皮肉なもんだ

菅田右心

皮肉なもんだ

 今、目の前には小学生の時に好きだった女の子がいる。好きだった、というのは、僕はこの女の子のことが嫌いになってしまっているからである。

 この女の子が嫌いな理由はこうだ。



 その女の子の名前はA子ちゃんとしよう。A子ちゃんは明るく活発で、誰にでも優しい可愛い女の子だった。A子ちゃんを好きな男子は大勢いて、僕もその中の一人だった。僕たちが四年生の時、たまたまA子ちゃんと同じクラスで隣の席になれた。それからの毎日は楽しくて仕方なかった。A子ちゃんとはいろんな話をして、実は好きなものや趣味が近いことが分かった。そうしてさらに距離は近づいたのである。そんなこんなで一緒に帰るようになった、ある日の下校時間。僕とA子ちゃんは一緒に遊ぶために急いでいた。走って家に向かっている途中で、重いものを持って大変そうに歩くおばあさんを見かけた。僕は昔からこういうのが見逃せないたちで、声をかけた。

「おばあさん、その荷物持つの手伝ってあげようか」

「ありがとう、じゃあそこのアパートまでいいかしら」

 おばあさんは、僕たちの家とは反対側の数百メートルくらいにあるアパートを指さした。僕はA子ちゃんに聞かずに返事をして、おばあさんの荷物を持った。

 アパートへは十分ほどで到着して、おばあさんと別れた。A子ちゃんも手伝ってくれたおかげで早く持ってくることができた。そういうところも素敵だな、と思ったときあることを思い出した。

「そうだ、僕たち急いでるんだった!」

 僕はやってしまったと思い、A子ちゃんに謝ることにした。

「ごめんねA子ちゃん、僕が勝手に寄り道したから・・・」

 A子ちゃんの方をチラリと見る。A子ちゃんはくるりとそっぽを向いてこう言った。

「・・・君のそういうところ、好きだよ」

 照れているのか小さな声で、そっぽを向きながら言ったのである。髪から少し覗く耳が心なしか赤かったような気もする。これで、普通の人なら両思いだったと気づくのだが僕は違った。

 僕はA子ちゃんの言葉を聞いて、前日に見たスパイ映画を思い出した。主人公がライバルのスパイの汚いやり方を見て、

「お前のそういうところ、好きだよ」

と皮肉を言うのだ。僕は最悪な時にそれを思い出してしまったのである。A子ちゃんは、僕が寄り道したことによって帰る時間が遅くなったことを皮肉で伝えてきたのだと思ったのだ。

 僕は結局、聞こえなかったふりをして家に急いで帰った。その日は普通にA子ちゃんと遊んだが、A子ちゃんは実はそんな子だったんだと思い込み、それ以来は疎遠になってしまっていた。



 そんなA子ちゃんが今、目の前にいる。もちろん今になればあの時のは本当の好意だと分かるが、どうもその時のイメージが強すぎて好きになれないのだ。

「久しぶりだね。実は今日呼び出したのは・・・」

 そうだった。十年ぶりくらいに連絡が来て、僕は呼び出されたんだった。

「あのね、私、君のことが・・・好きだったの!昔から!」


 僕はまさか告白だなんて思っていなかった。・・・いやもしかしたらとは少し思っていたが。だがまてよ、今度こそスパイ映画かもしれない。

「えーと、それは、皮肉とかじゃないんだよね?」

「どういう意味?私は純粋に君の子とが、す、好き、なだけだよ・・・?」

 当然の反応だ。僕だってそんな反応するだろうなと思った。しかし、どうやら本当らしい。

「い、いやー、僕も好きだったから驚いちゃって。もしかしたら皮肉で言われたのかな、なんて」

 今、好きって言ってしまった気がする。しまった言い直すか、だって今は嫌いな訳だし。

「も、もう!君のそういうところ嫌い!」

 言葉とは裏腹に、頬は赤く染まり口元は緩んでいる。その姿は、やけに愛おしく感じられた。これが本当の皮肉か。


 どうやら、僕が彼女を嫌いな理由が好きな理由に変わってしまったらしい。


 まったく皮肉なもんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

皮肉なもんだ 菅田右心 @sudausin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ