相合傘至上主義

紀之介

声を裏返さない様に…

「ふ、降ってきたねぇ…雨」


 前席の制服の背中に、私は話し掛けます。


「ねえ。持ってきた? 雨具とか…」


 窓から教室の外を見ながら、山下君は頷きました。


 何とか声を裏返さない様に、言葉を続けます。


「わ、私…忘れちゃって。。。」


 山下君は、鞄から探し出した何かを差し出しました。


「はい」


「…何これ」


「2人分あるから。」


 手渡されたのは、分厚いA5版サイズのポーチ。


「あ、雨合羽?」


 頷いた山下君に、私は頭の中で抗議の声を上げます。


(そこは『傘持って来てるから、入ってく?』でしょ?!)


----------


「今日は…持ってきてないんだ? 雨具…」


 教室の窓から外を眺める山下君の後ろに、私は立ちました。


「だったら…」


 声を上ずらせない様に気を付けながら、ゆっくりと近づきます。


「今日 私、か、傘持ってるから、一緒に。。。」


 振り返った山下君と私の間に、畳まれた傘が割り込みました。


「…竹内?」


「これ、お前の かーちゃんに頼まれた。」


 手を伸ばした山下君が、傘を受け取ります。


 満足気に、その場から離れようとする竹内。


 反射的に立ちはだかった私は、耳の近くで囁きましたました。


「…呪うからね。」


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「須藤弥生!」


 雨音が漏れ聞こえる廊下で、私は振り返ります。


「…フルネームを、大声で呼ぶな!」


 竹内は、ゆっくりと近づいて来ました。


「おまえ…今日持ってるよな?」


「な、何を?」


「傘だよ。か・さ!」


 ムッとする私。


「朝から雨が降ってる日に、持ってない訳ないでしょう!」


 前に立った竹内は、右手を上げて、耳打する動作をしました。


「…協力してやる」


「?」


「相合傘…したいんだろ? 山下と。」


「ど…どうして、それを。。。」


 狼狽える私に、竹内が顔を近づけます。


「─ だから…俺を呪うなよ?」


----------


「頼みがある」


 下校時刻に教室に入って来た竹内は、私の前の山下君の席の横に立ちました。


「雨降ってるから…傘、貸して。」


 座ったままの山下君が、隣に立った竹内を見上げます。


「どうやって、登校したんだ?」


「朝は、傘が健在だったんだ!」


「?」


「休み時間に…振り回して遊んでたら 壊れた」


 こちらから見える山下君の右目は、半分閉じました。


「で…僕には、どうやって帰れと?」


 竹内が、私の顔を見ます。


「須藤の傘に…入れてもらえば?」


 上半身を捻って、後ろを見る山下君。


 目が合った私は、ちぎれんばかりに、何回も頭を前後に振ります。。。


----------


「須藤、須藤。」


 翌朝、廊下を歩いていた私の背中を竹内の指が突きました。


「どうだった? 念願の相合傘は?」


 ニヤニヤ笑いから、私は目を反らします。


「お礼は言っとく。…ありがと」


「おう。」


 竹内は、表情を引き締めました。


「これでもう…俺を呪う理由は、無いよな?」


 右手の人差指で顎を押し、私は視線を天井に移動します。


「今後…色々と、手伝って くれる?」


「…はあ?」


「じゃないと…呪う♪」

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