第241話 ぶっ壊れていた後輩ちゃん
寝転がっていた時、クルリと横に向いた瞬間、桜先生と唇が触れ合ってしまった。事故でキスしてしまった。
お互いに混乱して動けず、キスしたままの状態のところを、彼女である後輩ちゃんに目撃されてしまった。
後輩ちゃんは感情を一切変えずに立ち尽くしている。それが現在の今の状況だ。
ヤ、ヤバい。彼女の目の前で違う女性とキスをしてしまった…。後輩ちゃんの目の前で桜先生とキスをしてしまった。修羅場だ。凄惨な修羅場が巻き起こってしまう…。
俺は恐怖と罪悪感でカタカタと身体を震わせる。
後輩ちゃんはじーっと俺たちを見つめるだけ。それが逆に怖い。
「こ、後輩ちゃん! こ、これは事故で…本当に事故なんです!」
上ずった声で、何とか後輩ちゃんに説明しようとする。でも、必死で説明しようとすればするほど、嘘くさく聞こえるのは何故だろう。
後輩ちゃんは眉一つ動かさない。
俺は思わず、隣の桜先生に助けを求める。
「ね、姉さん! 姉さんも後輩ちゃんに説明して! これは事故だったって!」
身体を揺するが、真っ赤になって混乱している桜先生には俺の言葉が届かない。
「あわわ…! キス……しちゃった……弟くんとキス…しちゃった…あわわわわ! …初めての唇と唇のキッス…しちゃったわわわわわ!」
ダメだこりゃ。桜先生は余裕がないらしい。俺の助けはいない。
一切顔色を変えない後輩ちゃんが、無言でスタスタと近寄ってきた。
感情の変化がないのが怖い。せめて怒るくらいしてくれ!
踏まれるかも、と覚悟して目をギュッと瞑っていたが、一向に痛みは襲ってこない。
ふわっと後輩ちゃんの甘い香りが漂い、俺の腕に優しい柔らかさと温もりが伝わってきた。
「ふぅ~。やっぱり落ち着きますぅ~」
「へっ?」
あ、あれっ? 後輩ちゃん? 何故何事もなかったかのように、自然に横になって俺の腕に抱きついてきたの? 逆に怖いんだが!? 怒られるよりも猛烈に恐怖を感じるんだが!?
リラックスして一切怒っていない後輩ちゃんが、不思議そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたんですか、先輩?」
「あっ、いや…俺、事故とはいえ、姉さんとキスしちゃったぞ?」
「はい」
「お、怒らないのか?」
恐る恐る聞くと、後輩ちゃんはキョトンと首をかしげる。何を言っているのかわからない、と言う表情だ。
「何故怒る必要があるんですか? 先輩とお姉ちゃんですよ? 姉弟でキスするのは普通ですよ? キスも性処理も子作りも姉弟なら普通のことじゃないですか」
そ、そうでしたぁー! 後輩ちゃんと桜先生は、姉弟に関する常識がぶっ壊れていましたー! 助かった…。いや、これは助かったのか? 喜んでいいのか!?
「というか、今までお姉ちゃんにキスしていなかったんですか? てっきり私はしていると思っていたのですけど」
「頬にキスはしたけど、唇と唇はしていません」
「もう! ダメじゃないですか! お姉ちゃんが可哀そうです!」
はい。ごめんなさい。これからは桜先生にもキスを…………ってするわけないだろうがぁ!
危ない危ない。二人の謎理論に毒されて洗脳されてしまう所だった。俺の常識が正しい! 常識よ、頑張ってくれ! 二人に染まってしまうな!
「うふふ…うふふふふ…!」
あわわ、と可愛らしく混乱してあたふたしていた桜先生が、急に不敵に笑い出した。立ちあがって、天に向かって手を挙げる。なんかキメ台詞を言うヒーローの決めポーズみたい。
「私、桜美緒、永遠の二十歳は、とうとう弟くんの唇にチューをしてしまいました! 地獄のお父さん、お母さん、私やったよ! また一歩、大人の女性になりました!」
いくつか言いたいことはあるんだが、これだけは言いたい。
亡くなったご両親が地獄にいると決めつけるのは止めようよ! 言うなら天国でしょうが!
「ちっちっち! 違うわよ、弟くん。今ここが、この場所こそがお姉ちゃんにとっては天国なの。それ以外は全部地獄よ!」
なんだその考え方は。まあ、気持ちはわからなくもない。確かに、後輩ちゃんとキスするときは、その場所こそが天国になる。
というか、桜先生は
後輩ちゃんが嬉しそうにパチパチと手を叩く。
「お姉ちゃん。ファーストキスおめでとー!」
「ありがとー妹ちゃん。でも、お姉ちゃんは一つだけ不満があります。それは、このキスが事故だったことです! もっとロマンティックにキスをして欲しかったです! やり直しを要求します!」
「ロマンティックな雰囲気じゃないので、その要求を却下します」
「えぇー!」
桜先生が床に座り、俺の身体をペチペチと叩いてくる。後輩ちゃんも桜先生の味方になって、ペチペチと叩いてくる。俺に味方はいない。
「いいじゃない。しましょうよ~」
「先輩、お姉ちゃんが可哀そうです」
「だって、姉さんが自分でロマンティックにキスしてほしいって言ったじゃないか。永遠の二十歳の大人のお姉さんなら我慢できると思いまーす」
言ってしまった後に俺はハッと気づいてしまった。後悔が襲ってくる。
俺の言葉は、ロマンティックな雰囲気だったらキスをする、と言ったようなものだ。ヤバい。俺の馬鹿!
「聞いた聞いた? お姉ちゃん、先輩はロマンティックな雰囲気だったらキスしてくれるんだって!」
「聞いた聞いた! じゃあ、永遠の二十歳の大人のお姉ちゃんは我慢しまーす!」
くそう! やっぱりそうなるよな。俺の馬鹿野郎!
桜先生も横になって機嫌良さそうに俺の身体にギュッと抱きついてくる。
「うふふ。妹ちゃん。弟くんと一緒に幸せになりましょうねー!」
「ねー!」
幸せそうな姉妹にぎゅっと抱きつかれる。柔らかくて温かい。甘い香りが脳を蕩けさせる。
俺はそのまま天井を仰ぎ見た。
誰か…常識がぶっ壊れたこの姉妹を何とかしてくれ…!
唯一の常識人の俺は、心の中で盛大に嘆き、叫んでいた。
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