第180話 拗ねた後輩ちゃん

 

「………ぷいっ!」



 いつもの夕食。俺と後輩ちゃんと仕事から帰ってきた桜先生とご飯を食べている。


 普段なら賑やかな夕食風景なんだが、今日だけは静かだ。


 桜先生は気まずそうに、俺と後輩ちゃんをチラチラと見ている。


 後輩ちゃんは俺と視線を合わせようとしない。


 険しい顔つきを頑張っているが、ご飯が美味しいのでにやけてしまい、残念ながら口元がずっと緩んでいる。


 でも、ぷいっと顔を逸らしたままだ。



「後輩ちゃん。近くにあるお醤油を取って」


「………………ぷいっ」


「お願いします」


「………………ぷいっ」


「………姉さんお願い」


「わ、わかったわ」



 俺は桜先生からお醤油を受け取り、気まずい沈黙が流れる。


 しばらく、無言の食事が続き、耐えられなくなった桜先生がおずおずと聞いてきた。



「ねえ? 二人とも喧嘩したの?」


「いや、喧嘩はしてないんだけど………なあ、後輩ちゃん?」


「………………ぷいっ!」


「弟くん、妹ちゃんに何をしたの?」


「なんで俺のせいって決めつけるの!? まあ、したのは俺なんだけど。えーっとですね、いつも通り後輩ちゃんに揶揄われたから、仕返しとして体育服のズボンのポケットに手を突っ込んでやりました」


「ふむふむ。いつも通りのイチャイチャね」



 桜先生が納得したように深く頷いている。


 いつも通りのイチャイチャって何だよ! 俺はただ揶揄われたからやり返しただけだ!


 桜先生が俺に続きを促す。



「それで? 弟くんはそれからどうしたの?」


「えっ? それだけだけど」


「えっ?」



 桜先生が目を丸くして、それだけなの?、と驚いている。


 これがそれだけなんだよなぁ。俺はそれから何もしていない。


 ごはんの準備をしたり、お風呂を洗ったりしていたので、俺は何もしていない。



「じゃあ、なんで妹ちゃんは怒ってるの?」


「いやいや。後輩ちゃんは怒ってないぞ。俺に仕返しされたのが悔しくて拗ねてるだけ」


「………………拗ねてないです」



 後輩ちゃんは一言だけ反論すると、またぷいっと顔を逸らしてしまう。


 頬がリスやハムスターのように膨らんでいる。


 うぅ……あの頬の膨らみを指でツンツンしたい…。


 桜先生は安堵したような困惑したような複雑な表情で確認してくる。



「じゃあ、二人は喧嘩したわけじゃないのね?」



 俺と後輩ちゃんは同時に頷く。そして、後輩ちゃんはぷいっと俺から顔を逸らす。


 はぁーよかったぁ、と桜先生は安堵の息を吐いた。



「二人は付き合ってすぐなのに、喧嘩しちゃってどうなることかと不安で不安で……よかったぁー! そうよねそうよね! 二人は喧嘩なんかしないわよね!」


「えっ? 普通に後輩ちゃんと喧嘩するぞ」


「うんうん、今までに何回もある……あっ! ……ぷいっ!」



 後輩ちゃん………そんなに無理に顔を逸らさなくても……。もう普段通りにしたら?


 ふと見ると、桜先生は何故か硬直していて、急にガタリと椅子から立ちあがった。



「えぇっ!? 二人とも喧嘩するの!?」



 思わず叫んじゃう桜先生。


 あまりの驚きように、俺と後輩ちゃんは思わず顔を見合わせてしまった。



「まあ、たまに」


「そりゃあ、私たちも喧嘩ぐらいしますよね。最後に喧嘩したのはいつでしたっけ?」


「えーっと…もう一年くらい前じゃないか? 楓の誕生日プレゼントを選びに行った時に、どっちがいいのか喧嘩になった」


「あぁ~そうでしたそうでした。結局両方とも買おう、という結論に至りましたけど」



 そうだそうだ。あれはお店で静かな口論になったな。


 結局、楓は俺と後輩ちゃんのプレゼントをどっちも喜んでくれたけど。



「初めて喧嘩したのも思い出深いですね。出会ってすぐ、私がも猛アプローチをかけたら、先輩がキレて言い合いになりましたね」


「うわぁぁああああああ! 思い出させるなぁあああああああ! それでストップして! 後輩ちゃんお願いだから!」



 慌てて後輩ちゃんの口を塞ごうとするが、スルッと華麗に逃げる後輩ちゃん。


 ニヤニヤと笑いながら後輩ちゃんが暴露してしまう。



「アプローチをかける私に、止めろ、と拒絶する先輩。口論になって、先輩は心から叫びましたね。『俺だって甘えたいんだ!』でしたっけ? ふふふ。一言一句覚えてますよ。あれは衝撃的でした。思わずキョトンと固まってしまいましたよ」


「うわぁぁああああああ! うわぁぁああああああ!」



 恥ずかしいよ! 俺の黒歴史を暴露しないでくれ! 思い出させないでくれ!


 でも、ニヤニヤと悪戯っぽい笑顔を浮かべる後輩ちゃんは止まらない。



「あの後、真っ赤になった先輩は、恥ずかしそうに膝枕を要求してきましたね。真っ赤になりながら私の脚を堪能する先輩は可愛かったですよ♡」


「やめろぉぉぉおおおおおお! やめてくれぇぇぇえええええええ!」


「あの後からですね。先輩が時々私に甘えてくるようになったのは。いやー懐かしいです!」


「………くっ! 恨むぞ後輩ちゃん! やり返すからな!」



 俺はキッと後輩ちゃんを睨んだ。


 後輩ちゃんは怯むことなく、楽しそうに高笑いをする。



「オーホッホッホ! やれるものならやってみてくださいよ! 私は先輩の黒歴史なんかたくさん持っていますから!」


「ほう……奇遇だな。俺も後輩ちゃんの黒歴史をたくさん持っているんだ。もちろん証拠もある」


「…………えっ?」



 突然の暴露に、後輩ちゃんが固まった。


 俺はニヤリと笑って、情報を一つ開示する。



「俺には、後輩ちゃんが昔書いたラブレターの原本を持っている」


「………えっ? えぇぇぇえええええええええ! それは楓ちゃんと一緒に書いて、結局ボツにしたそのラブレターですかぁぁぁああああああ!?」


「そうだ」


「なんで先輩が持っているんですか!? 楓ちゃんが処分したはず………………楓ちゃんか! 楓ちゃんなのかぁあああああ!? 何やってるのぉぉおおおおおおおお!?」



 後輩ちゃんがあまりの恥ずかしさに絶叫している。


 いやー、結構熱烈なラブレターでしたよ。楓とふざけたこともあり、ポエムのようなものも書いてあったりして面白かったですよ。


 詳しい内容は後輩ちゃんの名誉のために黙っておきますが。



「他にもいろいろとあるぞ。情報源は、楓だけじゃなく、とある奥様と旦那様から……」


「おかーさぁーん! おとーさぁーん! 何やってくれてんのぉー!」


「さあ、後輩ちゃんどうする?」


「くっ! こうなったら口封じをするしか……! とりゃっ!」


「うおっ!? 急に飛び掛かってくると危ないだろ! って、どこに手を突っ込んでんだ!?」


「先輩のズボンのポケットに決まっています! それそれぇ~!」


「あっ……後輩ちゃん止めろ! くすぐったいから! やめろぉぉぉおおお!」


「止めません! 覚悟!」



 というわけで、いつの間にか拗ねるのを止めた後輩ちゃんと、しばらくの間、ワチャワチャと格闘を続けていたのだった。











「やっぱり弟くんと妹ちゃんは仲がいいわねぇ。ごちそうさまでしたっと」


 桜先生はしれっとご飯を食べ終わり、二人のイチャイチャを眺めながら、食後のお茶を呑気に飲んでいたとさ。

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