第12話 イザミナギ工房
イオリとアザミはイザミナギの工房へと向かっていた。
イオリが売り場へと顔を出したとき、アザミは興奮しながらアイテムを買いあさっていた。お金はどうやら余るほどあるらしい。
男衆に今後のことを伝え、とりあえずはアランの指示に従ってもらうことにした。しかし今後クロウカシスとの戦闘になることがわかった場合、招集するということは伝えた。そして今後連絡するすることがある場合が頻繁にあるだろうということで、通信魔術の連絡交換を行うことになった。
その際、アザミが「私が一番に交換したい!」と言ってきたのでアザミと先に交換した。
「私がレンちゃんの初めてだね!」
「初めて……? ああ、連絡先交換のことですか。申し訳ないんだけど、最初は通信魔術を教えてもらった団長となんだ。ごめん」
「あ、そ、そうだよね。教えて貰う人と最初はするよね……」
そのあとは「私が教えてあげれば良かった」とぶつぶつ呟いていたが、連絡先を交換したのがよほど嬉しかったのか、それもなくなった。
ほどなくして工房に到着する。ノックをすれば「入りな」と語気の強い女性の声が聞こえる。失礼します、と入ればそこは事務机のある、事務所のような作りだった。簡易ベッドもあり、仮眠を取ることもできるようだった。事務所の奥には重厚な扉があり、そこが火事場であると推測できた。
そこにイザミナギはいた。オーバーホールに厚手の手袋、赤く染めた髪と褐色の肌が特徴の、チャラそうなお姉さんという印象だった。イザミナギはリアルではアランと親友で保育園の時から付き合いのある幼馴染だ。彼女もイオリと同じくアランに『黄昏ログイン』に誘われたクチだ。
「よう、久しぶりだ。元気そうだな」
「ミナさんもね。それより仕事中だったんだよね? 手を止めさせちゃってごめん」
「いいさ。友人の頼みだからな。で、そちらのお嬢さんがかい?」
イザミナギ――愛称はミナ――はアザミを見る。いや、診ると言った方が正しいのだろうか。もう既にイザミナギはアザミを占っているようだった。
「……そうだな。あんたの適性武器は鎚だな。盾にも適性があるが、盾は使ったことはあるか?」
「盾はありますけど、小ぶりのやつ。鎚……ですか」
「要はハンマーだ。大剣並にでかいのから、大工が使う小さなものまで大きさは幅広い。大概接触面は左右両方とも打撃用に平面だが、どちらか片方の面を尖らせて刺突武器として使う場合もある」
「なるほど……」
「最近使っている人間は少ないだろうが……ドワーフなんかは使うな。イメージ的には力持ちの使う重戦士の武器という印象を持ちがちだが、案外そうでもない」
イザミナギ自身主武器はハンマーなので詳しい。しかし立ち回りなどは生産系冒険者の
「立ち回りや戦い方はレンデルに教えてもらえよ。大概の武器は使ったことあるんだからよ。とりあえずあんた専用の作るからそれまで仮で使うのを用意する」
とアイテムボックスから無造作に武器を取り出す。それは全体が金属でできた鎚だった。長さ百センチほどのスタンダードなものだった。打撃面と突撃面と二つが損じしている。
「打撃だけなんてのは味気ないし、突撃面もある方がいいだろうな。なあ、あんたの要望はあるかい?」
「あ、ああの! もしかして武器を作っていただけるんですか!?」
アザミはアイテム売り場で見せていた興奮具合よりも数段上に高ぶっていた。
武器を作らせたら右に出る者はいないと言われる程の鍛冶師に武器を作ってもらえる――そうなればアザミのような反応をするのが当然である。元来から腕のいい職人は気まぐれで、自分の気に入った人物にしか武器を作らなかったりする。イザミナギも例外なくその枠だ。
ただただ、職人という人種は人以外の種族でも例外なく気分屋で、素直に作ってくれない場合が多い。だがイザミナギの場合、気分で作る作らないというのはゲーム時代の話である。
今は店を回すためにも注文は受ける。だがそれでもイザミナギは断る場合がある。理由はイザミナギの作る武器は希少な素材を使うものが多いというのが大きいだろう。神造武器及び神造兵装と呼ばれる、神が作ったとされるアーティファクトや聖遺物レベルの物をポンポンと気軽に作れるのがイザミナギである。素材もそれなりのものを要求される。
今では『ルンダー・ティッシュ』自体武器はオーダーメイドで受け付けておらず、かなり高額なものである。素材を持参した場合素材料金がかからないだけ安く済むのだが、技術料が高くつく。ただの鉄剣でも百匹の魔物を切ろうが刃こぼれは一つおきないものができる。そんなものを作れる職人の技術料は高い。
お金に関してアザミは心配をしていない。ただ、最高の職人が作った武器を震えるのが嬉しくもあり驚きでもあるのだ。
「金は気にするな。アタシは身内相手には金は取らないようにしている。ま、素材だけは持参してもらうがな」
「お金取らないんですか!? 私これでも結構貯金が」
「いらん。つーかどのみち団長命令でタダで作らにゃならん。ま、安心しろよ。素材代くらいは稼いでもらうからよ」
イオリを見ながらにやりと笑うイザミナギ。イオリは。イザミナギの笑みを見て、これから素材集めに駆り出されるのだおるなと、内心苦笑する。
「ありがとうございます。大切にします」
イザミナギから受け取った鎚を持ってアザミは言う。
「ま、本命ができてもスペアとして使ってくれ。どうせアタシが作ったモンの中でも三流品だ。失敗作ってわけじゃないんだが……ま、実験作ってとこだな」
「か、家宝として大事にしまいます!」
「おい、頼むから使ってくれよ? ていうか、要望出せよオラ。話進まねえだろ」
ワイワイガヤガヤとアザミとイザミナギの要望合戦が始まった。時折イオリもアドバイスを出すが、基本アザミとイザミナギの会話で進む。
そんな騒がしくなってきた工房の事務所に一人の客が訪れた。
「レンデルゥー! 帰ってきたんなら一言言えよ!」
その客は身長百四十センチ台の小柄な少女だった。腰まで伸びた栗色の髪に、白い付け髭をつけた少女――彼女に見覚えはあった。しかしその少女の姿と少女のアバターの姿とにギャップにイオリは吹き出す。
「なぜ吹き出すのじゃ……」
「いや、じいさんからこんな幼女みたいな姿になったら誰だって吹き出すでしょ」
「う、うるさい! こっちの方がアポストロの受けが良かったし、わしは満足なんじゃ!」
「ていうか、なんでじいさんロールプレイ? 姿変わったし別にしなくてもいいんじゃないの」
「やっぱり変か? いや、普通の口調でもいいのならそうするが」
グロリウス――それが少女のキャラクター名である。アバターは長身の老魔術師で白い髭を蓄えたキャラクターだったのだが、現実の姿は幼女に見える二十五歳である。オフ会をしていなければ本人か疑っていたであろうレベルのギャップである。
しかしこんなナリでも【封神】の異名を持つプレイヤーである。ランキング戦などでは上位に顔を出す常連でもある。
「それよりも! レンデル、お前『神珠の涙』を持ってただろ! それをくれんか」
付け髭を剥がしながら、興奮気味にグロリウスは騒ぐ。『神珠の涙』とはとあるレイド級上位を倒すと低確率でドロップするアイテムである。液体のようでありながら、水銀のようにぷるぷると溢れることのない物質である。魔術を習得するのに必要な触媒だ。グロリウスの目的も魔術習得らしい。
「あげてもいいんだけど……なにか欲しいなあ」
「む! それをくれるのならばなんでもするぞ!」
「え? 今何でもするって?」
「う、うむ。なんでもするぞ」
「そっかー。なにしてもらおっかなあ」
わざとらしく悩む仕草をしたイオリにイザミナギが意見する。
「じゃあ、素材でも集めてもらえばいいじゃねえか」
「あ、もう要望合戦は終わったの」
「なんだよ要望合戦って……」
「いやー素材集めはボクがするからいいよ。アザミさんの武器はボクが集めた素材で作って欲しいから」
「レンちゃん……」
イオリの発言にアザミは感激といった風に震えている。
「じゃあ、一端保留ね。思いついたら言うよ」
「そ、そうか。なら早くよこすがいい。はよはよ」
「はいはい」
イオリはアイテムボックスから『神珠の涙』を取り出し、グロリウスに渡す。グロリウスは受け取ると、大変興奮した様子で「サンキューじゃー!」と部屋を飛び出していった。やれやれとイオリは肩を竦める。
「じゃあ、ミナさん。必要な素材教えてもらっていい? 大概のレア素材なら持ってるし出せそうなのは今出すよ」
「おう。これだ」
イザミナギはサラサラと紙にペンを走らせる。そして書き終えたメモを見て、イオリはアイテムボックスとにらめっこを始める。メモに記されたアイテムを見つけてはぽいぽいとイザミナギに投げ渡していくイオリ。
「……この『呪印の塩』ってなに? これだけ持ってないんだけど」
一つだけ、イオリの所持していない素材があった。しかしそれはイオリも目にしたことがない素材だった。というよりも「武器を作るのに塩なんているのか?」とイオリは疑問に思う。
「それなあ、こういう世界になった時に出てきた新素材だ。多分この大陸で手に入るもんだ」
「そうなの? 入手場所とかってわかる?」
「わからん。団長は素材自体は見たことあるらしいが、現在在庫切れって言ってる」
「団長に聞けばわかるかな」
「多分な。それよりお前も装備置いてけ。改良しといてやるから」
「え、マジ?」
「マジだから置いてけ。素材はいらんぞ。さっきのメモにあった素材はお前の装備の分も入っている」
「そうかぁ。じゃ、預けるよ。HPとMPの回復速度と回復量の改良はして欲しいかな」
「それくらいなら問題ないが、他はないか?」
「特には。有用そうなのあったら加えて欲しいかな」
「わかった」
イオリは装備欄から自分の最強装備を一式取り出しイザミナギに渡す。
そしてイオリとアザミは工房をあとにする。
国王謁見の時間が来た。
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