第7話

「幸光。すまぬがまだお主の寝床ができていないのだ。だから……その、だな。妾と同じ部屋でも……良いか?」


「なりませぬ」


 幸光は即答した。一瞬、安寧の光にもどよめきが起きた。

 雪花の外見はお世辞抜きで美しいと言える。透き通るような白い肌に限りなく白に近い銀髪。整った顔。街中を歩けば誰もが振り返る美しい少女だ。

 その少女が寝床を共にしようと誘っているのにも関わらず幸光はそれを断った。


 クスクスと笑っている雛を除く番付きもまた固まっている。


「そ、それは……妾が、妾の力ゆえ恐るからか……?」


 幸光ならば、と期待していた。雪花は恐る恐る問いかけた。


「なぜです? ここに来る前にも申しまたが、雪花殿はとても美しい。しかし、それとは別に婚儀も果たしていない男女が共に寝るというのはよくないと思うのです。少なくとも自分は雪花殿に見合う男にまだなれていない。それまでは待っていたーー」


「も、もうよい。あ、あぁ、なんだか暑くなってきたな。わ、妾はもう休む。誰か幸光の寝床を作ってあげてくれ」


 無敗の雪花が敗れた瞬間だった。


◇◇◇◇


 朝になると闇祓いたちは鍛錬を始める。と言っても稽古をつけてもらうのではなく自己鍛錬だ。しかし、今朝はいつもと違った。


「な、何者だあいつ……?」


「あれ、普通じゃねぇよ……」


 闇祓いたちが見ているのは安寧の光に入る門の外で1人瞑想する幸光の姿だった。普通ではない、というのは極限まで練り上げられた精神力と、集中力の高さだった。あまりの完成された瞑想に何人も近づくことができずにいた。


「罪人の息子にしては良い瞑想だ」


 馬翔が感心したように頷いた。


「罪人にしては、だがな」


 そういうと、馬翔は幸光の肩に手を置いた。瞑想中の人間に触れる、それはいかなる場合においても危険が生じるということを馬翔は忘れていた。


「シッ!」


 霧鳴までとは言わない。しかし、その剣筋はたしかに最速か最強の居合を放つ男の元で励んできただけのことはあった。

 馬翔が幸光に触れたその瞬間、幸光は隣においてあった木刀を触れた相手がいるであろう位置まで斬り上げた。


「クッ!」


 直撃はギリギリ避けたが、馬翔の頬をツーと赤い液体が流れた。


「はっ……! も、申し訳ありません! まさか、瞑想中に声をかけられるとは考えてもおらず……」


 瞑想を中断させられた幸光は、まず触れられたのが敵ではなかったことにホッとした。あれがもしも敵であれば、幸光の命はなかったかもしれないのだ。


「ふむ………。こちらこそ申し訳なかった。まずは幸光殿の父上を愚弄したことを謝罪いたす。誠に申し訳なかった」


「謝っていただけるだけだ嬉しいです。自分にとって父上は憧れであり、超えるべき目標ですから」


「なんとも高い壁を志すその意志見事。もしよければ私と手合わせ願えないだろうか。あのように申したが、私も剣術を嗜む者の1人。かの剣豪の息子とあらばぜひ手合わせ願いたい」


 力剛の家系は剣術に美を求めることはしない。見栄えを気にしない。故にその一刀は力強く、重く、破壊的。

 鍛えられたその体躯から繰り出される一刀は、刀の中でも最高の硬度を誇る闇討ち刀であっても両断できるだろう。


「な、なんと嬉しいことでしょう! ぜひ手合わせお願いしたいです! ですが、私は祓い子。つまりは弟子である身です。師からの承諾なく手合わせをするのは好ましくないと思うのです」


「ふむ。確かにそうであるな。前日の夜といい、幸光殿は本当に良い教育を受けているのだな」


 たしかに幸光は道徳的に優れている。あくまでも幸光は、だ。霧鳴は妻ができる前は相当女ったらしだった。霧鳴も幸光に道徳的なことは教えていない。つまり幸光の考えは生来のものだった。


「……この時間ならばそうだな。幸光殿、まずは雪花様に確認を取りに行くといい。今の時間なら起きていよう」


「そうですね! 今すぐ向かうことにします!」


 幸光は立ち上がり、雪花のいる部屋へと向かった。後ろで馬翔が「これもまたよし」などと言っているのは到底幸光の耳には届いていない。


「雪花殿、お話があります!」


 幸光は雪花のいる部屋の襖を開けた。


「……ゆ、幸光……?」


 そこには一糸纏わぬ美少女がいた。

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