ある日森の中卵に出会った その11
「……ってこと言われてさ……。まっっったく考えてなかった。どうしようか……」
「住むところ、よね。生態……ドーセンさんは分かんないんだって?」
「いや、おやっさんだって、ギョリュウの話自体人伝に聞いただけっつってたよな。生態なんて知らねぇだろ。ミアーノ、ンーゴ、どうなんだ?」
「どうなんだ? っておめぇよお……。何の卵から生まれようとしてるか知ってんのか?」
「ギョリュウの卵だろ?」
「肝心な事忘れてやがんなぁ。そいつぁ捨て石の卵だで? 他の魔物、動物の餌になること前提だで? その前提の卵から生まれた雛なんて聞いたこたねぇよ」
ドーセンのとこで晩飯を済ませた後、ンーゴの住処の近くに全員集合。
流石にンーゴの全身を地上に出すわけにはいかないからな。
もちろん話題は卵について。
この卵について、何から何まで俺は知らない。
それはみんなもそうだった。
むしろ、この親と対面できた俺達の方が、いくらか知識がある程度。
その卵の中に命が宿っている。
その事ばかりしか頭になかったから、捨て石の役目を持っていたことはすっかり忘れていた。
冷静なミアーノの意見にンーゴは頷いている。
その動きだけ見れば愛嬌あるが、目も鼻も表情もない魔物。
やっぱしばらくは見慣れられねぇな。
にしても……。
「当たり前じゃねぇ現象が起きつつあるっつーこったよ。だぁれも想像つかねぇよ。ま、生まれたら最後まで面倒見るこったな」
思い出した。
可哀想だから、という理由だけで魔物を保護して、その後俺に押し付けてきた連中がいたな。
引き受けて当然って顔をしてた。
今の俺みたいに、眉間にしわを寄せて悩んでたような奴はいなかったな。
随分とお気楽だったんだねぇ。
何が助け合いだよ。
今の俺にあの連中の一人も助け舟出そうとしやがらねぇ。
この日本の片隅で、一人、一団体が悶々としているだけだから、誰一人として俺達がこんなに頭を悩ましてたって、それが全国に知れ渡るわけがない。
そんなに野生の生き物や魔物が可哀想と感じて、自分らで引き取って育てようっつーんなら、全国各地にそんな可哀想な生い立ちの魔物がいるかどうか調べるくらいの熱意があっても良さそうなもんじゃないか?
結局自分の損得勘定でしか動いてねぇ連中ってこった。
確かにこの卵は親から見捨てられた。
感情的に俺の損得勘定だけでその卵を引き取っただけかもしれん。
生まれても、幸せな一生を送る保証なんてのもありはしない。
けどな。
この世界はな。
俺が生まれ育ち、社会に出た俺の世界より、はるかにマシな世界だぞ?
とはいっても、そんな風に二つの世界を比べられるのは俺だけだ。
それができないのは生まれてくる雛ばかりじゃなく、俺についてきた連中もそうだ。
けど、よその世界から来た俺が、ここに住みつきたいと思えるくらいにはマシな世界なんだよ。
卵のまま一生を終えるにゃ、ちぃっとばっかし勿体なさすぎるぜ?
俺のばかりじゃなく、この雛のそんな損得勘定もその中に入ってる。
「ご飯はどうするの? アラタ」
「……ん?」
「この雛の食事。子供のうちならいいだろうけど、大きくなったらどうすんの。一番体が大きそうなンーゴは、おにぎり六個でいいって言ってくれたらしいけど」
そうだ。
いくらこの世界は素晴らしいもの満ち溢れていたとしてもだ。
食うもんが足りず、いつもひもじかったら素晴らしいもくそもない。
魔物生態図鑑、なんてものがあればいいが……。
ひょっとしたらないこともないかもしれない。
がこの卵の中にいる者は、ミアーノの言う通り、本来ならば生まれることはあり得ない命、らしい。
まぁそんなことはどうでもいい。
収穫量を何とか多くするしかない。
おにぎり作りなら、誰が作っても効果が同じだったらヨウミだけじゃなくクリマーにも手伝ってもらおう。
あとは拝み倒してクリマーの弟のゴーアも借りようか。
「……ま、最後まで面倒見るさ」
「アラタさんなら、雛とか赤ちゃん相手なら面倒見切れないとは言わなさそうですけどね」
まだ新参扱いしていいクリマーが、何を勝手に決め付けるやら。
「そりゃ、どでかいギョリュウ相手に血迷って立ち向かうようなマネスル人だからねぇ」
分かった分かった。
ぶり返すなよ。
つか、そんな風に見られてんのか? 俺。
「自分よりい、弱そうなのの味方になりたがるタイプだよなあ」
ええい!
もういじらんでいいわっ。
ほかに話題はあっ?!
「うおっ! 今……卵、激しく動かなかったか?」
「薄暗くてよく分かんない。卵の色は派手だけど、発光してるわけじゃないからね」
「でもそんだけ動くってことは、そろそろ生まれる?」
卵は、胡坐をかいてる俺の足の上にある。
親から嫌われるかもしれない、ということで、今まではなるべく接触は避けてきた。
だがもうそれを気にする必要はなくなった上俺が親代わりってことになったから、移動する時はなるべく肌身離さずにいる。
荷物を持ってるときには、割れないように緩衝材のような物で包んで袋に入れて腕にぶら下げたり、座っている時はこうして足の上にのっけているんだが……。
「ちょっと跳ねたんだよ。中からの音も……」
「あ、音の質、変わったね」
「今まで響いてたのが……なくなったっぽいかな」
「音が割れてんぞ? 殻、内側にヒビはいったんでねぇの?」
親はギョリュウ。
魚のエイの姿だった。
だがただのエイじゃない。
近くにいた同類の仲間は空を飛んでた奴もいた。
そして、どれもが両腕を持ち、その先はハサミになってた。
後ろ足は見えなかったな。
いずれ、同じ姿ならそのハサミで卵を壊そうとしてるんだろう。
「解散してお休みする時間だけど……生まれそうならもう少しここにいよっか」
新たに一人、仲間入りってことになるかもしれんしな。
「……音がどんどん変わりますね。ヒビどころじゃないですね、これ」
「モウスグ、モウスグ!」
ライムがぴょんぴょん飛び跳ねる。
ライムだけじゃない。
みんながその瞬間を楽しみにしている。
俺はというと、飯の世話はおにぎりで済ませられますように、とささやかな要望だけが心の中でうろうろしている。
「あ、ヒビ!」
「一気に全体に!」
しかし卵の殻は、欠片がほんの一部、俺の膝に落ちた程度。
殻は相当厚いようだ。
小さな穴からは、はさみと思われる体の一部が出たり引っ込んだりしている。
「おぉ、元気元気ぃ。どんな子が生まれるのかな」
「ハサミを持ったエイ。それしか考えられん」
「……アラタぁ……、少しドライ過ぎない?」
ヨウミの質問に正直に答えただけだがな。
こんな会話の間中も、そのハサミで殻の内側を叩く音が止まらない。
「お、さらに大きい欠片落ちたぞお」
みんなが期待で目を輝かしている。
が、それに比べて俺はそこまで熱が入れられなかった。
こいつらから問題視されるほどの、人間の何百倍もの力を持つこいつの親に文句の一つも言うような行動をとったというのに、だ。
「ほら。卵から出たら、最初にアラタを見れるようにしとかないと、ね?」
ヨウミが卵の向きを変え、広がっていく穴を俺の方に向けた。
最初に雛が見た奴を親と思い込む習性があるのなら、それはそれで正解なんだろうが……。
「ヒビが卵を一周しましたよ? 出てきますねっ」
クリマーの言葉に全員が息をのむ。
ンーゴでさえもだ。
いよいよ、その瞬間がやってきた。
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