【絶域】と呼ばれる少女は異世界で恋をする
うらみまる
第一章 【絶域】と聖騎士と邪竜
第1話 異世界へ転生?
『黄昏ログイン』という
『黄昏ログイン』
依織はそんな人気ナンバーワンのゲームにログインしようとしたところだった。専用のアイマスクを付け、ログインボタンを押せばゲームが開始できるのだが、アイマスクをつけたところで視界が一瞬真っ白になり、自身は巨木を背に突っ立っていた。
「なんだここ……」
目の前に広がる光景は『黄昏ログイン』で見覚えのある林の中だった。
以前ログアウトした場所とは全く違うところにいたため、疑問の言葉が漏れる。自分の姿を確認するが、ログインしようとした時の服装。ヨレヨレの制服姿だった。
イベントリを慣れた手つきで開く。すると空中に自身の装備やアイテム欄などが展開される。装備はなんの捻りもなく『制服』という名前だった。ゲーム内のアカウントの姿ではないことを確認して、再度現状を確認するためにもう一度林の中を、今度は周囲をぐるりと見回す。
木々が乱雑に生殖しており、木漏れ日が眩しい。
いつものゲーム画面ではなく、現実の色彩――そしてなによりゲームではなかった匂いや風の感覚が、これは幻ではないぞと現実を突きつけられた感覚になる。
「これ、ゲームの世界に似てるけど……これ、制服? うーん。一応試してみようかな」
依織のクラスは隠しクラスの『
【固有技能:固定斬撃】
選んだ攻撃はイオリが多用する固有技能である固定斬撃だった。これは斬撃という現象を望む位置に固定する技能である。不動で技が発動し、林の中の木が一本真横に軌跡が走り――横へ大きな音を立てて倒れる。
「『固定斬撃』が使えた。ってことは他も色々と使えるのかな。ってこれ環境破壊じゃん……まあ、この分だと銃撃は使えるだろうし、盾も……うん、出てる感覚あるし多分出てるな」
二度目の再確認で周りを見渡し、本当に木以外なにもないことを確認する。
「さて、どうやったら元の世界に帰れるんだろ……」
ため息一つ。
「とりあえず、散策でもしますか。最悪帰れなくても……いや、帰らないと詩織が」
現実世界で放置してきた妹と事情を頭に浮かべながら、適当に木の少なそうな方向へと歩みを進める。
***
「……起きてください。ご主人様」
そこは一言で表すならば牢屋だった。波が崖に打ち寄せる音が聞こえることからどこか崖があるところ、あるいは海の近くの場所に建物があることを匂わせる。
そんな石造りの薄暗い牢屋の中には二人の少女がいた。一人は胸プレートを装備した、白銀の長い髪の幼さの残る少女――たった今ご主人様と呼ばれた少女。そしてもう一人はメイド服を着た黒髪の少女だった。
「うーん。なーに? ケティ。まだお昼だよ」
ご主人様と呼ばれた少女は
「もうお昼、ですよ。起きないとまた旦那様達が」
「いや、旦那って言ったってケティを拉致しただけで別に旦那でもなんでもないでしょ。あんなのただの盗賊だって。それにご主人様って……確かにわたしここを出たら従者にしてあげるとは言ったけれど。ちゃんとハクって名前で呼んで欲しいな」
「で、できません。そんな恐れ多いこと……」
「じゃあ、ハク様。それならいいよ。そう呼んで。これ、命令ね」
小さい胸を張りながら、ハクは言う。ケティはおどおどしながらも「ハ、ハク様。ハク様」と名前を呼ぶ練習をする。
「ま、そろそろ頃合だし抜け出そうかねえ……魔力もそれなりに回復してきたし」
ハクは手の平を天井に向けると、一瞬にして白い両刃剣が現れる。柄から剣先まで白紙の紙のように真っ白の剣――それを持ったハクは立ち上がり、牢屋の鉄格子を容易く破壊する。
「行こう。ケティ」
「は、はい! ハク様」
***
イオリは林を探索する中、道を一つ発見し、それに添って歩いていた。かれこれ三十分は歩いたところで、波の音がすることに気づく。
「海が近い……ここが陸の孤島でない限り、近くに町があるかもしれない。水の近くに町や村ができるのは異世界も一緒かもしれないし……だといいな」
道を歩いていて、イオリは一つ気づいたことがあった。それはこの世界が『黄昏ログイン』の世界自体ではないということである。正確に言えば同じ大陸ではない、と言うべきだろうか。似た部分はもちろんある。林や道の感じ、それに
(しかしあの狼――ウルフンって名前だったかな。あれ確か集団で行動するモンスターだったはずなんだけどな。ま、一匹狼って表現があるくらいだし、たまたま一匹が好きな個体だっただけかも)
早くもイオリはこの状況に馴染んできていた。いつも脳内でテロリストや暗殺者に狙われては撃退する妄想をしているのが幸をなしたのか――それは彼女自身知りえないし、本人も知りたくないであろう。
そうして林を抜け、出た先は崖先の上に建設された一階建ての建造物だった。神殿と塔を模したのか、縦長い形状をしている。石造りのため、全体的に灰色で厳かな雰囲気がしてきそうではある。しかし神聖さはイマイチ感じ取れそうもない。どちらかというと、なにか良くないものでも封印していそうと言った方が正しいような気もする。そんな建造物だった。
「うーん。呪われた装備とか置いてありそう」
期待に胸を膨らませ、その建造物に入る。
建物に入るとそこは広い空間だった。明かりは外からの光だけで、少々薄暗い。広い空間以外にあるものといえば、二つの扉に、天井にある絵画、そしてイオリが建物に入った瞬間一斉にイオリの方へ向いた男達だった。薄汚れた軽装に剣や銃、それに髭面の者が多い。男達は酒盛りでもしていたのか、顔は赤く、近くに酒でも入っていたであろう樽や瓶が転がっている。
(うお、陶器じゃなくて瓶があるって相当技術レベル高いのかな、この世界)
「あのー、この近くに村とかあると思うんですけど、道を教えて欲しいんです、が」
イオリはこの男達が盗賊の類だと推測する。盗賊が一箇所に留まっている、ということは即ち近くに『襲うほど裕福そうな村』か『街と街を行き来する商人達が通るであろう道』がある証拠である。基本富か資源がありそうなところへ行ってかっさらってくるのが彼らの生計の建て方である。
「ヒヒヒ。いいぜぇお嬢ちゃん。だがなあ、俺達もよぉタダで何か施すなんてこたあするほど懐が広くはねぇんだわ。何か対価がほしぃなあ」
リーダー格と思しき男が一人、イオリに向かって言う。
「対価……ですか」
現在イオリは何も持ってはいない。そんなイオリを見る男達の目は非常にいやらしいものだった。邪な、と言ったらいいのか、イオリに下心満載の視線を送っていた。
イオリは端的に言って美人である。高校生にして幼さの抜けた女性らしい顔立ちをしている。少々ダウナー系の目をしてはいるが、美人と言って差し支えない。実際現実世界で街を歩けばモデルへスカウトする人の多いこと多いこと。
「少々貧相だが、まあ、顔は悪くねぇしなあ……」
男の言う通り依織は非常にスレンダーなスタイルをしている。胸は小さく、体の芯は細い。それでもヒップは安産型なのか少しある。しかし身長はそれなりに高い。今年の身体測定では百六十九センチだった。
「あ……そうか」
そこでイオリは思い出す。イベントリメニューを開くという選択を。先ほど装備などを確認するときに開いたとき、所持金の残高もかなりあることを見ていた。
メニューの所持品欄を開くと、そこには自分の所持していたアイテムや所持金がずらりと並んでいた。所持金はおよそ二億円。因みにゲーム内通貨の単位はΦ《ふぁい》と呼ぶ。その内五十万Φを取り出す。五十万Φをイベントリから出すと、少し大きな袋に金貨がずっしり詰まっていた。
あとはこのお金が使えればいい。使えるものであるよう祈りながら、依織はそれを男達に見せる。すると男達は驚き、感嘆の声を漏らす。
(そう言えば盗賊ってお金使えるのかな? 街とかじゃあの服装は目立つし……商人の服を奪えば使えるか)
細かいところはあまり考えないようにしよう、そう思いながらイオリは交渉に入る。
「これで足りますか? 一応全財産なんですけど……」
これ以上お金はないというアピールだけしておく。良心に訴えかけようとしたのだが、そもそも荒くれが良心を持っているのかは甚だ疑問だ。
「お、おう。じゃあ、こっちまで来てくれるか? 計算したい」
「……わかりました」
イオリはその言葉に違和感を抱きながらも中の方へ入り込む。確認するだけなら、そこに置いて下がれとでも言えば事足りるはずである。
ある程度建物の中心の近くまで来た瞬間、疑問の通り男達はとても良心のある人間とは思えない行動をする――イオリを一定の距離を開け囲み始めたのだ。
「えっと……あの、ひょうっとしてひょっとするんですが、これって」
「か弱い真似はしなくていいぜ……お嬢ちゃん。あんたのさっきの行動。金を出した時だ。まるで何もないところから出したみてぇに見えたが、そんなことできんのは冒険者組合が使っているアイテムの機能だ。あんた俺達を捕まえに来たのか? それともはぐれ冒険者か? どっちでもいいが金を置いて残りも出してもらうし、生きては返さないぜ」
「あの、誰にも言いませんから見逃していただけると嬉しいんですけど」
イオリは周りの男達を観察する。酔は覚めているのか、顔の赤みがなくなっている者がいる。腕に自信があるのか、人を囲っている状況で殆どが銃口を向けていた。
「信用はできんな。情報ってのは口以外からも漏れるもんだからな。大人しくしろ。おい! 野郎共、足か手を狙えよ。やむおえねえが金を全部出してもらってから殺す」
男達は獣の咆哮のような返事をし、一人づつ時間差で銃撃を開始した。
「最悪――」
憂いの表情を浮かべるイオリ。ピンチに思えたが、銃声と共にした音は弾丸が跳弾した音だった。男達の腕は実際確かなもので、本来ならイオリの手足を撃ち抜いていた一発一発だった。しかしそれらはまるで見えない壁にでも当たったかのようにして弾かれたのだった。
「お前のクラスは術師系か……」
「いや、ボクはある一つの条件を行使しないと魔法は回復系当しか使えないから、術師系じゃないよ。これは見えない盾さ」
イオリは心の中で攻撃の意思を示す。
【固有技能:固定盾撃】
すると囲っていた男達は次々と吹き飛び、壁に激突し、気絶していく。
驚くべきなのは、イオリがなんのモーションもなしに攻撃を繰り出したこと、そして視覚外の相手にも正確に攻撃を当てたことだった。
やったことは、固定した見えない盾を勢いよくぶつけただけなのだが。
「何なんだ……お嬢ちゃん、あんた一体」
イオリがわざと攻撃しなかったリーダー格の男は、冷や汗を背中に感じながら苦笑いで問う。
「『レンデル』それがボクのハンドルネーム。そうだね、かのサーン大陸では【絶域】って呼ばれてた」
(キマッた!……っておい! また黒歴史増やしちゃったじゃんかあああ!)
内心悶えながら、イオリは見えない盾でリーダー格の男の頭を殴打したのだった。
***
「なーんか騒がしいな」
ハクとケティは牢獄を出て、外へ出るための階段を登っている最中だった。
「あの盗賊達が騒いでいるのでしょうか?」
「にしては戦闘音ぽいんだよね。銃声でしょあれ。でも跳弾してるっぽいし……襲撃でもされたのかな?」
「襲撃……助け、でしょうか?」
「いや、そうとも限らないだろうけど。ま、誰が来てもケティはわたしことハクちゃんが絶対に守るからね!」
ハクは格好つけると、出口の扉を開く。するとそこには凄惨な状況だった。
壁に打ち付けられ、気絶する男達に、建物の中心に少し大きな袋を持った少女がこちらを見ていた。
「あ、どうも」
目の前の少女はお辞儀をする。
「あ、いえこちらこそ」
釣られて二人もお辞儀を返す。
「あの、初対面なのに図々しいことこの上ないのですが、道を教えてもらえますか?」
少女は穢れのない笑顔を見せた。
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