ここも日本大王国(仮) その10

「悪いがのんびりなおしゃべりに付き合ってる暇はない。その裏事情は気になるが、今はまずマッキーとエージの一命を取りとめるための作業が必要だ。その作業の邪魔をするなら出てってくれ。魔法を使える奴全員の魔力がゼロだ。命綱は俺の作るおにぎりしかなくなったんでな」

「分かった。私の魔力もすべて使い果たしてしまったが、魔物討伐なら力業で何とかできる。王族の者自らが出張ろうか」


 すかした野郎だ。

 ま、邪魔しねぇんなら邪険にする必要もねぇか。


 ※


 すっかり日は沈んだ。

 それでも冒険者達は戻ってこない。

 俺が彼らに依頼したのは、マッキー達の救出作業だけ。

 しかし彼らは彼らで思うところがあったんだろう。

 というか、放置すれば村が全滅。

 そして隣のラーマス村にまで被害が及ぶことは間違いない。

 仕事があればその地域にやってきて、仕事が終わればその地域から立ち去るこの職業。

 特定の地域に住みついて仕事をする冒険者は、その割合は少ない。

 だからこの村のためというよりは、この国全体に被害が広がらないうちに泉現象を抑えたい、という思いを持っているんだろう。

 幸い魔物の泉現象が起きたのは、出入り口が大きくもならず、増えもしないダンジョンの中。

 その二か所の出入り口で待ち伏せ作戦で各個撃破をしている最中。

 サキワ村の人達の、分厚くでかい岩盤を何とかしてくれという苦情があった。

 巨人族の血を引く、村一番の巨体で力持ちのモーナーですら手に負えないほど。

 しかしそれが幸いした。

 泉現象で現れる魔物は普通の魔物よりも力はあるが、やはり歯は立たなかったようで、冒険者達は苦戦はしているものの、順調に魔物の数は減らしているようだ。

 ダンジョン内にいる気配の数が減っていってるから、それ以外に考えられない。

 そして俺のおにぎり作りも無駄ではなかった。

 無駄どころか、作っててよかったと思えた。

 手が空いた冒険者が、時々一人ずつ戻ってくる。

 回復薬代わりということで補充しに来るのだから、こっちも作り甲斐があった。

 そんな中、俺達の洞窟でも緊張感から解放された出来事があった。

 誰もが看病で付きっ切りだったマッキーとエージの荒かった呼吸が静かになり、目が開いた。

 その時の、子供な冒険者五人と仲間三人の取り乱しようと言ったらなかった。

 嬉し泣きの号泣は、おそらくダンジョンの出入り口にまで響いたんじゃなかろうかと思うほど。


「……み、みんな……無事だったか……」

「無事だったか、じゃないよう! よかったー!」

「あんな無茶しないでよ! 心配したんだからあ!」

「死んじゃったらどうしようって、本気で心配してたんだよお!」


 まずはリーダーの意識回復に安堵した三人は、マッキーの回復も喜んだ。

 マッキーも口を開く。


「……あ、あの……天馬は……灰色の、天馬と、銀色の鎧の男は……」

「あぁ、またダンジョンの方に行った。少し休んどけ。ここはどこだか分かるな?」

「……あぁ……。あたし達の、住まいの洞窟だろ……。あの、天馬には、助けてもらった。珍しかったな。灰色の、天馬」


 いや、この世界では、というか、俺の世界はこんな種族や魔物自体珍しいんだが、マッキーのダークエルフってのも珍しいそうだぞ?

 その自覚はないのか?

 って言うか……助けてもらった?

 モーナーに頭から体当たりをかました天馬が?


「……マッキー。それとエージ。今はすっかり日が沈んで夜の時間帯だ。おにぎりでも食うか? 食欲がないならそのまま寝てていいぞ。みんなが戻るまでまだ時間はかかる」

「せ、戦況はどうなって」


 エージ。

 お前が気にしてどうする。


「休んでろ。魔物の数は減ってきている。お前らを助けに行った冒険者の数はそのまま。消耗は激しいが、時々回復のおにぎりを取りに来る。誰かが斃れるということはないだろう」

「は、はい……。じゃあ……一個、ください」

「あたしも、一個……」


 二人は再び目を閉じ、間もなく静かに寝息を立て始めた。

 どうやらこっちは峠は越えたか。

 あとは冒険者達の凱旋待ちだな。


 ※


 夜更かしは健康にいい、なんて話は聞いたことがない。

 というか間違いなく寝不足になる。

 傷に響く、ということで、タオルの敷物で申し訳ないが、モーナーには俺らの洞窟のロビーめいたところで休んでもらった。

 いつも通りの宿で寝かせてもいいんだが、料金は取られるだろうし、ドーセンも魔物討伐に出ている。

 主のいない宿で好き勝手なことをするわけにもいかないだろう。

 他の冒険者八人には、荷車の中で寝てもらい、ヨウミは一応マッキーとエージの看病で寝ずの番。

 俺は夜を徹してのおにぎり作り。


「おにぎり、できてるか?!」

「何個持てる? この袋に……二十五個くらいは入ってる。一人一個だな」

「十分だ! あんがとよ!」


 こんなふうに、マッキーとエージが寝入った後も、魔物討伐の冒険者達が何度か補充しに来ている。

 寝落ちしても大丈夫なように、持って行ってもらう分のほかに同じくらいの数をストックしておくようにする。

 だが夜明けには、個々の泉現象で現れる魔物は全滅しそうな感じだ。

 話によれば、旗手七人で一日がかりのこの討伐。

 現状、旗手の人数はマイナス四。

 しかしそれに皇太子か? それにあの魔物二体が加わる。

 この戦力なら、おそらく旗手の全戦力よりも上回る。

 さらに二十人の冒険者とドーセンが、これまでは救出作業に専念していたのが一気に攻勢に変わるのだから、おそらく討伐は捗ってるんじゃなかろうか。

 おにぎりで消耗も抑えられているはず。

 この討伐が終わるのも時間の問題だな。


 ※


「……タ。アラタ、アーラーターっ!」

「ん……んあ……。お? おおお?」


 どこからか聞こえる男たちの声。

 何を言ってるのかは分からなかった。

 が、やがて俺のことを呼んでいるのは理解できた。


「休んでるとこすまんな。お疲れさん。おかげで助かったぜ?」

「おにぎり作り、ありがとな。一件落着ってとこだ」


 やっぱりいつの間にか眠ってた。

 目に入ってきた冒険者達の格好は、激戦を物語っていた。

 ボロボロの防具に壊れかけた武器。

 全員分一揃いの修繕や買い替えで、いくらくらいかかるのか予想もつかない。

 全員の朗らかな笑顔が、少しだけ俺の気を楽にしてくれた。

 いや、笑顔だけじゃない。

 シュルツと四人の冒険者達が互いに無事を喜んでるし、ドーセンは四人の冒険者の様子を見て、毎日ほとんど不機嫌そうにしている顔を緩めている。


「あー……今回の依頼料なんだが、その~」

「アラタぁ……、だから今回はいいんだって。妙なところで堅っ苦しいよな」

「国からも所持品の保証はしてもらえるんだよ。気にすんな。お前への負担は一切ないからよ」


 あぁ、としか反応できなかった。

 実際どうなるか分からん。

 俺への負担がない、という実感がないから、その感情の動きようもないから仕方がない。


「そう。それは私が保障しよう。何の憂いも必要ない。重ね重ね、お詫び申し上げる」


 例の皇太子、まだいたのかよ。

 いたのかよって言い方もちょっとアレだが。


「救助者全員の容態はどうなっているだろうか? 魔物を全滅させてすぐにその事ばかりが気にかかってな」

「最後の二人は意識を取り戻した。その後睡眠。その後はヨウミに看病させてる。モーナーは会話は可能だが、まだ起き上がるのは難しいか? 他は普通に動けるはずだが、今は荷車の中で休ませてるが……」


 今、何時だ?

 外は明るいから朝ってことは分かるが。


「もうみんな起きてるよ」

「ま、マッキーもエージくんも、起き上がってるよお。俺はまだちょっと痛むけどなあ」


 モーナーも立ち上がっている。

 つくづくこいつには感謝だ。

 なんせ、この洞窟をホテルに例えて言うなら、入り口のロビーのような場所を広くしてもらったんだから。

 おかげで三十人以上入っても、まだスペースに余裕がある。


「……旗手の者達には一足先に戻ってもらった。

 改めて、事の顛末を説明させてくれ」


 例の皇太子が口を開いた。

 が、こいつがこの国の皇太子ってこと、みんな知ってんのか?


「あーっと……、みんな、この人のことは……」

「あぁ、知ってるよ」

「知らねえ奴もいるけど、ここにいる全員は、この方のことは知ってる」

「けど王子さんよ、事の顛末って何のことだ? まさか魔物の泉現象が王家と関わりがあるのか?」


 まさか!

 王家が泉現象を引き起こし、手に余るから旗手を呼び出す術を開発して……?

 あり得ねぇだろ。


「いや、アラタ殿に迷惑をかけてしまったことについてだ。泉現象のことではない」

「へぇ? アラタと関係がある? ってアラタ、王家と一体どんな関係があるんだ?」

「旗手達と絡みはあるらしいが……詳しいこと聞いてないよな」

「王子さんよ、この人とどう関係あるんだ?」


 やべぇ。

 隣村から連れて来た、全く面識のない冒険者達から食いつかれた。

 人の口に戸を立てる能力はない。

 どうか余計なことは喋らないでくださいっ!

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