ある日森の中卵に出会った その8

 行きは恐々。

 帰りは楽なもんで。

 地下を最短距離で突っ切るその早さ。

 つくづく有り難い。

 時間をかけずに村に戻って来れたから。

 だけじゃない。

 ンーゴの体内は穏やかならぬ雰囲気に。

 まぁ……俺のせいなんだけどよ。

 その雰囲気に長く耐えられそうになかったからな。


「でもよお、俺の仕掛けがあった沼にかかったのは運が良かったよなあ。たくさんってわけじゃねぇけどあちこちにあるからよお」

「あの沼が罠だったんじゃなかったのか?」

「ちげーよ。ありゃあ元々そこにあったもんだわ。自然現象だろ? そこにハマった生き物を食って生活してたんだわ」

「沼に潜んでたってことか?」

「あぁ、底にな。けどまさか人間がかかるたぁ思わなかったな。アラタぁ、おめぇ、俺んとこに引っかかってホント運が良かったよなぁ」


 成り行きは大体説明してある。

 が、それでも俺への風当たりは厳しい。


「それはいいけどさぁ」

「助けてもらった命を投げ出してまですること? アラタって時々暴走するよね。それであたしは助かったけど、さっきのは無謀としか思えない。異世界から来たのは分かったから、そこでの常識押し通すの止めてくれない? 二、三回くらいは注意してあげるけどさ、あんまり聞き分けが良くないと、流石のテンちゃんも怒るからっ」

「う……、分かった、分かったから、その顔、止めてくんないか?」


 テンちゃんが思いっきり歯をむき出しにして怒る。

 はっきりは言えば、あの竜とやらよりもテンちゃんの方が怖い。

 あのエイの魚竜とやらは、確かに大きくて迫力はあったが、テンちゃんほどの怖さは感じなかった。

 もちろんあらゆる力は圧倒的にテンちゃんを上回っていた。

 顔は体の先にあったが、あまり表情がなかった。

 顔の表情で喜怒哀楽が分かる。

 気配から感じ取れる感情よりも早く受け取る情報だ。

 それに左右されやすいんだな。


「……アラタのことは置いといて」


 勘弁してくれ。

 もう分かったから。


「ミアーノのことはともかく、この……ンーゴだっけ? 村に連れてくの?」

「それなんだよな」


 ミミズの生態はよく分からん。

 だが、モグラは一日中飯を食ってないと生きていけないって話は聞いたことがある。

 モグラのミアーノを一緒にしたら、こいつに失礼か?

 しかし一日中食ってないと死んでしまうのなら、食生活の世話は簡単じゃない。

 二人で一食につきおにぎり十個ってのは、あの時は楽って感じたんだが。


「まぁおりゃあ受け入れてもらえるたぁ思うけどよ、さすがにンーゴは、俺も村に連れてくのはどうかと思うわな」

「フィールドの所に居ついてもらったら?」

「それしかないよな」

「ふぃーるど? 何じゃそりゃ」


 そういえば、俺達がしていることを詳しく説明してなかったな。

 とは言っても、簡単な説明もちょっと手間がかかった。

 というのも、ミアーノには、人間やそれ以外の種族の社会についてもほとんど知識がなかった。


「ほとんど地中での生活だったからなぁ」

「それでよく日本語喋られるわね」

「あんたらの言う冒険者って奴か? 耳にすることが割とあってな。独自にちと勉強してみたわけよ」


 大したもんだ。

 先生もなしに。


「でも、アラタについて行く、みたいなこと言ってたわよね? モグラの一生って、ずっと食べ続けなきゃ生きていけないって聞いたんだけど、大丈夫なの?」

「あんたらに言わせりゃ、おりゃあ獣人だそうでな。モグラのって聞いたが、モグラに似た姿ってこっちゃろ? 生活までおんなじとか思わんでくれや。こっちゃいつ飯にありつけるか分からん生活してたんでな。それが、飯出してくれんだろ? なら飯探しに追われる一生から解放されるっちゅうこっちゃな。ンーゴも同じや」


 ミアーノ、ンーゴはともに、飯を食い続けなければならない、んじゃなかったのか。

 弱肉強食の厳しい世界の中で、自分は強い者から逃れつつ、弱い物を仕留め、且つ食える物を選び取り、食い、生き延びる生活をし続けてきたんだ。

 食い続けなければならないんじゃなく、食うために生き延びなきゃならなかった。

 俺にはその声は聞こえなかったが、ミアーノが魚竜と会話できるようになったのは、それらが生む捨て石の卵を無難に得るためなのかもしれない。

 そればかりじゃない。

 俺達と会話が普通にできる。

 それも、安全に糧を得るための知恵の一つだったんだろう。

 しかし食い物探しに伴う危険がない生活を選ぶことができるチャンスが訪れたら、そりゃこっちの方を選ぶわな。

 ミアーノの表情が明るくなったように見えるのはきのせいじゃないってことか。

 自分の命が常に狙われる環境の中で、おそらくはそれでも自分にとって安全な場所を作り、そんな知恵を身に着けてきた。

 死や怪我に対する恐怖で身を竦めたり泣いたりする暇があるのなら、生き延びるために体と頭を必死で動かしてきたんだろう。

 それに比べて、俺の世界にいた頃の俺は……。


「アラタっ! とにかくあのことは、みんなに報告するから。みんなから叱られなさい!」

「え?」

「まったくよ! 少しくらい痛い目に遭わないと学習しないんでしょ?!」

「えっと、ちょっと待て」

「ヒャハハハ。アラタのあんちゃん、大事にされてんなぁ。アヒャヒャ」


 こ……こいつ……。

 いや、ちょっと待て。


「俺の事よりも、この、ンーゴをどうするかの話、済ませたっけ?」

「あ」


 あ、じゃねーよおい!

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