第343話 わかりやすい後輩ちゃん

 

 アルバイトが終わってやっと家に着いた。疲れはそれほどない。もうあの状況に慣れてしまった。慣れたら結構楽しい職場だ。


 自国の風習や料理など沢山教えてくれる。おかげで、料理のレパートリーが格段に増えた。まあ、作ってみないとわからないし、日本じゃ手に入りにくい食材を使った料理もある。これから試行錯誤していこう。


 他にも、業界の裏話や、世界的にモデルや映画俳優、ミュージシャンとのエピソードも教えてくれた。普通に友達らしくて、プライベートで普通に会話してたし。何名かはテレビ電話で会話することも出来た。いやー、実にいい経験でした。


 ただ、一つだけ言えることは、下ネタについていけない、ということだ。ついていかなくていいんだけど、質問されると言い淀むよね。そもそも俺はまだ経験ないってば!


 あぁ……考えたら一気に疲れが襲ってきた。後輩ちゃんと桜先生に早く癒されたい。


 ドアを開けると、暖かい空気が吹いてきた。



「ただいまー」



 部屋の奥から、トタトタと足音を響かせて、ニッコニコ笑顔の二人が出迎えてくれる。



「おかえりなさーい」


「おかえり、弟くぅーん!」



 ふむ。いつも以上に元気だ。何かがおかしい。一体どうしたんだ?


 まあ、良からぬことを企んでいるのだろう。それしか考えられない。取り敢えず、手洗いうがい顔洗い! 基本だよね!



「ニヤニヤ、ニヨニヨ」


「ドキドキ、ワクワク」



 絶対に何かを企んでるぅ~! わかりやす~い!


 口で言っている二人にじーっと見つめられながら、貴重品を置くために寝室へ……。



「今日どこか出かけた?」


「「 ギクッ!? 」」



 ギクッて口で言う人なんていないよね、普通は。でも、ウチの後輩ちゃんと桜先生は普通じゃないから言うんです。わかりやすく身体をビクッと震わせ、冷や汗を流しながら視線をあちこちに彷徨わせる。


 隠すつもりはないらしい。というか、外出着が脱ぎ捨てられているから。


 珍しい。超インドア派の二人が外出するなんて、明日は大雪か?


 二人だけで外出して大丈夫だっただろうか? 超絶可愛い美少女と絶世の美女だ。ナンパとかされなかったかな?



「な、なんのことですかー? 私たちはどこにも出かけていませんよー」


「お、弟くんの気のせいよー。お姉ちゃんたちは……そう! ファッションショーをしていたの!」


「その通り! 先輩を誘惑するために、常日頃から陰でコソコソと頑張っているんです!」


「ポーズのとり方とか、そういうことよ!」



 わっかりやすい言い訳。最初のほうは超棒読みだった。騙される人なんかいないだろう。


 出かけたのは確実。その目的はもうわかっている。時期的に俺の誕生日プレゼントを買いに行ったのだろう。


 気付かないふりでもしておきますか。



「そうなんだ。てっきり、プレゼントでも買いに行ったのかと思ったよ」


「「 ギクッ!? 」」



 ビクンと体を震わせる二人。揶揄うって楽しいなぁ。攻められるときに攻めないと勿体ない。存分に愛でさせてもらいましょう。



「そうだ。偶には別の部屋で寝るか。後輩ちゃんの部屋とか姉さんの部屋で寝るのはどうだ?」


「そ、それは止めた方が良いですよー。ほ、ほら、ベッドや毛布や枕が変わると寝つきが悪くなるでしょ? この部屋がいいです。いえ、この部屋じゃないとダメなんです!」


「そうよ! お姉ちゃんの部屋は絶対にダメ! 汚いから!」



 ふむふむ。買った物は桜先生の部屋に隠してあるのか。わかりやすいなぁ二人とも。



「汚いのか? なら今すぐ掃除を」


「ダメー! 絶対ダメですー! 今日はもう遅いから、ね?」


「弟くーん。お姉ちゃんたちお腹減ったなぁー。お風呂で温まりたいなぁー」


「そうだよね、お姉ちゃん。先輩、余計な仕事を増やさなくていいんですよ。今確実にしなければならないことをするべきです!」



 まあ、これくらいにしてあげよう。アタフタと慌てる二人を愛でることが出来たので、俺は満足です。可愛かったなぁ。


 偶にはこういうのも悪くない。



「そうか。なら、二人のために美味しい料理を作って、お風呂の準備をしようかな」


「「 わーい! 」」



 キッチンに向かおうと二人に背を向けた瞬間、ふぅー、と安堵の息が聞こえてきた。同時に、ボソボソと囁き合う声も聞こえてくる。



「何とかなったね、お姉ちゃん」


「何とかなったわね、妹ちゃん」


「先輩ってチョロいよね」


「弟くんはチョロいわよね」



 おいコラ。全部聞こえてるぞ! 確かにチョロいことは認めるが、今回はわざとだからな!


 中学時代に、俺が隠してた誕生日プレゼントを後輩ちゃんは見つけたよね? 俺は忘れてないぞ。同じ目にあわせてやろうか? 俺はいいんだぞー。



「あぁー突然姉さんの部屋を掃除したくなってきたなぁー」


「っ!? 掃除なんかしたらダメでーす。ご飯作りましょー」


「っ!? お風呂の準備もお願いねー。そしたら、お姉ちゃんと妹ちゃんがお風呂の時と寝る前にたっぷりと癒してあげるから!」


「お姉ちゃんの言う通り! 先輩はバイトで疲れてますよね? 疲れた先輩を癒すのが私とお姉ちゃんのお仕事なのです!」



 後輩ちゃんと桜先生によって背中をグイグイ押される。必死なのが伝わってくるなぁ。可愛い。


 その可愛さに免じて止めてあげましょう。俺ってとことん二人に甘いなぁ。


 キッチンに押されながら、背後の二人に問いかけた。



「今日はファッションショーをしていたんだよな?」


「そ、そうですよ」


「それがどうかしたの?」


「その成果を見せて欲しいなぁ」



 俺の最後の攻撃。ふっふっふ。もっと焦って慌てるがいい!



「いいですけど」


「うふふ。悩殺ポーズをしてあげる。覚悟しててね」



 あ、あれっ? あっさりと了承されちゃったんだけど。即答されちゃったんだけど。焦って慌てないの?


 俺は拍子抜けして、夕食作りに取り掛かった。


 この時の俺は何もわかっていなかった。よく考えればわかることなのに。


 相手は、常日頃から俺を堕とすために日々研究し、自分を磨いている猛者だ。俺がグッとくるポーズや角度を全て把握している。


 その後、お風呂場で行われた水着のファッションショーで、俺はあっさりと撃沈した。


 濡れた美少女と美女って卑怯だと思う……。

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