第374話 やはり癒しの後輩ちゃん

 

 荷物を一度床に置き、靴を履く前に振り返る。そこには父さんと母さんと楓が立っていた。玄関まで見送りに来てくれたのだ。嬉しいけどちょっと照れくさい。


 幼女の母さんがトテトテと駆け寄って抱きついた…………後輩ちゃんに。



「元気でね! もし颯くんと喧嘩したり愛想尽かしたら即座に帰って来ていいからね!」


「はい! そうします!」



 えーっと、ここは俺の実家なんですけど。後輩ちゃんの実家は別にあるんですけど。


 後輩ちゃんもそこは断言するところじゃない。せめて嘘でもいいから、そんなことあるわけないじゃないですか、と言って欲しかった。俺の飴細工の心にピシッと罅が入った。


 今度は楓がトタトタと駆け寄って飛び掛かった…………桜先生に。



「むほぉ~! このけしからんおっぱいもしばらくお別れかぁ~。少しでも吸い取ってやるぅ~!」


「あらあら。いつでも帰ってくるし、遊びに来てもいいのよ」


「そうする! でゅふふ。お尻も触っておこう!」


「やぁんっ!」



 玄関で巻き起ころ始めた痴態。エロ親父以上にエロい愚妹が姉の身体を撫でまわし、揉みしだいて、顔を胸に埋め、クンクンと匂いを堪能しつつ、下劣な笑い声を漏らしている。


 何という残念な妹なのだろう。


 俺は無言で変態の頭にチョップを落とした。ドバンと鈍い衝撃音が響き、変態は頭を抱えて蹲る。余りの痛みに悲鳴も上げられないらしい。



「いい加減にしろ、変態愚妹」


「何するの、ヘタレの兄! はっは~ん! わかったぞぉ~。美緒お姉ちゃんの身体は俺様のものだぁ~って嫉妬したんでしょ。もう、そうなら言ってくれればいいのに!」


「そ、そうなの!? お姉ちゃん嬉しい!」



 訂正するのも面倒臭い。取り敢えず、もう一発チョップを落としておくことにする。くおぉ~、と床を転がる変態。自業自得だ。


 後輩ちゃんと別れの挨拶をした母さんが、今度は桜先生に抱きつく。楓は当然後輩ちゃんへ。って、いつの間に復活した!? 復活早っ!


 女性陣の別れが終わると、最後に父さんが口を開いた。



「葉月さん、美緒さん。風邪を引かないように気を付けるんだよ」


「「 はい! 」」



 後輩ちゃんと桜先生の元気な返事。父さんと母さんにとって、二人はもう実の娘だ。実の息子よりも待遇が良い。俺、ちょっと寂しいです。



「あの~? 俺にはお別れの挨拶とかないんですかねぇ?」



 俺の実の家族は、やっと俺の存在を思い出してくれた。そう言えばいたね、という空気を出さないで欲しい。飴細工の心の一部が欠けてしまった。



「お兄ちゃんじゃあねー」


「颯くん、二人の娘に手を出したからにはちゃんと責任を取りなさい!」


「ウチの颯をよろしくお願いします」



 楓、物凄い棒読み口調だったぞ。心を込めてください。実の兄だぞ。


 母さん、ちゃんと責任取りますよ。でも、俺が手を出したのは後輩ちゃんだけなんだけど。桜先生にはまだ手を出していない。


 父さん、信じてたのに……。それって後輩ちゃんと桜先生に向けた言葉だよね。俺は? 俺に向けた言葉は!?


 訂正。家族が見送りに来てくれたのは後輩ちゃんと桜先生であって、俺ではありませんでした。とても悲しい。ショックです。薄情者ぉ~!



「「 行ってきま~す 」」


「「「 いってらっしゃい! 」」」



 笑顔で手を振る二人の姉妹に、三人の家族も笑顔で手を振り返す。どこからどう見ても仲の良い家族にしか見えない。ほのぼのする帰省シーンだ。


 俺はというと、桜先生の車に荷物を載せて、手を振っていたんだけど、誰か気付いたかなぁ? 気づいていないよね。グスン。


 …………アパートに帰ったら後輩ちゃんに慰めてもらう。絶対に!


 桜先生が超安全に運転する車で俺たちの家に帰る。途中に食料品店に寄ってお買い物。帰省前に冷蔵庫を空にしてきたから、帰っても食材が何一つないのだ。


 家に帰りついたときは夕方だった。真冬の空がオレンジ色に染まっている。空気が澄んでいてとても綺麗な光景なのだが、とても寒い。長時間眺めていると風邪を引いてしまう。早く部屋の中に入って暖房器具のスイッチを入れなければ。


 ガチャリと鍵を外して、暗く静まり返った部屋に全員でお互いに挨拶。



「「「 たっだいまー! おっかえりー! 」」」



 靴を脱いで部屋に上がる。実家も安心感があったけど、この家もとても安心する。俺たち三人の温もりがある。


 手洗いうがい。食材を冷蔵庫に仕舞う。荷物の整理。


 そしてそして……ようやく念願の癒しが……。



「先輩、どうぞ」


「弟くん、かも~ん」



 二人の美人な女神が両手を広げて俺を誘っている。あの世界に飛び込めば、至福の癒ししかないだろう。甘くて柔らかくて温かい天国。


 ふらふらと無意識に脚が動く。魅了されたように二人から視線を逸らすことが出来ない。


 抗い難い女神の誘惑を、俺は直前になって断ち切った。何とか後退って二人から離れる。


 後輩ちゃんと桜先生は顔を真っ青にして、今にも泣きだしそう。



「さ、早速嫌われてしまいましたか……」


「お姉ちゃんと妹ちゃんの何がいけなかったの!? せめてそれだけ教えて!」


「……いや、全然違う。その、今甘えたら……」


「「 甘えたら? 」」


「歯止めが利かなくなるというか、料理もお風呂の準備も出来なくなりそうだから、全部終わってから甘えようかと」


「なんだ。そういうことですか」


「よかったわぁ。あっ、お姉ちゃんが邪魔ならリビングに居るわよ?」



 真下の自分の部屋に戻ったりしないんですね。覗き見たり聞き耳を立てたりする気満々だな。


 でも残念。今日は何もしないつもりです。ただ甘えるだけ。



「邪魔じゃないのならお姉ちゃんは混ざります!」



 混ざるな! 混ざろうとするな! 誰かこのポンコツで残念な姉を止めてくれ。


 傷む頭を押さえていたら、後輩ちゃんがスススッと近づいてきて、チュッと唇にキスしてきた。


 突然のことに呆然と固まってしまう。



「癒しの前払いです。先輩、お風呂や料理が全部終わったら、もっとすんごいことをして癒してあげますね」


「キスよりももっとすんごいこと?」


「ええ。恥ずかしいですが、私も頑張ります」



 頬を赤らめて顔を伏せる後輩ちゃん。もうその仕草だけで癒される。やはり後輩ちゃんは俺の癒しだ。


 よっしゃー! 急にやる気が出てきたぞー! ご褒美の癒しのために頑張ろう!





 その後、何をされたのかは黙秘する。すっごく癒されたとだけ言っておこう。

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