第148話 露天風呂と後輩ちゃん
満点の夜空が見える男湯の露天風呂に俺は浸かっている。
流石高級温泉旅館のお風呂だ。すごいとしか言いようがない。
温泉だけじゃなく、視覚から癒される空間だ。
お湯に浸かり、ぐてーっと脱力させて疲れを癒している俺。
でも、対照的に他の男子たちは男湯と女湯を隔てる壁に耳を押し付けて興奮している。
何故なら、女性陣の声が聞こえ、様子が伝わってくるからだ!
「気持ちいいねー! マジ最高!」
「だよねー! このお肌のハリと潤い! ずっとこうしていたいわー!」
「もっちりふわふわのマシュマロすごーい! 流石巨乳の美緒ちゃん先生!」
「あんっ、だめっ! 温泉! 私のおっぱいを触るんじゃなくて温泉を楽しみなさーい! あぁんっ♡」
「温泉だからこそ触るのだ! うほー! 何この感度! このくびれ! 大きいけど、それがいいお尻! ムチムチの太もも! マジヤバいわー!」
いや~ん♡、と女子たちにいろいろと触られているであろう桜先生の嬌声が男湯にまで聞こえてくる。
男子たちは悶々とし、手で股の辺りを必死で押さえている。
まあ、俺も年頃の男だ。気持ちはわかる。今は興奮を抑えているけど。
「おーい! 女性諸君! こっちまで聞こえているぞー!」
俺は声を張り上げて女子たちに注意したが、男子たちに一斉に睨まれた。
余計なことをするな、と今までで一番殺気を放っている。今にも殺されそうだ。
殺す殺す殺す、と睨まれていると、女湯の露天風呂から大声で返答された。
「だいじょーぶ! 聞かせてあげてんのー! 直接見れない分、想像しやがれー!」
「想像するだけなら何を考えても憲法でも許されてるよー! 感謝しろ男子どもー!」
「「「「ありがとうございます!」」」」
男子が一斉に頭を下げてお礼を言った。深く頭を下げたことで、顔を水面に打ち付けている。
ウチのクラスの女子って変わってるなぁ。許すんだ。許しちゃうんだ。
まあ、声の主である桜先生は許しているかどうか知らないけど。
女子に許された男子が、より一層聞き耳を立てて想像を働かせている。
女湯の露天風呂から女子たちの楽しげな声が聞こえてくる。
「美緒ちゃん先生もいいけどさ、やっぱり葉月もすごいよね!」
「ふふんっ! どやぁ!」
あっ、後輩ちゃんが胸を張ってドヤ顔しているな。女湯で絶対ドヤッてるぞ!
「くそう! このドヤ顔まで可愛すぎるなんて反則だ!」
「同じ女として勝てないわぁ」
「女のあたしでもムラムラするんだけど! 何このバランスの取れたプロポーション! ミロのヴィーナスより美しくない? 腕があるぶん絶対葉月のほうが綺麗だよ!」
「ふっふっふ! すべては先輩のため! 先輩のために努力を怠らず、先輩の好みの体形を日々維持しているのです! 私のこの身体は全て先輩のモノなのです! どやぁ!」
ヒューヒュー、と冷やかす声や、颯くん愛されてるよー、という声が女湯から聞こえて、俺は猛烈に嬉しさと恥ずかしさで胸がいっぱいになる。
そして、股を押さえながらずっと聞いていた男子から呪殺されそうな視線で睨まれる。
「オマエ、アトデ、コロス」
「コロス、コロス、コロス」
「シネ、シネ、シネ、シネ」
「リアジュウバクハツシロ」
無表情で唇を動かすことなく片言で呟く男子たち。
怖いです。物凄く怖いです。俺、ホラー苦手なんだけど! 死の恐怖もあるから、今夜は後輩ちゃんのいる女子部屋に避難しようかなぁ。
女湯のほうからはキャッキャと楽しそうな声が響き、男湯では冷たい殺意の嵐が吹き荒れている。
女子たちの会話を聞いていた男子の内、一人が股を両手で押さえながら勢いよく立ち上がった。まあ、前屈みにはなっているけど。
「決めた! 俺は行くぞ! 俺は混浴露天風呂で女子を待っている!」
おぉ、と歓声が上がる男子たち。勇者だ、と称え始める。
それを聞いた二人の男子も前屈みになりながら立ち上がった。
「俺も行く!」
「俺もだ! 誰よりも先に
股を押さえた三人は、魔王に立ち向かう勇者の顔つきで頷き合い、他の男子の歓声を受けながらよろよろと混浴露天風呂へと消えていった。
行くのは勝手だ。絶対に女子は行かないと思うけど。
勇者の三人を見送った男子たちは覚悟を決めた顔つきになる。
「こうなったら俺も……」
「そ、それはスマートフォンだと!?」
「完全防水仕様だ! このスマホを録画を起動させたまま空中へ放り投げると…」
「女湯が録れるかもしれない!」
「そういうことだ!」
頭いい、と盛り上がっているが、それは犯罪だろうが!
盗撮は犯罪だぞ! ………………盗撮は犯罪なんだけど、俺も日常的に後輩ちゃんの寝顔とか盗撮していたり………これは別だ! 別なんだ! 後輩ちゃんも撮ってるからお互い様というか、了承済みだ! そうだ、そうに違いない!
俺が後輩ちゃんへの盗撮を正当化していると、スマホを持った男子が股を押さえながら空中に放り投げてしまった。
しまった。止められなかった。どうしよう!
スマホを奪い取って映像を消してやろうか、という考えが頭によぎった瞬間、俺はあり得ない光景を見て固まってしまった。
「へっ?」
男湯と女湯を隔てる壁の上部から、何やら黒い筒のようなものが出てきて、投げ上げられたスマートフォンをロックオンすると、先端からビームが飛び出して行った。
ビーム光線がスマホを捉えると、ジュンッ、と溶けるような音を立ててスマホが跡形もなく消滅した。
役目を終えたビーム兵器は、再び音もなく壁の中に戻っていく。
なにあれ? ビーム兵器?
「ぬおぉぉおおおおおおお! 俺のスマートフォンがぁぁあああああああ!」
スマホの持ち主の男子が床に四つん這いになり、拳で床を叩きながら血の涙を流して悲しみの声を上げている。
他の男子と同様に俺も固まっていると、女湯のほうから女子の声が飛んで来た。
「そうそう! 変なことはしないほうがいいよー! 迎撃準備はバッチリらしいから!」
「話を聞いたときに、どこの軍事要塞だ! って思わず叫んじゃったもん!」
「特に混浴のほうから女湯に入ろうとしないほうがいいよ~! 最悪の場合オトメになっちゃうからね~!」
オトメ? さっきの俺のように女装でもされるのかな、とのんびり思ったら、丁度混浴のほうから、おうふぅっ、と思わず股間がヒヤッとする呻き声が聞こえてきた。
男子全員が今の声で顔を真っ青にしている。
温かい温泉のはずなのに、冷や汗が止まらない俺たちの前に、混浴に行った三人の男子がよろよろと戻ってきた。
三人とも顔を真っ青にして、内股になり、両手で股を押さえている。
「俺の……俺の息子が………」
「マイサンが……大事なマイサンが……」
「………」
三人目に関しては、ブクブクと口から泡を吹いている。
迎撃兵器によって股間を強打された三人は、バタリと倒れ込んでピクピクと痙攣し始めた。
俺たちは思わず股間を押さえて震えあがる。男子たちはさっきまでの興奮は吹き飛んでしまったらしい。
「男子諸君は、たかが覗きのために男を辞めたいかい?」
女子からの問いかけにフルフルと首を横に振ることしかできない。
俺たち男子は心が一つになった。今は余計なことをせず、ただ温泉を楽しもうと。
床で倒れ伏した三人に黙とうを捧げ、俺たち男子は楽しげな女湯の声に耳をすませて、無我の境地で温泉を楽しむのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます