Glorious Health side-Miori- 5
「ミオリさんさ、本持ってなかった? バッグの中、なにか探してたときにちらっと見えたんだよね」
「本? あー……今日お客様に頂いたんですよ」
「小説? それともエッセイとか自己啓発書?」
「どれもハズレです。あの本は植物図鑑です」
「植物図鑑?」
彼は興味が湧いたのか、壁に背をつけて座り直すと私を見上げた。
お店から漏れる光が彼の瞳に当たって、きらりと音を立てる。
「文庫本サイズですが、道端に生えているよく見かけるような草花から、薔薇などのメジャーなものまで載ってましたよ。初心者から、お散歩しながら探すには丁度いい本かもしれないです」
「へー……ねえ、それ貸して貰えない?」
植物図鑑に興味を持って貰えたことが嬉しくて、私は「ぜひ」と頷いた。
それから二言三言話して、私達は店内へと戻った。
席に戻る時、二人で戻ってきたことを咎められるような視線を感じて、端で縮こまった。
「仲良いんですね。前からお知り合いとかですか?」
「初対面ですよ。ミオリさんが読みたかった本を貸してくれることになったんです」
彼の発言に、背を冷や汗が伝う。
抜け駆けした、と思われていたらどうしよう。
まして高野さんは私が誘われたときに乗り気でなかったことを知っている。
「えー? 何の本ですか?」
高野さんがフォルトゥナでは聞いたことのない甘ったるい声で話しかける。
私は端でおろおろと見守るだけだ。
「植物図鑑ですよ」
にっこり笑う彼と対照的に、高野さんの表情は引きつった。
「へ、へー……植物図鑑……」
「……ねえ、席替えしない?」
「いいね、しようか」
同意の声が多かったため、男性陣が場所を入れ替わることになった。
目の前に座った人と改めて軽く自己紹介をする。
「植物図鑑持ってるってことはさ、ミオリさんってお花とか好きなの?」
「好き、ですが……人並み、だと思いますよ」
「へー。 趣味とかは?」
「読書です」
「読書かぁ。何読むの?」
目の前の男性の質問攻めにたじたじになりながら、外れないであろう答えを返す。
視線を横へ動かすと、先ほどの彼と高野さんが楽しそうに話をしていた。
その光景にホッとする。
「じゃあ、好きなタイプは?」
合コンで一番困るのが、この質問だ。
「えーっと……好きになった人、ですかね」
「それ、みんな言うよね」
よく言われるということは、きっとこの質問に困っているのは私だけじゃないのだろう。
彼氏と出会ったときは、なんて答えていただろうか。
そもそも、私の好きなタイプとはなんだろう。
今まで付き合ったのは二人で、好きになった人は三人だった。
三十代の友人の中では少ないほうなのかもしれない。
初恋は、高校生の頃。他の女子の言う『好き』がよくわからなくて、小学校、中学校はなんとなくかっこいい人を好きだと言っていたと思う。
高校生のとき、ある男の子と親密になった。
もしかしたら両想いなのではないか、とさえ思ったほどに、私と彼の距離は近かった。
そのまま卒業してしまったけれど、彼のことは今でもいい思い出だ。
大学生の頃に出会った元彼氏は、友達の紹介だった。
クリスマスの前に猛アピールされて、少しずつ彼のことを好きになっていったときに音信不通という別れ方だった。
そして、昨日まで付き合っていた彼氏。
合コンで知り合って、四回目のデートで告白された。
彼の誠実さに心動かされて、受け入れることにした。
付き合った当初、私は色々傷付いていて、彼の優しさに甘えさせてもらっていた部分もある。
三人の共通点は、あまりない。
容姿に関しては全然違うし、性格なんてもっと違う気がする。
――一体、誰のどこを好きだったんだろうか。
私は一人、首を傾げた。
十数名いる大所帯のグループが出ていくと、店内は落ち着いてきた。
スマホの時計ををちらっと見て、すでに二十二時になっていることを知った。
時間の決まっている飲み放題ではないため、みんなダラダラと話が続いている。
席替えも三回行われて、もう私としてはお腹いっぱいだった。
「そろそろ、解散しない? 俺、明日早いんだよね」
そう切り込んだのは、植物図鑑を借りたいと言った人だった。
「もう、こんな時間なんだねー」
「あたしも仕事だわぁ」
彼の一言で、解散する流れになっていく。
よかった。日を跨ぐ体力の自信がなかったからほっとする。
高野さんが伝票とスマホを交互に睨めっこしながら割り勘してくれるのを、荷物を纏めて待つ。
――あ。植物図鑑。
渡そうと振り返ると、目が合った。
彼が席を立って、こちらへと歩み寄る。
その手にはスマホが握られていた。
「LINE交換しようよ。返すときに連絡したいし」
「あ、はい」
お互いのスマホを振ると、彼の連絡先が追加された。
――ユタカ。
驚いて、思わず彼の顔を見る。
そして似ても似つかない顔に安堵する。
「どうかした?」
「あ、いいえ」
植物図鑑を渡していると、丁度高野さんの計算が終わったらしい。
「男性陣が六千円で、女性陣が五千円でーす」
みんながお財布を開けて、剥き出しのお金を彼女の元に置いていく。
伝票の上に、お札の山が出来て、高野さんがレジまで持っていった。
「ご馳走様です」
「いーえ。レディーファーストらしいですから」
ぞろぞろと揃って店を出る。
連絡先を交換したり、まだ会話の続きで盛り上がっていたり、興奮冷め止まぬみんなの後姿を見つめる。
私は無事に一日が終わったと、やっと肩の力が抜けた気がした。
階段を下りきったところで、高野さんが腕に抱きついてきた。
高野さんの付けている香水の甘い香りが鼻腔を擽る。
「途中まで一緒に帰りましょうよ」
ね、と笑った唇がツヤツヤしていて、帰る前に塗りなおしたことがわかる。
そういえば私飲食した後にケアしてないなぁ、彼女といると自分のズボラさに気付く。
三々五々別れていき、二人きりで来た道を戻った。
「私電車出勤なんですよ。ミオリさんはお車、でしたっけ。どこの駐車場に停めているんですか?」
「駅の方です。和行ビルの辺りの小さな契約駐車場」
「ああ、あそこ! じゃあ、そこまで一緒できますね」
高野さんはビールを何杯か頂いていたようだけど、ヒールの音は決して乱れていない。
普段の可愛らしさと違い、かっこいいなと感じた。
「……今日、無理矢理付き合ってもらっちゃってすみません。美織さん、あんまり楽しんでなかったですよね」
「そんなことないですよ。お料理美味しかったですし」
「それならいいんですけど。なんか今日のメンズ、いい人いなかったなぁ」
てっきり、ユタカさんに気があると思っていただけに、その発言には面食らった。
「植物図鑑くん、イケメンだったけど、なんか感じ悪いですよねー」
感じ、悪かっただろうか。
私にはそう見えなかっただけに、頷くことは躊躇った。
高野さんは気があるように見えたけれど、お互いにあまりよく思っていなかったのか。
私がとやかく言うことでもないので、笑って誤魔化しておいた。
道中少し暗かったけれど、駅前まで来ると飲食店から漏れる明かりで賑やかだ。
「それじゃあ、美織さん。またフォルトゥナに行きますね」
「はい。お待ちしています」
「合コンも、また行きましょうね!」
曖昧に笑いつつ高野さんに手を振り返すと、車が停めてある駐車場へ向かった。
駅からは歩いて五分もかからない。
バッグを放り込み、車に乗り込むと、どっと疲れが襲ってきた。
暖房を強めると、クラクションが鳴らないように慎重に、でもハンドルにぐったりと寄りかかる。
――このまま眠れそう。
明日も休みであれば、その選択をしていたかもしれない。
二十歳そこそこのときは徹夜なんてしょっちゅうで、それでも全然平気だったのにな。
私は大きく深呼吸をすると、座り直して帰ることにした。
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