こだわりがない毎日のその先 その10

 宿屋の斜め後ろの方向。

 つまり、村に入って右側の奥の方に進む。

 しかし俺もうかつだった。

 街灯というものがない。

 真っ暗で、宿屋から出ている灯りがなければ方向を見失うところだった。

 辛うじて山のシルエットは見えるから、完全に迷子になることはないっぽいが。


「……お前が案内してくれるその場所に、あとどれくらいで着く?」

「んー? あとぉ……三十分くらいかなあ?」


 三十分?!

 長ぇじゃねぇか!


「……急に睡魔がやってきたら困るから……明日の朝にでもしようかなぁ」

「心配ないぞお。出入り口を二カ所つくって、もう一か所を十分くらいのところに作ったからあ」


 ……こいつ……ある意味馬鹿だろ?

 馬鹿だよ、決めた。


「……十分か。なら行ってみるかな。到着する頃には眠くなったりしてたらすぐ戻るからな」

「んー、わかったあ。んじゃ……よいしょっと」

「お、おい」


 俺を持ち上げて肩車。

 た、高い……。

 って、お前、いきなり何すんだよ。


「んじゃ、行くぞお。それーっ」


 こ、このヤロウ!

 ここから十分って、走って十分なのかよ!

 こいつの頭、ほんとに大丈夫か?!


 ※


「……十分かかんなかったなあ」

「……こ……こいつはあ……」


 上下に激しく動くもんだから、とにかく額にしがみついた。

 つか、走って十分とか、十分より時間かからないとか言えよ!

 こいつも抜けてるキャラか?!


「ふ……ふらつく……。うぅ……。確かに……地下にいるな。けど……かなり深いな。ところでここはどこだ?」

「岩盤がなあ、広くてなぁ。だから、田んぼにも畑にもできないとこなんだあ。だから、岩盤壊してしまおうって思ってさあ」


 しかし下ろされた地面は土。

 いつも見慣れたススキが生い茂っている。

 ということは、農地から外れた区域ってことか。

 それにしてもここは何と言うか……。

 地面の岩盤が、地下の天井になってないか?


「出入口をなあ、こっちと反対側に作ってなあ」


 それで時間差があるのか。


「ってことは、魔物に追われても追い詰められることはない、ということか」

「そういうことだあ。だからぁ、あの四人も安心して中に入れるんだあ」


 なるほど。

 魔物のレベルも低いって言ってたよな。

 初心者向きなのはそういうことか。


「なんでそんな弱い魔物しか出てこないんだろうな?」

「そこまでは分かんねえなあ。土から葉っぱが出るのとおんなじじゃねえのかなあ」

「そんなもんか」

「そんなもんだあ」

「いきなり強い魔物が出てきたらどうすんだ?」

「俺も中に入るから問題ねえよお」


 なるほど。


「でもおめぇ、何もんだぁ?」

「何もんって、何だよ。俺は一般人で行商人なんだが?」

「行商人っつったら物売りだろお? 物売りなのに、何で魔物が出てくるところまで調べるんだあ?」


 厳密にいえば一般人じゃないんだろうが、洗いざらい喋ったところで、旗手とかの話はこんな田舎にまで届いていないだろうから理解してもらえないかもしれん。

 ゼロから説明するのも面倒だし、一般人で押し通す方がいいかもな。


「冒険者相手の客商売だ。客の安否を心配するのは当然だろ? それに魔物が発生する場所のことを詳しく知ることで、俺の身の安全もより確実にできるってこと」

「ふーん……。おめぇ、良い奴なんだな。泥棒呼ばわりして悪かったな」

「何だよいきなり」


 いきなり泥棒呼ばわりは心外だったが、急に謝られるとは思わなかった。

 しかも。


「一応褒めたんだけどなあ」

「何がだよ」

「良い奴って。褒められたら、まずありがとうって返事しないとダメなんだぞお」


 それって褒めたつもりだったのかよ!

 まぁいいけどさ。


「そ、そうか。あ、ありがとな」

「どういたしましてだぞお」


 褒め言葉、か。

 そう言えば……。

 褒められたこと、今まであったかな。

 まぁ、おにぎりは美味しいとはよく言われた。

 美味しいとは思わない という人はほとんどいなかった。

 けど、それは俺が作ったおにぎりに対する評価。

 俺自身が褒められたことって……。


「で、どうすんだあ?」

「あ、あ?」

「中に入るのかあ? 入らねえほうがいいと思うぞお?」

「あ、あぁ、そうだな。暗いしな」


 魔物の気配は感じるが、入ってすぐご対面というわけではなさそうだ。

 だから入ってみてもいいかとは思った。

 中の様子を見るだけなら問題はないはずだ。

 だが、モーナーの言葉で少々気持ちが乱れている。

 いくら対面することはない場所に留まっていたとしても、そんな状態で感じる気配の位置は正確な情報とは言い切れない。

 つまり、初級とは言っても冒険者なら問題はなかったとしても、気配を感じ取る以外は本当に一般人だ。

 立場などを弁えないと命を落としかねない場所。

 つまり危険区域ということだ。


「……帰る前に米採っていこうかな。ススキが伸び放題ってことは、誰かの所有地だったとしてもこいつ管理まではしてないだろうしな」

「え? ススキから米って採れるのかあ? 初めて聞いたぞお?」


 え?

 知らないのか?

 つか、言っちゃダメな話だったんだろうか。

 だが今までやってきたことだ。

 別に隠し事にしなきゃならんことでもない。


「晩飯の時にお前達が食った俺のおにぎりの食材はこれだぞ? ただ、この辺りの田んぼでも同じ物が作れそうなんだよなぁ」

「ふーん。よく分かんねえけど、面白そうな話だなあ。ススキなんて誰も気にしねえから、好きなだけ持ってっていいと思うぞお? 減ってくれりゃ喜ぶ人もいるしなあ」


 すまん。

 俺が欲しいのはススキじゃなくてススキから採れる米だけなんだ。

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