行商を専業にしたいんだが、どうしてこうなった その5

 俺は四人からかなり離れて、四人の新人冒険者が一体の大きな魔物と戦っている様子を見ている。

 それは筋肉隆々でガタイは大きい割には、意外と力はなさそうな、二足歩行の人間型の魔物。

 そいつの名前を俺は知らない。

 戦っているその魔物の名前とかは、この新人達が知ってさえいれば問題ないんだろうが。


 その魔物の攻撃は、もっぱら物理攻撃だけ。

 拳、肘、頭突き、膝、蹴り。

 繰り出す攻撃は素早いが、すべてが大振りで単純な軌道を描く。

 フェイントなどもなく、素早いのは攻撃だけで動作は鈍い。

 四人は、まずその魔物の攻撃を避けることを優先している。

 魔物の攻撃は空振りばかりで床や壁に当たるのみ。

 その度に振動は起き、四人はバランスを崩すこともあるが、全くダメージはない。

 一発でも当たれば致命傷に近い傷を負う。

 けれども四人は、新人とは思えないほど冷静沈着。

 隙の多い派手な技は出さず、ただひたすらにヒットアンドアウェイを地道に繰り返す。

 いくら筋肉があるとは言え、すべて当たっている四人の攻撃だって無力じゃない。

 もっとも長時間戦っていれば、四人の体力は地味に削られていく。

 何事もなければ時間の問題。

 魔物は間違いなく負ける。


「他の冒険者達もここを通ったんだろうが、何体かいるんだよな。遭遇を回避したのか?」


 そんな疑問も生まれるが、答えられる者は誰もいない。

 アドバンテージはこちらにあるも、まだ戦闘の真っ最中。

 幾度となく、魔物の攻撃は誤爆と空振りを繰り返し、冒険者達は確実な攻撃と回避を繰り返す。

 しかし冒険者達の疲労も蓄積される。

 それでもやがてその時は来る。

 先に根尽きたのは魔物の方。

 無防備のまま後ろに体は傾き、仰向けに倒れた。

 しかしまだ息はある。

 新人の冒険者達はそれでも驕ることなく、そのパターンを繰り返し、止めを刺した。


 辺りに響くのは、四人の息切れによる荒い呼吸音のみ。


「ふぅ……ふぅ……さ、流石に……疲れた……」

「ここで、引き返す方がいいかも……はぁ、はぁ……」

「ゼェ……ゼェ……その前に回復……」

「アイテム……探しも……はぁ、はぁ……」


 彼らに掛ける言葉が思いつかない。

 とりあえず、お疲れ様、だろうな。


「あ、アラタさん……。アラタさんの、言う、通りでしたね」


 息切れしながらしゃべる必要もないだろうに。

 回復してからにしろよ。


「何がだ?」

「応援が来ないって話ですよ。来てもいいように、いつでも、退却のこと、考えながら」

「分かった分かった。まず息を整えてからにしろ」


 シームが、まずは道具の使用から仲間の体力回復を図る。

 全員一致でここから引き返すことにした。

 帰り道、そしてこのフロアには魔物の気配はない。

 道具を使いきっても何ら問題はない。

 最初に体力と魔力の回復を完了してもらったエージが立ち上がる。


「さて、アイテム探しと行きますか。お前らは少しゆっくりしていいからな?」


 道具だけじゃ完全に回復しきれないようで、シームは術も使って、自分を含めた三人の回復を施している。


「このフロアにしてはなかなかレアな……ん? 何だ?」

「エージ! 逃げろ!」


 地響きのような音がした。

 その音が聞こえた瞬間、彼らの戦闘をのんびりと見ていた自分を呪った。

 気配のことにしか気を取られてなかった俺は、本当にどうかしていた。

 こいつらとライムが俺を守ってくれる、という油断をしていた。

 あんな大物が、壁や地面を殴り続けていたのだ。

 それらに何のダメージもないなんてあるはずがない。


「え? あ、うわ、わわわっ! うあーーーっ!」


 地面が抜け、周りの壁も崩れていく。


「あ、エージ!」

「エージいぃ!」

「ちょ……どう……しよう……」


 最悪だ。

 地下三階に単独で落下した。

 武器は持っていたはずだ。

 装備は……あまり傷はついてなかったはず。

 だが、あいつは道具を持っていない。

 できる限りの回復をし終わったのは幸いだが、新人冒険者一人で斃せる魔物は地下三階にはおそらくいない。


「お前ら、回復に専念してろ。回復が終わったら俺の荷車の所に戻って待機。助けには来るな」

「え?」

「どうして!」

「二次災害に遭う可能性がある。戦闘を考えなきゃ、防御力はむしろライムの方が上だ。他の冒険者に助けを求めても、彼らが魔物より強い保証もない」

「じゃ……じゃあ……」

「待ってろ。ただ、待ってろ。ひたすら待ってろ。それだけだ」

「待ってられません!」


 三人はパニックに陥っている。

 今までの冷静さがどこにもない。


「……じゃあひとつ命令しとく。テンちゃんに伝言だ。『お前は力づくでも横になってろ』ってな」

「ど……どういうことですか?」

「あいつにしか分からないことだから伝言なんだよ。とにかく戻れ。いいな?」


 三人は平常心を失いながらも伝言の言葉を確認して帰途についた。


「さて……あいつは……ちとケガしてるが歩けなくはないようだな。俺もここから降りるか。高さがあるからちょっと怖いけど……。ライム、衝撃、受け止めてくれよ? そりゃっ」


 下にはここから落ちた瓦礫が山になって、いくらか落差は埋まっている。

 エージが落下したその穴から、俺も飛び降りた。


 ※


「……エージ、いるか?」


 気配は瓦礫の山の中にある。

 意識はあるはずだ。

 無くても気を失ってる程度と思われる。

 命の危険が全くなければ、瓦礫の上から細かく砕いて行けば救出は確実にできるが……。


「魔物達の気配があちこちにあるな。崩れないように隙間を大きくしていけば……。ライム。変化できるか?」


 瓦礫の中に入りやすいように、ライムは俺の手先の部分を細く長くする。

 そして瓦礫の中に入った部分から、虹色の体を発光させた。

 それが目に入ったか、弱々しい声が聞こえてきた。


「あ……アラタ、さん?」

「音、声はあまり大きくするな。お前は今瓦礫の中に埋もれてる。だが問題ない。トンネル作るから外に出てこい」


 手の先から伸びた棒が周囲を溶かし、広くなっていく隙間のへりにへばりついて、山が崩壊するのを防ぐ。

 虹色のトンネルができあがった。


「体が挟まったりしてないか?」

「大丈夫です。行けます」


 思いの外声はしっかりしている。

 これなら俺の指示通り、ダンジョンから出るまで動いてくれるだろう。


「た、助かりました……」

「おう。あとはここから出ていくだけだな」

「あ……」

「どうした?」

「……レアっぽいアイテムも、瓦礫の中です……」


 落ち着きすぎにも程があるぞ、おい。

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