おにぎりの店へは何をしに? その1

 命の存続が危うい場所ってのは遠ざけられる傾向にある。

 それは俺が生まれ育った世界でも、この世界でも同じ。

 まぁ、俺だってそうだしな。

 冒険者ならどうか。

 命知らずな連中は確かにいる。

 けど、中には家族を養うための仕事にしている奴らもいる。

 そんな奴らは、必ずしもそんな無謀なことはしない。

 むしろ、考え方は俺達と同じ。

 危険な場所はなるべく避けるみたいだ。

 ただ、その危険と思われるレベルが俺達のレベルとは違うだけ。

 だから同じ冒険者という職に就く者達でも、危険と感じる度合いは違う。

 彼らそれぞれを取り巻く環境にも違うが、その腕前、技量によっても違ってくる。


「おぅ、暇そうだな。ガハハハ」


 大声で店に近づいてくる者達がいた。

 形で冒険者と分かるが、すぐには思い出せなかった。


「相変わらずねぇ。腰据えて店を構えても、客の名前と顔、覚えるつもりはないの?」

「しかもついこないだ来たばかりだってのにな」


 男女二人の冒険者は俺が全く覚えてないことは気にせず、逆にからかうような感じで話しかけられた。

 言われてみれば、最近……いや、何度か見たこと……あ。


「ゲンオウさん! それと……メーナムさんでしたね。お久しぶり……って、こないだの泉現象の時以来ですね。他の方はどうしたんです?」


 つくづくヨウミはよく覚えてんなぁ。

 毎日着てくれりゃ覚えもするが、あの時から何日経ったよ?

 泉現象が起きてからゴーレム騒ぎでクリマー加入だろ?

 で卵騒動でサミーが生まれて何日か経ったんだよな。

 こないだじゃねぇじゃねぇか。


「いや、離脱……つーか、引退したいっつーんでな」

「引退? 確か……五人グループでしたよね?」


 三人抜けたのか。


「ぶっちゃけ言うと、実力差が激しくなってきたってとこだな。鍛える、育てるってのは大事だとは思うんだが、仕事しながらだと、どうしても収入に響いてくるんだ」

「私達に合わせると、あの三人が危険な目に遭うことが多くなる。あの三人に合わせると、収入も減るし成長が鈍くなる、ってことになるのよね」

「足手まといってことか」

「辛らつだな、アラタ……」


 そんな風には思えなかったがな。

 ただ、仲間にしちゃゲンオウからの指示が多すぎるとは思ってたが。


「アラタさーん、おにぎり用のご飯がそろそろ……って、お客さまでしたか」

「え?!」

「だ、誰?!」


 店の人に向かって「誰?!」もねぇもんだと思うんだが。


「クリマー。うちの新人だよ」

「新人……って……その黒い肌……」

「まさか……ドッペルゲンガー種?」


 ドッペルゲンガーは知ってるんだ。

 レアな種族って聞いたがな。


「え? えぇ、はい。クリマーと申します」

「え? あ、あぁ、こりゃどうも」

「私はメーナム。こっちはゲンオウ。よろしく」


 別に互いに紹介する場面じゃないと思うが。

 でも敬意の順番を思い返すと、この二人はクリマーとゴーアとは今まで会ってなかったんだな。

 ってことは、サミーも。

 あ、ミアーノとンーゴとも会ってないんだな。

 あの二人はいつもフィールドの方にいるし、無理に会わせる義理も理由もない。

 が……。


「サミー、ちょっと来―い」

「ミュ~ゥ」


 サミーはクリマーのおにぎり作りを見ていたっぽく、同じ部屋から出てきた。


「え?」

「なんじゃ、そいつぁ?」


 思ったよりも跳躍力はあり、届くわけがないと思われるくらいの距離をぴょーんと飛んで俺の肩にうまく着地した。


「リス……ネコ?」

「カニのハサミ……何だよ、そりゃ?」

「ギョリュウっつー種族知らない? あそこの宿のドーセンが言ってたんだけど」

「「ギョリュウ?!」」


 小さく飛び上がって驚いてる。

 そこまで驚くことか?


「ギョ、ギョリュウ……って……」

「竜の一種……よね」

「あぁ。ミアーノとンーゴも言ってたし。そいつらともまだ対面してないよな」

「そいつらもアラタの仲間か?」


 あれ?

 この話の流れだと、こいつらにあいつらと対面させる流れ?

 紹介が面倒だな。


「ミアーノはずっと土の中で生活してた獣人で、ンーゴはワーム種っつってたな」

「「ワーム?!」」


 普通の人間ならそういう反応を示すってことなんだな。

 まぁそれほど珍しい種族ってことなんかな?


「な……なんでワーム種と仲良くなってんの?!」

「よ、よく食われなかったな」

「まぁ……うん」


 そんなに驚かれてもな。

 こっちにはそんな実感は全然ないよな。

 っていうより、珍しいのは何なのか。

 珍しい種族ってことなのか、そんな奴らを仲間にできたことが珍しいのか。


「で……村の人達は大丈夫なのか?」

「何が?」

「怖がってないかってことだよ!」


 あぁ。

 それは俺も考えてたさ。

 あれの小型は普通に土の中にいる生き物だもんな。

 それを怖がったり気味悪がったりする奴は割と多い。


「会わせないようにしてるし、何より生活環境が違う。初級冒険者用のフィールドの外に住処作ってるよ。そこなら一般人は足を踏み入れることはないし、初級冒険者が退治するには難しい魔物を食ってたりするみたいだし」

「マジか……」

「何という……。何と言っていいのか分かんないけど……」


 ひいてるなー。

 いや、俺達の生活ぶりを披露したいわけじゃない。


「で、ギョリュウの生態とかについて知りたいんだが」

「知るわきゃないだろう! 知ってるってば、国軍兵団くらいじゃないのか?」


 あの皇太子の方がよく知ってるって?

 そうまでして知りたいわけじゃない。


「でも……ほんとにギョリュウなの? 猫とかリスとかみたいな可愛い小動物って感じよね」

「まぁ……普通とは違うよな。囮の卵から生まれた奴だし」

「……もう驚くこと尽くしね。卵ですらお目にかかることって少ないのに」

「だが囮の卵を拾った奴は何人かいる。育てられないから魔獣商人に売ることになるがな」


 ダメか。

 人の食える物は何でも食えるみたいだから雑食ってことでいいんだろうが、こいつの発育を妨げたりする物があるかもしれないから、そういうのを知りたかったんだが……。


「ところでこちらには何か用があったんですか?」

「ん? あぁ、いや。特別って訳じゃないんだが」

「新人冒険者の数が多い割には実戦でなかなか使えそうになくってね」


 人員補充したいが、そっちが満足できる人材は見つからない、と。

 それで、こっちで鍛錬する者達がいるかどうかを身に来たと。


「宿屋の親父は景気悪そうな顔しててな」

「冒険者が来なくなったって。何か騒動でもあったの?」


 結局ここまでの経緯を話しすることになっちまった。

 でないと追っ払えないからな。


「ふーん。地下は随分深く掘ったっぽいな」

「モーナーが三十五階くらいまで掘り下げたっつってたな」

「モーナーさんなら、四十階くらいまで掘ったって言ってましたよ?」


 随分掘ったな。

 ほったらかしたら地下百階までいきそうだ。


「ちょっと潜ってみない?」

「二人でか?」


 装備は十分そうだ。

 いつでも臨戦態勢になれるって感じだよな。


「じゃあ久々に」

「うん」

「おにぎり、セットで……六つ、もらおうか」

「そっちかよ!」


 まぁ売り上げがあるのは有り難いけどさ。

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