第345話 服装検査と後輩ちゃん

 

 二学期の期末テスト三日目。最終日の最後のテストが今終わった。テストという精神的苦痛ストレスから解放された俺たちは、一斉に歓声をあげる。


 おわったぁー! 疲れたぁー! あとは採点頑張ってください、先生方!


 ワイワイガヤガヤと賑わう教室。みんな疲れが浮かんでいるが、それ以上に笑顔である。もうしばらくは教科書やノートを見たくないだろう。


 今すぐ帰りたいのだが、残念ながらまだ学校は終わらない。この後は服装検査があるのだ。お手洗いを済ませて、体育館に移動する。


 現地集合なのは高校生だな。小中学校では教室の前に整列してから向かった。なんか懐かしい。


 後輩ちゃんを誘って一緒に行こうかな、と考えていると、教室のあちこちから悲鳴が上がる。



「うぉー! 爪切ってねぇー!」


「マジかぁーって俺もだ! ヤバい! 引っ掛かっちまう!」


「俺はベルト忘れたぁー!」



 男子たちの絶望の声。ドンマイ。引っかかってペナルティを受けろ。数日後に再検査もあるはずだ。



「あちこちで悲鳴が上がってますね」



 いつの間にか、後輩ちゃんがお隣に立っていた。俺の手を取って、爪をじーっと観察する。そんなに見なくても大丈夫だぞ。ちゃんと短く切ってるから。



「これならセーフです!」


「だろ? じゃあ、後輩ちゃんの爪も俺が検査してあげよう」


「どうぞっ!」



 きめ細かい肌に、ほっそりとした指。何もしていないとに輝く爪。超絶美少女の後輩ちゃんは爪の先まで美しい。



「ふむふむ。綺麗な爪だな。セーフです!」


「どやぁ」



 ふんすー、とドヤ顔をする後輩ちゃんも可愛いですなぁ。


 ふと気づくと、周囲が静まり返り、『また仲良く手を繋いでイチャつきやがって! いい加減にしろ!』と言いたげに俺たちを睨んでいた。一斉に深い深い、マリアナ海溝よりも深いため息をつく。



「まあいいや。あんたらバカ夫婦はいつものことだし」


「ねえ、はづきー! 爪切り持ってない? 持ってないよね。颯くん爪切り貸~して!」


「おいコラ。何故私に問いかけたのに自己完結した? 確かに持ってないけど!」


「落ち着いて、後輩ちゃん。まあ、こういう時のために爪切りを持って来たけど」



 ギロリ!


 教室のあらゆるところから、擬音が聞こえそうなほど睨まれた。まるで草食動物を狙う肉食獣の瞳だ。男女関係なくじりじりと近寄ってくる。


 なんか怖い。超怖い。襲われそうなんだけど。


 その時、後輩ちゃんが俺の荷物から爪切りを取り出して、ある時代劇の印籠のようにクラスメイトに見せびらかした。



「ええ~い、控えぃ控えおろう! この爪切りが目に入らぬか。ここにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも結婚を前提にお付き合いしている私の彼氏、宅島颯先輩にあらせられるぞ!」


「「「 ははぁ~! 」」」



 みんなノリがいいな! まあ、流石に土下座はしないで、ただ頭を下げただけだけど。


 後輩ちゃんは得意げに胸を張ってドヤ顔をしている。さぞ気分が良いのだろう。



「先輩先輩! 一度は言ってみたいセリフが言えました!」


「それはよかったな。満足したか?」


「はい! 大満足です!」


「というわけで、皆整列! 早く切ろよ!」


「「「 はーい 」」」



 シュパッと並ぶクラスメイト達。そんなにたくさん爪切るのを忘れてたのかよ。皆は出来るだけ早くパチンパチンと切っていく。



「先輩。お金を請求します? 百円くらい。儲かりますよ」


「後輩ちゃん、お主も悪よのぉ」



 おぉー! 一度は言ってみたいセリフを言うことが出来た。嬉しいな。後輩ちゃんと笑い合っていたら、若干クラスメイトが距離を取った気がする。そんなに俺たちは悪い笑顔をしていただろうか?


 爪を切り終わったら、爪切りを机に置いといて、と伝言を残し、俺と後輩ちゃんは一足早く体育館に向かった。


 寒い体育館で喋りながら並んで待ち、学年集会が始まって、先生たちの長いお話を聞き流し、服装検査に移る。男女は別れて行われる。


 自分たちのクラスの番をボケーッとしてまったり、遠く離れた後輩ちゃんと手話で会話したりしていると、あっという間に検査が近づいてきた。


 担当の先生は数人いるが、主に桜先生が担当しているらしい。男子たちがデレッデレになっている。わかりやすい顔だなぁ。



「あぁー! ベルトをつけてないわね。ダメじゃない」



 軽くコンッと違反者の男子にチョップを落とす桜先生。男子は口から涎が出そうなほど顔が緩んでいる。周囲の男子から羨望の眼差しが……。


 大丈夫か、こいつら。



「センセェー。パワハラですよぉ~。訴えてもいいですかぁ~?」


「あら。じゃあ、その視線をセクハラで訴えるけどいい?」


「す、すんません!」


「よろしい。ペナルティと再検査ね。今日の放課後、他の違反者と一緒にお掃除です。絶対に来なさい」


「えぇー!」


「私が監督者としてしっかりと監視します!」


「なら行きます!」



 欲望に忠実だな。監督者が桜先生だとわかった瞬間、キリッと顔を引き締めて敬礼した。桜先生もノッて敬礼する。折角引き締めた顔がデレ~っと崩れた。胸をガン見している。同じ男として恥ずかしい。



「はい次―。あら、宅島君じゃない。検査しまーす」


「お願いしまーす」


 ぺたぺた、なでなで


「頭髪はオッケー」


 ぺたぺた、ぺたぺた


「ベルトもオッケー」


 ぺたぺた、ぺたぺた、ペタペタペタペタ


「爪も大丈夫! 問題なし!」


「あの~? 触りすぎじゃありません?」


「えっ? どこが?」



 明らかに他の男子よりもペタペタ触ってきたよね。まさか無自覚か!?


 男子たちの視線が痛い。クラスメイトだけじゃない。他のクラスの男子も。俺を射殺したり呪い殺そうとしたりしている。殺意がビシバシ突き刺さる。


 普段から家でもっと触っているから、これくらい普通のことだと思っているのだろう。って、いつまで俺の手を握っているんだ!?


 他の先生方! どうにかしてください!


 いや、なんで『桜先生だし……』みたいな微笑ましい眼差しをしているの?



「宅島君は合格ねー」



 最後に俺の頭をナデナデして、爆弾の導線に火をつけるどころか爆発させた桜先生は、次の日との検査を始めた。


 あぁ……俺、この後殺されそう。



「爪長いっすよね! オレも違反っす!」


「えっ? 普通に合格だけど」


「違反っす! どう見たって違反っす! オレを違反にしてください!」


「あっ! 俺も俺も!」


「センセー! すんません、さっき友達にベルトを借りてました! 俺も違反者です!」


「えっ? えぇーっ!?」



 あ、あれっ? 俺を睨んでいた男子たちが一斉に名乗りを上げ始めた。狙いはペナルティの掃除だろう。監督者は桜先生だから、チャンスがあるかも、と考えているに違いない。そして、桜先生のことだから一緒に掃除をするだろう。


 呆れるほどに欲望に忠実だな。逆に尊敬する。俺もあれくらいになった方がいいのだろうか?



「ちょっと待って! お掃除には違反者じゃなくてボランティアも募集してるから、お掃除したかったら来ていいのよ!」



 その一言で男子たちの興奮が鎮まる。ほっと安堵した桜先生が、テキパキと検査を続ける。


 目的は掃除じゃなくて桜先生だと思うけど。自覚がなさそうなので、家に帰ったら注意しておこう。男は皆野獣なのだ。


 こうして、服装検査は何事もなく終了した。俺も後輩ちゃんも合格した。


 そして、その後の掃除には、大勢のボランティアが参加したらしい。そのほとんどが男子生徒だったとか。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る