第133話 遊園地デートと後輩ちゃん その9
「学校怖い……先生怖い……教室怖い……女子怖い……後輩ちゃん怖い……」
「失礼な! 私は怖くなんかありません! 可愛いのです!」
「………………可愛い後輩ちゃんが怖い……怖い後輩ちゃんが可愛い…」
「ふむ! ……結局怖がられている気がしますが、まあいいでしょう」
俺の精神安定剤であり恐怖の元凶でもある後輩ちゃんは、納得いかなそうな顔をしているが、無理やり納得したようだ。
うぅ……怖いよぉ…。
今ちょうど夜の学校のお化け屋敷から出たところだ。俺はガクガクブルブルと震えながら、必死に後輩ちゃんを後ろから抱きしめている。
周りから奇異の目で見られるが、そんなことどうでもいい! 今は後輩ちゃんを抱きしめて精神を安定させなければ! じゃないと俺は泣く! 子供のように泣いちゃうから!
後輩ちゃんを抱きしめながら、俺たちはよちよちと歩いて行く。
「あぁ…怖かった…」
「あぁ…気持ちよかったです…」
何やら後輩ちゃんの感想がおかしい。
お化け屋敷が気持ちよかっただと? そんなに俺が恐怖に震えている姿が楽しかったのか? 後輩ちゃんはドSだったのか?
後輩ちゃんがキョトンとして、どこか恍惚とした色っぽい笑みを浮かべる。
「あれっ? 気づいていないんですか? 先輩が恐怖で叫ぶたびに私のおっぱいを鷲掴み、モミモミと揉みしだいたではありませんか! いつもあれくらい積極的ならいいのに…!」
「なん…だと!? 後輩ちゃんの胸を揉んだだと!? くっ! あまりの恐怖で覚えていない! 思い出せ俺! 後輩ちゃんの胸の感触を思い出せっ!」
「あらら…恐怖で先輩がおかしくなってます。普段ならそんなこと言わないのに…。そんなに悔しがらなくても家で触らせてあげますよ! まあ、今の私はテンションMAXでイケイケモードなので気絶しませんけど、家に帰ったら気絶しちゃうかもしれませんね」
揶揄うような口調の後輩ちゃん。やはり後輩ちゃんもちょっとおかしいらしい。普段なら顔を真っ赤にしながら揶揄うのに、今は全然顔が赤くなっていない。
時々あるんだよなぁ。後輩ちゃんのイケイケモード。
イケイケモードの後輩ちゃんがテンションを限界突破させる。
「そんなに私のおっぱいが触りたいなら、先輩が無意識に触る場所へ行きましょう! レッツゴーですよ!」
「ま、待て! それってお化け屋敷じゃないのかっ!? 絶対お化け屋敷だよな!? ちょっとは休憩を………嫌ぁぁぁあああああああああああああ!」
叫ぶ俺を気にせず、よちよちと歩いて、俺は後輩ちゃんに次のお化け屋敷に連れていかれた。
次のお化け屋敷は廃病院がモデルのお化け屋敷のようだ。
係員の女性が血だらけの特殊メイクをして、血しぶきがついたナース服を着ている。
俺は後輩ちゃんに抱きついて、ガタガタと震えるしかできない。
嫉妬と殺意の視線の中に、同情と憐みの視線が含まれている気がする。
順番待ちをしていると、後輩ちゃんがナース服の係員の女性を見つめながら問いかけてきた。
「先輩。私がナース服のコスプレをしたら喜びますか?」
「はい!」
「そ、即答ですか…。先輩が恐怖でおかしくなってますね…いや、理性が上手く働いていないのでしょうか? まあ、いいです。お姉ちゃんや我が師匠の楓先生に聞いてみますか」
我が妹は後輩ちゃんの師匠なのか。変な知識を植え付けないで欲しいけどなぁ。
でも、まあ、楽しみにしておこう。
あっという間に来てほしくない時間が来てしまった。にっこりと微笑んだ血だらけの看護師がお化け屋敷の入り口に案内してくれる。
俺はもう泣きそう。泣いてもいいかな? 泣いてもいいよね? 俺泣いちゃう!
後輩ちゃんが振り返って、とても可愛くて綺麗で輝く満面の笑みを浮かべている。
「先輩! 逝きましょう!」
「いやぁぁああああああああああああああああああああああああ!」
泣き叫ぶ俺はお化け屋敷に連れ込まれた。
消毒の匂いが漂う薄暗い病院の廊下。緑色の照明がチカチカと点滅している。
あちこちに飛び散っている血の跡。廊下の脇に小さな手や足が落ちている。
「ひぃっ!?」
「おぉ! 見た感じ子供の手足ですねぇ。ここ、小児病院なんですかね?」
ガタガタと震え、後輩ちゃんの身体に顔を押し付けて隠すが、後輩ちゃんは細かいところまで冷静に観察して説明してくれる。
聞きたくない! 聞きたくないけど、後輩ちゃんの声で安心する。
俺たちはよちよちと歩いて病院の中を彷徨う。
ギギーっと後輩ちゃんが扉を開けた。その先は手術室が広がっていた。
手術台には、顔を白い布で覆われた死体が横たわっており、その脇に、手術の担当医と看護師が血だらけでじっと立っている。
何もせず、じっと俺たちを見つめている。それが異様に怖い。
「お疲れ様でーす!」
後輩ちゃんが元気よく挨拶した。
その声をきっかけに、手術台の死体がバッタバッタと大きく痙攣を始めた。
「きゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
「キャハハハハハハ! あはははははははは! あぁ~楽しい~! 先輩ったら可愛い~! もっと……もっと叫んで愛でさせてください…!」
後輩ちゃんの笑い声と、うっとりと陶酔した声が聞こえた気がするけど、今にも恐怖で気絶しそうな俺はちゃんと聞き取ることができない。
怖い……怖いよぉ…。俺の意識がだんだんと薄れていく……。
ハッと我に返った。
俺は意識が少し飛んでしまったらしい。気づいたら手術室ではなかった。
「あ、あれっ?」
「先輩? ようやく復活しましたか? さっきから悲鳴も上げず、私の問いかけにも答えず、ただ機械のように私のおっぱいを揉みながら歩いていましたよ? 大丈夫ですか?」
後輩ちゃんが心配そうに見つめてくれる。
俺は安心する温かい温もりを感じながら、後輩ちゃんの首筋に顔を埋める。甘い香りが鼻いっぱいに広がった。
何やら手が柔らかいものを包み込んでいる気がしないでもない。
「たぶん大丈夫。それでここは……?」
手の中の柔らかな感触を楽しみながら周りを見渡すと、産婦人科のような場所にいた。
ガラスの向こうに、沢山の赤ちゃん用のベッドがいくつも置かれている。ベッドは全てからっぽだ。
どこからともなく赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
『んぎゃー……んぎゃー……んぎゃー……あぅあぅ…』
「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいい!」
「あんっ♡ だからダメぇっ♡ んんっ♡ んぅ♡ あぁっ♡」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
暗い部屋の中に響き渡る赤ちゃんの泣き声。滅茶苦茶怖すぎる!
「あんっ♡」
「ひぃえええええええええっ!?」
「ひゃんっ♡ せ、先輩…今の私の声ですからぁ~!」
後輩ちゃんの声が、湧き上がる何かを必死で堪えている感じがするのは何故だろう?
うぅ……怖いよぉ…怖すぎるよぉ……今すぐ帰りたい…。
「はぁ…はぁ…はぁ…。先輩はあの突発性ハレンチ症候群の女性には無敵の主人公ですか!? 手つきが厭らしいです。まあ、いつも
息が荒い後輩ちゃんが何かを言っている。どうしたのだろうか?
泣き止まない赤ちゃんの泣き声。俺は後輩ちゃんに縋りつく。
「そんなに赤ちゃんの泣き声が怖いんですか?」
「だって…だって暗いから…不気味なんだもん!」
「ぐはっ!? 幼児退行した先輩……可愛すぎます…」
何故か胸を押さえて前屈みになって悶えている後輩ちゃん。俺は後輩ちゃんを後ろから抱きしめているため、同じように前屈みになった。
プルプルと震えていた後輩ちゃんはすぐに復活した。
「情けないですねぇ…。大人になったらやっていけるのでしょうか?」
大人になったらやっていける? 一体どういう意味だろう?
「先輩は子供好きですよね? なんで赤ちゃんの声が怖いんですか? あっ、もしかして、子作りが好きなんですか?」
「何言ってんだ後輩ちゃん!」
「場を和ませるジョークですよジョーク! 恐怖が吹き飛んだでしょう?」
確かに、テンション限界突破してイケイケモードの後輩ちゃんの下ネタで驚いて、恐怖は遥か遠い彼方に吹き飛んだけどさ。もっと他になかったのか?
ケラケラと笑っている後輩ちゃん。本当に楽しそうだな! そんなに俺を揶揄って楽しいのか!?
「では、先輩。ちょっと目を閉じて先輩の得意な妄想をしてみてください」
「せめて想像って言ってくれ…」
俺は赤ちゃんの泣き声が響く暗い部屋で、後輩ちゃんを抱きしめながら目を閉じた。
「妄そ…いえ、想像してください。私と先輩が、そ、その、結婚したところを!」
ふむ。白いウエディングドレスを着た後輩ちゃんと結婚式を挙げる。
ふむふむ。ドレスを着た後輩ちゃんは綺麗で可愛いですな。とても似合ってる。
結婚して同じ家で住み始めた俺と後輩ちゃん。
新妻の後輩ちゃんが家に帰った俺を出迎えてくれる。そして、お帰りのキスをする俺たち二人。きゃー!
ふむ。とてもいいですな! 俺の妄想は今日もバッチリ!
あ、あれっ? そういえば、今現在も妄想した結婚生活と同じことをしているような……考えるのをやめよう。
「うふふ。新婚生活…ハネムーン…行ってきますのキスにただいまのキス……一緒にお風呂に入って、ベッドの上ではあんなことやこんなことを…きゃー! ふむ。お風呂でするっていうのもいいですね……あ、あれっ? 似たようなことを今しているような…」
後輩ちゃんの妄想が口から出ている。俺と同じようなことを考えているらしい。
「後輩ちゃん?」
「あっ!? ゴ、ゴホン! 失礼しました。妄想を続けてください。私と先輩が結婚した後、赤ちゃんが産まれてパパとママになりました。うふふ…楽しみです!」
楽しみだなぁ。まあ、授かりものだから神様にお願いしておこう。
「私と先輩の愛の結晶である可愛い赤ちゃん。夜、夜泣きを始めました。先輩は怖いと思いますか?」
「いや、全然怖くないな」
「ですよね! 今の状況も全く同じです! 薄暗い部屋に響く赤ちゃんの声! 夜泣きしていると思えば全く怖くないんです! さあ、目を開けてみましょう!」
後輩ちゃんに言われた通り目を開ける。
暗闇に響く赤ちゃんの声。でも、全く恐怖はない。むしろとても可愛く感じる。
「おぉ! 怖くない!」
「でしょう、パパ? まあ、私たちの赤ちゃんは、そこにいる赤ちゃんみたいに目から血を流したりしないと思いますけど。もし、血が出てたら救急車呼ばないと…」
誰がパパやねん!、とツッコミを入れようと思ったが、ふと思った。そこにいる赤ちゃんとは何のことだろう、と。
俺は後輩ちゃんの視線の先を追って振り向いてしまった。
いつの間にか横に現れていた赤ちゃんの人形。
眼球のないぽっかり空いた暗い穴から血の涙を流している。
『……パパ……ママ………見ツけタァァアアアアアアア……』
「ぴぎゃぁぁああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は愛するママ…いや、奥さん…でもなく、後輩ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「もうパパったら! は~い、よしよし~。怖かったでちゅね~。この超絶可愛い後輩ちゃん、いや超絶可愛いママが…やっぱりこれはまだしっくりきませんね。子供いませんし……そうだ! あなたの愛する超絶可愛い奥さんが慰めてあげますね~! あぁ~よしよし~」
恐怖で震える俺は、後輩ちゃんが何を言っているのかわからなかったが、頭を撫でてくれたことで何とか気絶せずに済んでいた。
その後のことはあまり覚えていない。
絶叫したり、泣いたり、後輩ちゃんに驚かされたり、絶叫したり、絶叫したり、後輩ちゃんに驚かされたり、泣き叫んだり、後輩ちゃんに驚かされたり、後輩ちゃんに驚かされたり、後輩ちゃんに驚かされたり、記憶が途切れ途切れだ。
このお化け屋敷を出る頃には、俺は後輩ちゃんに縋りつき、大号泣をしているのだった。
そして、しばらくの間子供が苦手になるのだった。
……子供怖い……赤ちゃん怖い……後輩ちゃん怖い……もういやぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます