リクエストに応えてみよう と思ったんですが その5

「ただいまー……。荷車で行けばよかった……重い……」


 荷車をぬかるみに突っ込ませたらまずいだろうし、坂道を登れるか?

 無事に戻って来れたんだからいいだろうが。


「おぅ、ご苦労さん。……うん、それだけあればしばらくは十分間に合うな」

「そっちはどうなったの? テンちゃん……寝ちゃった?」

「その名称止めろ。何日かしたらどっかに立ち去るんだ」


 そう。

 一人で餌を探せるようになったら、俺達の世話は必要なくなるだろ。

 そうなったら、お別れだ。

 別れを前提に世話をしている。

 川から助けてそれでさよならよりは、責任ある行動だろう?

 怪我が治るのを見届けてから別れるんだから。

 それに、治る予兆はあると見た。

 ヨウミの言う通り、こいつは眠ってる。

 痛みがあったら眠れないはずだしな。

 まぁ、それまで何個おにぎりを食わせたか。

 俺が作るおにぎりを食った冒険者達から、体力魔力が回復した感じがするって言ってたしな。

 ヨウミも覚えていたようだが。


「それにしても……この子のこと、誰かに見られなかった?」

「誰か? ……通りかかりの冒険者達とか商人達の何人かからは見られたな。看病の一言で追い払ったが」

「……見られちゃったか」


 何でため息をつく?


「この子の体、やっぱり灰色でしょ?」

「あぁ。灰色だな。それで?」

「天馬の体は、普通は白。灰色って珍しいの」


 あぁ、もう分かった。

 珍しいから縁起がいいとか悪いとか言うんだろ?

 と言うことは……。


「嫌われてるのか。何の根拠もないジンクスか何かで、だな?」

「同種族から嫌われるのね。それを見て……ってことだと思う」


 やれやれ。

 俺も自分で面倒な性格と思えるようになったが、それ以上に面倒な問題……。

 いや、俺のいた世界でも、そんな面倒事はあちこちにあった。

 この世界特有ってわけじゃない。


「独り立ちできたらさよならだ。それまでは面倒見るさ。そっから先、こいつが生き残れるかどうかはこいつの責任」


 俺の人生は家族のものじゃない。

 ましてや会社の上司や同僚のものでもない。

 この世界ではなおさらだ。

 俺の人生、生き方は俺が決める。

 同じように、こいつの生もこいつ自身のもの。

 自分のものにして、それを長く保ちたいがために助けを呼んだんだ。

 自分の手に負えないトラブルには、俺たちに出来る範囲でなら対処してやる。

 だからこの後の生もこれまでと同じように、俺達や他の誰にも依らず自分のものにしていきたいんだろう?

 恩着せがましいことは言わん。

 その代わり、手助けもいらずに動き、飛べるようになったら勝手に好きなとこに行っちまえ。

 ……天馬って言うくらいなんだから飛べるんだろ?

 飛べることを前提にしてるけど、問題ないよな?


「うわぁ……フワフワして暖かい……」


 ヨウミ……お前なぁ……。


「寝返りうたれたり寝相悪かったりしたら、押し潰されるか蹴り殺されるぞ、お前」

「ひっ」


 まったく……。

 短絡的だよな、こいつ……。


 ※


 この世界にも一応春夏秋冬はある。

 雪が降る時期もあるが、場所によっては積もったり積もらなかったり。

 でも梅雨はよく分からんな。

 今は湿気は感じられない。

 が、長雨だ。

 こないだも降り続けてたような気がする。

 そして今日も、降り始めて四日目。

 川の増水は収まった。

 が、川底が見えないほど濁っているし、やや気温も低い。

 焚き木も一昨日から、ヨウミに使いに行かせて買わせるようになった。


 いつもなら、雨降りでも行商はする。

 だがそれができない。

 天馬とやらの足がまだ完治していない。

 獣医とかが見てくれりゃいいんだが、骨折の治し方なんてほとんど知らない素人の俺達が看病している。

 治りが遅いのは当然だ。

 と思ってたのだが。

 立ったり座ったり寝そべったり、くらいはできるようになった。

 せめて歩けるようになるまでは見届けてやらんと、助けた者としての責任を果たしたとは言えないだろう。

 だが、素人の看病でも、回復してきているとは。


 道を往来する者の中には、俺達の方に関心を示す者もいる。

 俺のことを知ってる奴らも通りかかる。

 できれば関知してほしくないんだがな。

 そんな奴らが近寄る気配が今日もする。

 今日は何人、俺に声をかけてくるんだろうな。


「お? よう、久しぶりじゃねぇか、アラタ。元気だったか?」

「ヨウミちゃんも。あぁ、その子が噂の……」


 天馬のことまで噂に流れてんのか?

 悪事でもないのに千里を走るって?


「えーと、ライムって言うんだっけ? ほんとだ、可愛げあるわねー」


 そっちかよ。


「えーと、まぁ、そうですね」

「何だよ。他人行儀だな。仕事依頼してきたくせによ」


 はい?

 冒険者に仕事を依頼した?

 そんなことが……。


「その様子じゃ忘れちまってるな? ゲンオウだよ」


 覚えてない。


「あ、ゲンオウさんにメーナムさん! ユミールさんも。あれ? あとは……」

「あぁ……メンバー変わっちまってな。ヘマやってよ」

「あ……」


 戦死でもしたか。


「厄介な魔物相手に膝やらかしてな。冒険者業引退。で、仲間を補充してな」

「そうだったんですか……。大変でしたね」

「それよりここで何やってんだよ。雨降りの中焚火して、洞窟に入ら……あ?」


 灰色の天馬は俺達の会話には興味を示さず、焚火で背中を温めている。


「天馬かよ……しかも灰色」

「珍しいわね。灰色の天馬を見かけると良いことはあまり起きない、なんて言われてるけど……触っちゃダメ?」


 なんだそりゃ。

 嫌ってるのか好いているのか。


「蹴り殺されても知らねぇぞ? 足二本ケガしてる」

「それは残念だ。あ、焚火に当たらせてもらっていいか?」

「悪いことが起きるかもよ?」

「がははは。根も葉もないジンクス気にするような俺達に見えるか?」

「……殺されても、死んだことに気付かなさそうな感じではあるな」

「言うじゃねぇか、アラタ! がはははは」


 どっこいしょ、とか言いながら俺の横に座ったそいつ。

 他の五人も焚火を囲うように座る。


「濡れるぞ?」

「焚火で乾かしゃいいだろうよ。雨脚も穏やかになってきたしな」


 それもそうか。


「大体ジンクスに振り回されるような冒険者なんぞ、レベルも高が知れてる。事が済んでから、そう言えばお前、以前こんなことがあったろ? なんて変なジンクス言われてもな。それがどうしたとしか言いようがない」


 それもそうだ。


「しかしあんな珍しいもん、どうやって拾ったんだ」

「拾ったんじゃない。助けてほしいって言ってたような気がしたから助けてやった。元気になったらさようならだ。こっちも仕事があるからな」

「アラタらしいな。がははは」


 俺らしい、ってどういうことよ。

 細かいことを気にするようだが、俺のことはこうだ、などと決め付けんな。


「それにしてもそのスライムもレアよね、噂通り。おいでー。ほら、おいで?」


 魔法使いのメーナムとやらにぴょこぴょこと近寄るライム。

 自分が周りにどう思われてるか、すっかり計算できるようだ。


「かわいーっ。私もこんな魔物ほしいなー」

「懐くもんならどんなんでもいいんだろ、お前」

「そんなことな、あ……」


 ライムは隙間を通り抜け、俺とゲンオウの間に移動してきた。


「へぇ。べったりしねぇんだな」

「されてたまるか。こっちからお断りだ」

「それでも傍にいたがる。なんかいい関係そうだな」

「ねぇ、アラタ。あなた、モンスターテイマーとかじゃないの?」


 えーと、それ、なんだっけ?


「あー……俺はただの行商人で一般人だよ。こいつはなぜか懐いてきただけだし、そっちはただの看病。魔物の動物園ができるくらいになったら名乗ってもいいかもな」


 どんな職種か分からんが。

 カタカナっぽいんじゃなく、日本語で言ってもらいたいもんだ。


「まぁテイマーだと、短期間でたくさんの魔物を従えるって言うしな。ただそんな魔物と遭遇する運が高いだけ……お?」

「ん?」


 ゲンオウの目は洞窟の方に釘付けになっている。

 何かあったかと、俺もそっちの方を見た。


 天馬は立ち上がり、六本足のうち、中と後ろの四本足で立とうとしていた。

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