第378話 冬休み最後の日と後輩ちゃん

 

「もぉ~いくつ寝るとぉ~新学期ぃ……」



 まるでお葬式のような静かで、厳かで、苦しく、悲哀が漂う後輩ちゃんの歌が聞こえてくる。今にも消えそうな歌声。こっちまで悲しくなる。


 いつもは元気いっぱいで綺麗な瞳が、ぼんやりと焦点が外れ、淀んで生気がない。死んだ魚のような瞳だ。


 その歌声を聞かないように手で両耳を塞いでいるのは桜先生。目までギュッと閉じて首を振り、嫌々と拒絶のアピールをしている。



「止めて! 妹ちゃん止めて! 聞きたくない! お姉ちゃんはそんな言葉聞きたくないの!」


「あぁ……学校が始まるぅ~」


「嫌! お願いだから黙って!」


「明日から始まってしまうぅ~」


「いぃぃぃやぁぁあああああああ!」



 虚ろな表情で残酷に現実を突き付ける女子高生の妹と、泣きそうになりながら現実を拒絶する教師の姉。俺はどうすればいいのだろう? 何をしたら正解なのだろう?


 気分的には桜先生に同意だ。学校なんて行きたくない。昨年はズル休みし過ぎて留年してしまったくらいだからな。後輩ちゃんと桜先生がいるから頑張って登校している。


 びぇ~ん、と泣きだした桜先生が俺に抱きついて縋りつく。甘い香りが俺を包む。そして、押し当てられる大きな胸が柔らかい。



「弟くぅ~ん! 妹ちゃんがお姉ちゃんをイジメるぅ~!」


「あぁ~よしよし。気持ちはわかるぞ。とてもよくわかる。後輩ちゃんが悪いよな」


「お姉ちゃんはお仕事に行きたくないのぉ~!」


「……姉さんは大人だよな? 現役の教師だよな? それでいいのか?」


「お姉ちゃんは弟くんと妹ちゃんと一日中イチャイチャしていたいのです! はっ!? 弟くんの子供を妊娠して産休を取れば……」


「ていっ!」


「くぉぉおおおおお! 弟くんの愛のチョップが頭にぃぃぃいいい!」



 まったく。外に出ればクールで真面目な女性になるのに、家の中ではなんでこんなにポンコツで残念なんだ。もう慣れたけど……慣れてよかったのだろうか。


 そして何故俺の子供?



「もう。そんなにお姉ちゃんの頭をポンポン叩いてはいけません! そんな暴力的な弟くんに育てた覚えはないわ!」



 俺も育てられた覚えはありません。


 実の姉のような感覚だけど、俺たちは深い関係になってまだ半年ですよ。深い関係というのは、同棲ということであって肉体関係では……。


 くっ! 肉体関係も無いとは言えない。お風呂とか、あんなことやこんなこととか……。



「だんだんと癖になってきたわ。弟くん! 責任を取りなさい!」



 変態だぁー! あの学校で超絶な人気を誇る桜先生がドМの変態になりかけているぅー。まあ、前から素質は見え隠れしていて、Мっ気であることは知っていたけど。



「あぁー明日は学校だなぁー」


「うわぁ~ん! 弟くんもお姉ちゃんをイジメるぅ~!」



 効果てきめんだが、盛大なブーメラン。俺にもダメージが。


 明日から学校かぁ。三学期かぁ。憂鬱だ。すぐに修学旅行があるのは楽しみ。でも、嫌なものは嫌なのだ。俺だって後輩ちゃんや桜先生と一日中イチャイチャして過ごしたい。


 休みたいなぁ。



「先輩。今休みたいと思いましたね?」


「ギ、ギクッ!?」


「私は先輩とラブラブなスクールライフを送りたいんですが、ダメですか?」



 潤んだ瞳で上目遣い。胸の前で手を合わせ、胸の谷間をアピールしつつ可愛らしいおねだり。女の武器を全て使うとは卑怯な。


 必殺、俺堕とし。一撃必殺だ。



「一緒に学校に行きましょ?」


「……行く」


「やったー! ふっ、流石先輩。チョロいですね」



 とびっきり眩しい笑顔から、ドヤ顔に似た悪女のような悪い笑顔に早変わり。落差が激しすぎる。


 チョロいって言葉は、せめて俺に聞こえないくらい小さく呟いてもらえませんかね? 全部バッチリと聞こえていますから。隠す努力をしようよ……。フリでもいいからさぁ。


 おっと後輩ちゃん。ここにもチョロい人物かいますよ。期待顔でチラチラと視線を向けている残念な姉が。



「お姉ちゃ~ん」


「な、何かしら、妹ちゃん?」


「お姉ちゃんが格好良くお仕事を頑張っている姿を見たいなぁ。お姉ちゃんの凛々しい姿を妹に見せて!」



 プルプルと震えた桜先生は、突然後輩ちゃんの身体をむぎゅっと抱きしめた。感極まった桜先生が顔をスリスリと擦り付けて頬擦りする。



「妹ちゃ~ん! お姉ちゃん頑張るから! 格好良くて凛々しいお姉ちゃんを見せてあげるから! 楽しみにしてて! お姉ちゃん頑張っちゃうぞぉ~!」



 うぉぉおおおおお、とやる気に満ち溢れている桜先生。この調子なら三日は寝なくても仕事が出来そうな勢いだ。頑張りすぎて身体を壊さないか心配である。いざとなったら強制的に休ませよう。



「ふっ、チョロい。チョロすぎです」



 うっわぁー。悪い笑顔だなぁ。それも可愛くてドキッとしてしまう。美少女は反則だ。


 桜先生もチョロいなぁ。あり得ないくらいチョロい。知ってたけど。他の人に騙されないよね? 不安だ。


 俺も桜先生もチョロい。そしてもちろんもう一人も。



「後輩ちゃんと登下校して、授業を受けて、休み時間に喋るのは楽しみだなぁ」


「っ!?」


「一緒に体育で運動しましょうね!」


「っ!? …………えへへ」



 想像したのか、ふにゃりと顔が緩んで笑い声を漏らす後輩ちゃん。とても嬉しそう。


 ハッと手で口を隠すが、もう遅い。顔を赤くした後輩ちゃんはスッと逸らした。



「しょ、しょうがないですよ。大好きな先輩と大好きなお姉ちゃんが同じ学校にいるんですよ! 嬉しすぎてにやけるのは当然のことです!」


「後輩ちゃん……」


「妹ちゃん……」


「「 チョロ 」」



 数分前まではお葬式に参列している人みたいだったのに……。俺と桜先生もチョロいけど、一緒に学校に行く決意をしたことで、後輩ちゃんも元気になったのだ。


 これをチョロいと言わずになんと言う!



「後輩ちゃんも超絶チョロいよな」


「チョロいわね」


「何を言ってるんですかっ!? 失礼な。二人ほどではありません!」



 この後、一番誰がチョロいのかという言い争いになったのだが、結局決着はつかなかった。


 一番チョロいのは後輩ちゃんか桜先生だ。決して俺ではない!


 まあでも、憂鬱だった新学期は、いつの間にか楽しみになっていた。


 三学期も楽しむか!


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