに、遊び相手とか、親衛隊以外の訓練とか、対象や活動範囲を広げるようなこと、すんじゃねぇぞ?」

「……も、もちろんだ」


 言葉がすぐに出なかった。

 眉がひくついてる。

 考えてたな、間違いない。

 まったく。

 ま、こいつらの居場所も守ってやる必要もあるし、そのためには俺みたいに、いてもらって助かった、と思ってくれる人も増やしてやらねぇとな。


 けど、断じて、人と魔物が仲良く手を取り合う世界を作る、みたいな大それたことは、全くする気はないからな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る