第346話 冬休みの予定と後輩ちゃん

 

「んしょっ! よいしょっ! んっ! んぅっ!」



 少しエロい声をあげながら、後輩ちゃんが身体を動かしている。俺の腰辺りに座って前後の運動。一定のリズムで懸命に動いている。



「どう、ですか、先輩。気持ちいい、ですか? んっ! はぁっ!」


「ああ、気持ちいいよ」


「そう、ですか。それは、よかった、です……んぁっ!」


「後輩ちゃんも上手くなったなぁ」


「でしょ~。先輩のために、頑張ったんです。んんっ! んふっ!」



 その時、軽快な音楽がリビングに鳴り響いた。スマホの音楽だ。これは俺だな。着信か?


 手を伸ばしてスマホを取り、画面を確認する。表示されていたのは妹の名前だった。スピーカーモードにすると、元気な楓の声が聞こえてきた。



『やっほーお兄ちゃ~ん! 愛しの妹ですよ~』


「はいはい、やっほーやっほー。その愛しの妹さんがどうしたんだ? 彼氏と喧嘩したか?」


『何そのどうでもよさそうな棒読み口調。それに、私はユウくんと喧嘩してませーん。ラブラブだも~ん。惚気話でも聞かせてあげようか?』


「断る」



 なんで楓と裕也の惚気話を聞かなくちゃいけないんだ。ただの罰ゲーム。いや、拷問に近い。絶対に聞きたくない。


 電話の向こうで、えぇー、と声をあげる楓。言いたいのなら俺じゃなくて後輩ちゃんや桜先生に言ってくれ。二人なら興味津々だと思うから。



『葉月ちゃんとは仲良くしてる?』



 唐突に話題を変えてきたな。



「仲良くしてるぞ。ほれっ」


「私たちはぁっ! 仲良しぃっ! だよぉ~っ! んはぁっ! んんっ! ぁんっ!」


『え゛っ!? 今のエッッッッロい声は何!? 二人とも、今まさに真っ最中なの!?』


「私がぁ、一方的にぃ、先輩の上でぇ、動いてるぅ、だけぇ。んくぅっ! 先輩はぁ、気持ちよさそう、ですぅ!」


『嘘っ!? マジで!? 葉月ちゃんはお馬さんに乗ってるの!? 騎乗してるの!?』


「乗ってぇ、ますねぇ~。はぁんっ!」



 大歓声が起こると思いきや、何故か電話が沈黙する。楓は呼吸すら止めて、俺たちの音を鮮明に聞こうとしているのだろう。


 だが、残念だったな。楓が想像していることは行われていない。


 ノリノリだった後輩ちゃん。そろそろネタ晴らしをしてもいいよね?



「おい楓。残念ながら後輩ちゃんはうつ伏せの俺の上に乗って、背中をマッサージしているだけだぞ」


「先輩に上手になったと褒められました! どやぁ!」


『……………………うん、そうだよね。何となくそう思ってた』



 途轍もなく深いため息がスマホから流れ出した。このヘタレ、という無言の念がスマホを通して伝わってくる気がする。


 ヘタレで悪かったな! 後輩ちゃんのマッサージは気持ちいいんだぞ!



『葉月ちゃん。お兄ちゃんをひっくり返して、今度は胸筋をマッサージしてあげたら? 服の上からじゃなくて直接』


「楓ちゃんナイスアイデア! 先輩! 今すぐひっくり返ってください! うつ伏せです、うつ伏せ!」


「絶対に嫌だ!」



 それはいろいろと不味い! 本当に不味いから! お願いだから後輩ちゃんを唆さないでくれ!


 でも、楓は昔からこうだったからな。後輩ちゃんを突撃させて、一進一退の攻防を繰り返す俺たちを少し離れたところからじーっと眺めていたのが楓だ。それはそれは面白そうにニヤニヤしながら……。


 俺をひっくり返そうと、手を俺の身体の下に入れて奮闘している後輩ちゃんに抵抗しながら、スマホに向かって叫ぶ。



「楓! 一体何の用事で電話したんだ?」


「先輩! 仰向けになってください!」


『お兄ちゃんが仰向けになったら教えようかなぁ』


「だそうですよ、先輩! ほら早く!」


「後輩ちゃんは落ち着け。楓、電話切っていいか?」


『電話で聞かせられないことをするの?』



 電話の向こうでは、ものすっごいニヤニヤしているだろう。簡単に想像できる。声で分かるくらい楽しげだった。


 俺は無言で指を動かし、電話を切ろうとする。



『待って! ごめん、冗談だから! 冬休みの予定を聞こうと思って電話したの。いつ帰ってくる?』



 あぁー。もうそんな時期か。いつ帰ろうかなぁ。振り返って、視線だけで後輩ちゃんに問いかける。後輩ちゃんはどうするつもりかって。



「私は先輩に合わせますよ。どうせ先輩のお家にお泊りしますし」


「偶には実家に帰ったらいいのに」


「そう言われても、クリスマスからお正月過ぎまで旅行に行くそうです、ウチの両親。『お父さんとお母さんのイチャラブを間近で見る?』って誘われましたが即座に拒否しました。あんなバカ夫婦のイチャラブを近くで見たくありません」


「あぁー」


「というわけで、今回は先輩と一緒に帰ろうかと思います。先輩のご実家は、もう私の実家みたいなものですし」


「わかった。じゃあ、俺たちはクリスマス……」


『クリスマス前ね! りょーかい。わかった。おかぁーさぁーん! お兄ちゃんたちはクリスマス前に帰ってくるってぇー!』



 おいコラ愚妹よ。俺はクリスマス後に帰るって言いたかったんだけど。最初から聞く気なかったな?


 俺や後輩ちゃんはいいんだけど、問題は桜先生だ。先生はまだ仕事があるんだぞ。



『お兄ちゃんの誕生日会するからね!』


「それが目的か」


『うっしっし。そういうことでーす。家族全員でお祝いしてあげますよー。嬉しいでしょ? 美味しい料理を待ってまーす!』


「主役が働くのかよ。まあいいや。いつものことだし」


『んじゃ、そういうことでー! 家で待ってるねー。用件終了! あとは葉月ちゃんとお幸せに~』



 ブチッと通話が切れた。楓と喋るだけで物凄く疲れたんだけど。後輩ちゃんに癒してもらおうかなぁ。


 思わずゴロンと寝返りを打って、仰向けになってしまった。即座に上に乗る後輩ちゃん。


 ヤバい。すっかり忘れてた。後輩ちゃんがニヤニヤと笑っている。



「せんぱぁ~い。気持ちよくしてあげますねぇ~」



 言い返そうとした瞬間、リビングのドアが開いて桜先生が帰ってきた。



「たっだいま~! お姉ちゃんのおかえり……よ?」



 バタン、と手に持っていた荷物を床に落とし、顔から表情が抜け落ちた桜先生は、無言で静かに正座をした。



「どうぞ。続けてください。お姉ちゃんは壁になっていますので」


「ちょっと待てぇ~! これにはいろいろと事情がぁ~!」


「では、続けますね」


「後輩ちゃんストーップ!」



 この後、何とか桜先生に説明した。聞き終わった後の桜先生は、何故かとても残念そうで、落胆のため息をつきながら、ボソッと『ヘタレ』と呟いていた。


 まあ、マッサージは気持ち良かったですよ。俺はヘタレですけど。

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