俺の仕事を、なんでお前らが決め付けるんだ その4

「どういうつもりなの? 私達の仲間の依頼を断ってのうのうと商売してるなんてっ」


 一般人四人組の客が来た。

 おにぎりを買う客が途切れたから別にいいんだが。

 いや、よくない。

 面倒くさい。


「仲間? 断る? 一行話が見えませんが、とりあえずおにぎりを買うつもりがなきゃ」

「おにぎりなんてどうでもいいでしょう!」


 傍でくつろいでいる冒険者達から注目を浴びる。

 なんだよ。

 なんなんだよ、これ。


「どうでもいいわけがないでしょう。これが仕事なんだから」

「誤魔化すのもいい加減にしてくださいっ! 可哀想な魔物を守ろうともしない人でなしが!」


 何それ。

 話が全く見えない。


「アラタ、昨日のあの魔物の押し付けた人達の仲間なんじゃないの?」


 ヨウミがこっそりと俺に告げてきた。

 ……なるほどな。

 でも普通は自己紹介が先じゃないか?

 買い物客の自己紹介は聞いたことがないし聞く必要はない。

 が、俺の仕事とは無関係な人達なら、それは絶対必要だろう。

 俺はこいつらから、こいつらに関することは何一つ聞いちゃいない。

 職場でそんな奴、何人かいたな。

 依頼人の中にもそんなクレーマーもいたし……。


 だが、今の俺は違う。

 こいつらがいないとおまんまの食い上げになっちまうわけじゃなし。

 風評被害受けたって、収入が減るだけで食うに困るわけじゃない。

 テンちゃんは、俺の作るおにぎりで十分だと言ってくれたし、ライムは人やテンちゃんの体をきれいにすることで腹が満たされるみたいだし。

 ……ライムについては深く考えたくはない、うん。

 ヨウミはヨウミで何とかするだろう。

 そういうことで、人の都合に振り回されない毎日を送ることができる。


「話聞いてるの?! 引き取りなさいよ!」


 なんかまだ文句言ってる。

 で……こいつらも魔物連れてきてるし。


「あー、お嬢さん方、ここはおにぎりの販売所ってこと、知ってるか?」


 あぁあ。

 客が絡んで来たら話さらにややこしくなるだろうが。

 援護射撃してくれる気持ちは有り難いんだが、俺の希望としちゃ、嵐がとっととどっかにいってしまってほしいだけなんだがな。


「あなたには関係ないでしょう?! 私達の善意を踏みにじって、まともに商売しようとする方の神経疑いなさいよ!」

「いや、関係あるぜ? こいつが売ってるおにぎりで命を救われた冒険者が何人いるか数え切れん。その命の恩人が困ってる顔をしたら、そりゃ何かの手伝いをしたくもなるってのが人情だろうが」

「だったらあなたからも説得しなさいよ! 魔物を引き取る仕事を怠けて何やってるんだって!」


 会話、成立してないよな?

 自分は正しいからこの主張を押し通す。

 だから全員それに従え。

 ってやつだな。


「……引き取りゃいいのか?」

「当然でしょ! この二体だけ引き取って育てて他の魔物は引き取らないだなんて、差別するなんて可哀想じゃない!」

「お、おい、アラタ……。引き取るつもりか?」


 その四人が両手に乗せて俺に突き出してくる魔物はどれも、可愛い小動物のイメージがすぐ浮かぶ。

 種族はよく分からない。

 が、リスとかちょっと大きめなハムスターとか、そんな感じだ。

 随分と人に慣れてはいるが、そいつら自身の気配からの感情の中には、生に対する思い入れは感じられない。

 この女性達に助けてもらったかどうかは分からないが、恩義も何も感じ取れない。


 んー……。


「引き取ったらそれで済むんだよな?」

「当然でしょ! 何言ってんの!」

「いいから黙って引き取って育てなさい!」


 育てて……大きくして……。


「引き取ったらあんたらはその魔物には何かするのか?」

「私達が助けてあげた魔物よ? 管理するのが当たり前じゃない!」


 面倒な飼育とかは誰かに任せて可愛がるだけはする……って、小学校の飼育委員よりも始末に負えん。

 ……今でも小学校で動物を飼育してるとこ、あるのかな。


「で、この魔物には何か期待してるのか? こうなってほしいとかって希望があったりするのか?」

「当たり前でしょう! 私達に愛されながら、みんなからも愛されて、幸せな毎日を送って、幸せな中で一生を終えてほしいの」


 幸せなまま、一生を終えるのか。

 そうか。

 よし。


「ライムー、テンちゃーん。ちょっと来い」


 二体がすぐに反応する。

 会話ができない二体なだけに、その分すぐに反応してくれる。

 ここんとこだけ見れば可愛い奴らなんだが。


「よーし、この人達が持ち寄ってきた魔物な、お前らのエサだぞー」


 その四人、冒険者達、ヨウミ、そしてライムとテンちゃん全員が声も出さずに驚いている。

 俺、そんなに驚かすようなこと言ったか?


「ちょ……」

「アラタ……」

「な、何言ってんのっ」


 しばらくしてようやく次々と驚きの声が上がる。

 そりゃまぁそうか。

 けどな。


「幸せの中で一生を終えさせたいっつったじゃねぇか」


 ギャーギャー喚く四人組。

 うるせぇうるせぇ。


「この天馬な、年齢百才越えてんだぞ? それでもまだ子供なんだとよ。お前らの持ってきた魔物は、この先何年生きるんだよ? その一生を見届けるってんなら、持ってきたあんたらも魔物並みの寿命じゃねーか」


 ギャーギャーうるせぇな。


「普通の馬よりでけぇこの天馬だってな、大怪我して、それでも獰猛な魔物三体に襲われてたんだぞ? お前らが言うところの、衰弱した状態だ。魔物……魔獣って色々いるそうだが、なんで手のひらサイズの魔物しかいねぇんだ? でけぇ魔物は可哀想じゃないのか? なぜ助けてやらねぇんだ? そもそもそいつらは助けてほしいって願ったか? 生きることに、命の限界まで力を振り絞った懸命な姿を見せたか? こいつは見せたぞ? 助けようとする俺にまでその気概を見せつけてきたんだぞ?」


 生きたい、助かりたい。

 自らがそう望み、俺に助けを求めるなら助けてやってもいい。

 だが、助かりたいと思ってたんだか思ってないんだか、生きたいと思ってるんだか思ってないんだか分からないモノの世話を、それを知らない人から頼まれたってできるわけがない。


 女性四人は、魔物に負けないくらいの叫び声をしばらくの間上げていた。

 そのうち疲れたのか……。


「こんな差別主義だとは知らなかったわ!」

「冗談じゃない! こんなかわいい子を預けられません!」


 結局勝手に喚いて勝手に決め付けて、勝手に立ち去ろうとする。


「それは残念だ。こいつら、しばらくまともな食事してなかったから、久々な生餌で楽しみにしてたっぽいけどなー」


 女性四人は振り返ってテンちゃんを見た。

 テンちゃんの気持ちは、気配を感じ取らなくても何となく分かる。

 大方「なんてこと言うんだこの店主は!」とか言いたいんだろう。

 見なくても、こっちに怒った顔を向けているのは分かった。

 が、タイミングよくその顔を正面に向けたようで、その四人はモロに直視したってわけだ。


「ヒイイッ」


 とか悲鳴を上げながら走って逃げていった。

 ……けどな。


 簡単に逃がすと思うなよ?


「テンちゃん、一芝居頼むわ。……してほしいこと、分かるかな?」


 荒い鼻息一つ吐き出したその感情は、ちょっと読みづらかった。

 が、舞い上がり、空からその四人を追いかけていった。

 走っても十分間に合う距離なんだがな。


 そしてテンちゃんは女性達の前に舞い降りて、その四人を威嚇した。


「ヒイィィッ」


 四人のうち二人は魔物を体の下に隠しうずくまる。

 もう二人は魔物をテンちゃんの前に放り投げ、その二人の後ろに隠れるようにうずくまった。

 魔物の特徴を使って迫るテンちゃんは、やはり知恵が回る。

 俺が少し歩いただけで追いつく距離だからな。

 そのうずくまる四人のそばに近寄った。

 俺の話もそんだけ怖がってりゃ聞いてくれるだろうよ。


「そっちの二人。体の下にその魔物隠してるんだろ? それだけ、守りたいって気持ちが強いんだ。その気持ちに強さが加われば、自分の手で育てることもできるだろうぜ。今の生活がどんなに苦しくても、もうひと踏ん張りできるだろうよ」


 その二人の体の震えは止まった。

 髪の毛から服装からすべて乱しながらも俺の方を見た。

 俺の言葉を理解できたなら幸いだ。


「で、ここの二人。結局我が身可愛さが優先か。か弱い魔物を守る自分が可愛く、そして自分に正義はある、とか言いたいんだろうよ。けどあの魔物はお前らの正義の証明をするための道具じゃねぇ。ただ、命ある限りあるがままに生きようとしてただけだ。どんなに瀕死になっていたとしてもな」


 誰もがみんな、自分は正義であるとは限らない事は知っている。

 けれど、自分の中にも正しさはあると信じたい心はあり、それを周囲にも知ってほしい気持ちはあるはずだ。

 彼女達にも、昨日の三人にも、そして俺にもそれはある。

 だから正反対の意見を持つ者達がいて、それらがぶつかり合って起きる争いごともある。

 けどそれを証明するために、何かの生き物の命を踏み台にするのは、正しくはないと言い切れる。

 俺はこの世界に来てすぐの時から、時の権力者から悪人の印象を国民に押し付けられてきた。

 その結果、どんな噂話が流れてる?

 この四人は、その相似形だ。


「……テンちゃん」


 俺がテンちゃんに近づくと、魔物をかくまってた二人の女性は、放置されていた魔物も自分の体の下に慌てて引き寄せた。

 ふん、まぁ、いいか。


「……テンちゃん、悪役引き受けてくれて、ありがとな」

「あ、悪役?」


 うずくまってた女性の一人が顔を上げて俺を見た。

 その顔は、何か憑き物が落ちたような顔だった。

 が、それで何がどうしたと、俺が言う話じゃないんだが。


「悪かっ痛っ! ……ツぅ……」


 間違いなく怒ってる。

 テンちゃんから翼のびんたを食らった。

 まともに喰らったらまだよかったが、その羽根の縁が刃物のようになって俺の頬に触れたもんだから、軽く出血してた。


「……もう一度言う。死ぬ気になって、守ろうとする気持ちをさらに強くできたら、その魔物を守ることはできるだろうよ。あんたらの活動の、本当の目的次第だがな。それは俺も知らんけど」


 それくらいのことは他人に言えるよな?

 テンちゃんに蹴り殺されるかもしれないと恐れながら、増水した川に飲まれるかもしれない恐れを持ちながらテンちゃんを引っ張り上げた俺ならば。

 それくらいは自惚れさせてくれ。


 それにしても何と言うか……。

 人でなし、とか言われるんだろうな。

 まぁいいけどよ。

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