行商人とのコンタクト その5
「おいしかったねー」
「混んでたけど、席空いたもんね。サミーはどうだった?」
「ミュゥ、ミュ~」
犬に険しい顔をされて吠えられたことがある。
牙むき出しで、眉間にしわを寄せて、いかにも怒った顔で。
猫にも毛を逆立てられながら唸られたこともある。
逆に笑う顔は見たことがない。
動物に笑う表情があるなら、世の中いくらか楽しくなると思うんだが、と思ったことがある。
しかし、魔物、魔獣は表情豊かだ。
怒るわ泣くわしょげるわ。
おまけに笑うわ。
「そうそう、あたしみたいな魔獣が入れるお店もあったんだよー。メニューも美味しかったー」
「だからよぉ、テンちゃんよぉ」
「なぁに? ドーセンさん」
「俺の店で、飯食いながら、他の店の料理の評論すんじゃねぇよ。気分良くねぇぞ?」
「あはは。ごめんなさーい」
「ミュゥミュゥ」
「……まったく……初めて見たが、可愛いじゃねぇか。癒されるな。……お前らの話は嫌にさせられるが」
上手いこと言ったつもりか?
飯の話だけに。
「でもね、お店混んでたんだけど、私達が店に入った時、なぜかテーブル一つ空席になるように、みんな避けてくれたんだよね。ちょっとうれしかったな」
あ、あー……、マッキー……。
それ……多分……。
凶兆のジンクスを信じてる人がそれだけたくさんいるってことじゃねぇかな?
口にしづらいから黙っとくけど。
でもファンクラブも結成されてるって話だから……その層が店の客とは違うのか?
「ところでテンちゃんよぉ、うちじゃ干し草ばかり食ってるが、そっちじゃ何の料理食ってきたんだ?」
「んとね、生野菜サラダの二人分大盛りっ!」
……おい。
それは料理か?
「……ドレッシングとかは?」
「かけなかったよ? そのまま。美味しかったー」
……まぁ……。
いいけどさ……。
「まるまるグループ直営の食堂の料理とうちの干し草の味の感想が、ほとんど変わらないっつーのもな……」
「ま、まぁ、テンちゃんだからね……。あ、そうそう。あの人にも会ったよ?」
「あの人?」
「紅丸って人? わざわざ会いに来たって訳じゃなさそうだったけど。いつも様子見て周ってるんだって」
マッキーとテンちゃんはあいつとは面識がある。
だがサミーは初めてだよな。
「サミーはあいつに見られたか?」
「見られたっていうか……。サミーのこと聞かれたけど、リスの魔物っていってごまかしたけど……いいよね?」
「マッキーと一緒に行動してくれて助かったな。正直にギョリュウなんて言っちまったら、あいつ含めたみんなが大騒ぎになってただろうよ。気を利かせてくれてありがとな」
「いいっていいって。こんくらい。でも、昨日はサミーの事喋ったり聞いたりしなかったの?」
「あぁ。いくら仲良くしてほしいと言われてもな。代表取締役だぜ? 殿上人で別世界の人って感じだろ? こっちの事情をこっちからべらべら喋ったって、果たしてどれだけ理解してもらえるかってな。それに向こうにゃ、俺よりも相手にしなきゃならない大切な商談相手もたくさんいるだろうし、俺にだけ構ってくれって言うわけにはいかねぇだろうよ」
聞かれてないことまで喋って、面倒なことが起こっても困る。
まぁ何も知らなかったから、成長のための生理現象の一つであるただの脱皮にあれだけ大騒ぎしたってこともあるが。
だが馬鹿王子の知らないことを、地上での情報を求めるために地上に降りてまで仕入れる奴が知ってるだろうか。
ギョリュウについては、確実に知っているって奴にだけダイレクトに聞くのが良さそうな気がする。
なんつったって、ある意味未知の生物だからな。
「それにしてもアラタよお」
「ん?」
「皇太子様といい、巨大企業グループの代表……ひょっとしたら総帥って言葉が合ってるかもしれんが……。そんな奴とよくもまぁ知り合いになれるもんだな」
「それは俺のせいじゃねぇよ」
向こうから勝手に寄ってくるんだよ。
俺は知らんっ。
※※※※※ ※※※※※
休日予定を決めてから二日目。
この日の休みは、ヨウミとクリマーとモーナー。
この三人も紅丸と会ったんだと。
「あたし達は店に入る前だったね」
「モーナーさんとは初めてお会いしたってことですよね?」
「あぁ。初めてだったけどお……」
何か言い淀んでいる。
「何かあったのか?」
「んー……気になったとこあったけどお、気のせいかなあ」
「何だよ、気になったとこって」
「よく分からないんだあ」
「何だそりゃ」
でも、俺もそんな感じがしたことがあった。
紅丸にではなく、船にってことだよな。
米研ぎにいって、騒がしいようなそうでないような、という気配を感じたことがあったもんな。
どこが? って聞かれて、はっきりと答えられなかった。
そんな感じなんだろ。
「で、私達、なかなかお店に入れませんでした」
「人気店がずらっと並んでるって感じだったからなぁ」
俺が紅丸と食堂に入れたのは、まぁたまたまだな。
混雑していたことには変わりないし、他の店じゃ行列ができてるところもあった。
「いえ、そうじゃなく……」
「囲まれちゃったのよ。お客さん達に」
「客に? 何で?」
「多分、その……ファンクラブ、とかってのに入ってる人達に、だと思います……」
やはりいたか。
「それとお、俺もお」
モーナーにもファンクラブで来たのか?!
「家族連れの子供達に囲まれちゃったのよ」
「何じゃそりゃ」
「目の前でえ、子供が転んでえ」
「うん」
「泣かれる前にい、抱っこしてえ、ちょっと高く上げたらあ」
え?
おい。
「その子お、喜んじゃってえ」
待てよ、おい。
「ご両親があ、その子を諫めたんだけどお、下ろした途端泣いちゃってえ」
「おい、おい」
「ちょこっとまた高く上げたら喜んでえ」
子供達の人気者になっちまったか。
「周りの子供達に寄り付かれてえ、次い、高い高いしてぇってえ……ねだられてえ……」
「……そん時に紅丸は?」
「紅丸さんもお手上げだった」
ひでえ。
「親御さんたちも、みんな恐縮そうにしてました」
ひでえ。
「紅丸さん、あとでお詫びしたいって……」
モーナーの喋り方はゆっくりだが、賢さはあるし温厚だし、見方によってはユーモラスって感じがするんだよな。
間違いなく子供らには人気が出るタイプだ。
外に出て、新たな評価が生まれるってこともあるんだな。
でもな。
飯くらい食わせろよ。
「店員さん達も恐縮してました」
やれやれだ。
「紅丸さんにい、バイトお、勧誘されたあ。断ったけどお」
おいっ!
「おめぇも結構役に立つんじゃねぇか、ノロマよぉ」
「ドーセンよりもなぁ」
「うぐっ」
ここも飯時に、行列ができるくらいの人気が出たら、逆に言い返せたろうにな。
でもあんな所に行く時間帯ってば飯時だよな。
その時間に、ドーセンにここを不在にされたら、それなりに困る人が増えてきてるんだよな、うん。
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