飛び交う噂 その6

「そんな……こんな、突然……」


 おい。


「嘘でしょ……ライムっ!」


 おいこら。


「し……死んじゃったの……?」


 不吉な事言ってんじゃねぇ!

 いきなり動かなくなったからってなぁ!


「ど、どうなの?! アラタっ! 硬い卵の殻越しでも、命があるって分かったじゃない! こ、こんな……」

「あ……」


 言われてみればそうだ。

 死んだのなら、命の気配自体すでに消えてる。

 肉体しかないのなら、ある意味ただの物体だ。

 物体としての気配と、命ある者の気配の感じ方は全く違う。

 背中に張り付いたまま死んだとしたら、サミーが落ちる前に気付いてた。

 それは自信を持って言える。

 ……お前らが勝手に、こいつが死んだと早合点して雰囲気暗くしたから、こっちだってそれに染まっちまったじゃねぇか!

 だが待てよ?

 何も気付かなかったということは。

 ……などと理屈をこねたところで、サミーの気配は普段と何の変わりもない。

 サミーは突然動かなくなり、地面の上で仰向けになっている。

 しかし呼吸している様子もない。

 普通に考えりゃ間違いなく……。


「死んでない、ぞ? むしろ、普通に生きてるが……」

「え?」

「じゃあ……どういうことだあ?」


 分からん。

 そもそもギョリュウの生態を知ってる奴は、俺の知ってる限りどこにもいない。

 元冒険者のドーセンも噂で聞いただけ。

 ゲンオウ達も、仲間から聞いただけにとどまった。

 馬鹿王子は……少しだけ知ってたな。

 えーと。


「あれ?」

「どうした? ヨウミ」

「体、伸びてない?」

「伸びる?」


 よく分からん。


「ヨウミさんの言う通り、何か、伸びてますね」


 言われてみれば確かに。

 尻尾に近い方が、何か……うん、伸びてる。

 モフモフの毛先も、よーく見ると、空気の流れに反した動きをしている部分がある。


「これ、……どういうこと……?」


 聞かれてましてもな?

 分からんわけですよ。

 俺だって親代わりなだけで、親なわけじゃない。

 親に聞きに行くのもありだが、命の危険というリスクがでかすぎる上に時間もかかる。

 突然、パシンっ! という破裂音に似た音が鳴った。


「キャッ!」

「ナ、ナンダ?」

「う、腕が、切れたあ!」

「何言ってるんです? 腕はついてるじゃありませんか……あれ?」


 マッキーが驚くのも無理はない。

 ハサミが頭の方向に飛んでいってた。

 そしてクリマーの言うことも正しい。

 ハサミの腕はある。


「あ……」

「ドシタノ? アラタ」


 思い出した。

 あの馬鹿王子、ギョリュウ種は……。


「脱皮する、つってなかったか?」

「え?」

「キイタコト、アル。デモ、カンケイナイカラ、ワスレテタ」

「ンーゴ、ホントに?」

「ヌケガラ、ミタコトアル。タベタコトモ」


 まぁ……地中にありゃ何でも食うか、こいつは。

 サミーはというと、伸びた尻尾の方、いわゆる下半身がまた縮む。

 これは目に見えて縮んでいった。

 その代わり、頭の方が延びていく。

 顔面が裂け、そこから新たな顔面が出てくる。

 まるでズボンを脱ぎ捨てるような格好だ。

 一生懸命全身をうねうねさせて、皮を置き去りに前に進む。

 確かに脱皮前よりは割と大きい体になっている。


「……腕も伸びてきましたね。大きくなると、こんなかわいさも消えるんでしょうねぇ」

「あ」

「どうした? テンちゃん」

「ギョリュウって、空、飛ぶの?」

「あぁ、飛んでたな。それが?」

「一緒に空のお散歩できるねっ!」


 あー。

 まあ……できなくはないな。

 サミーが飛べたら、の話だが。


「あたし、サミーに乗ってみたいなー」


 大きくなったとはいえ、流石にマッキーはまだ乗れない。


「オレモ、ノリタイ」


 ンーゴ、お前は諦めろ。

 テンちゃんだってお前を乗せられるかどうか。


「ミャアアァ。ミャッ、ミャアアア」


 脱皮が終わって早々、俺に跳びついてきた。

 両手に乗せて余裕があった体が、少しはみ出す程度に大きくなってる。

 が、腕は、上に伸ばせばハサミがまだ頭からようやく出る程度の長さ。

 まだかわいいと言える容姿。


「え? おい。顔、舐めるな。くすぐったいっ」


 手の平から器用に移動して肩まで上がり、頬にすり寄ってきた。

 至福、だなぁ……。


「アラタ、サミーの可愛さ独り占めがうらやましいなー」


 親代わりに苦労した特権だな。

 っていうか、そろそろ寝ようって時間に、ほんとハラハラさせてくれる。

 特権帳消しレベルだろ。

 まぁでも、モフモフが気持ちいいから、いいか。


 ※※※※※ ※※※※※


「受映機買うって?」

「あぁ。だがこの村で、どこにどんな店があるか分からん。見て回る余裕ないし、おやっさんに頼めねぇか?」

「仕入れを?」

「いや、売ってる店で注文して買ってくんないかと」

「俺は、宿屋と食堂の店主で、お前の使い走りじゃないんだがな」


 使い走り。

 聞くだけでも気分が悪くなる言葉だ。


「だって店がどこにあるか分からんし、頼めるのがおやっさんしかいねぇし。双子の件とかで反感持ってる奴がほかにもいるかもしんないし、そんな奴に売る品物はねぇって言われたらお手上げだし」

「しょうがねぇなぁ……。晩飯の時までに買ってきてやるよ」

「すまん。予算はこれで」

「まぁ、そんだけありゃ足りるけどよ……。米の選別もしてもらってることだしな」


 ってなことで、テレビ……受映機が俺の店にもやってきた。

 とりあえず俺の部屋じゃなく店の奥、突き当りに置く。

 仕事が途切れて空いた時間にしか使えないようにな。

 もっとも誰も強い関心は示さなかった。

 示さなかったんだが……。


「おい、ライム。溶かすなよ」

「ムイ?」


 忘れてねえよ。

 こいつは体内に取り込める物ならすべてとかして栄養にしちまう奴だからな。

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