第127話 遊園地デートと後輩ちゃん その3 観覧車キス
遊園地デートをしている俺と後輩ちゃん。後輩ちゃんに引っ張って連れてこられた先には、巨大な建造物がそびえたっていた。
思わず上を見上げて感嘆の声を漏らしてしまう。
「でっかい観覧車だなぁ」
ゆっくりとゴンドラが回る観覧車。まだ遊園地は開園したばかりで、観覧車に乗る客は少ない。
後輩ちゃんも俺と手を繋いだまま巨大な観覧車を見上げている。
「思ったよりも大きいですねぇ。一周は約15分らしいですよ」
「よく知ってるなぁ」
「あそこに書いてあります」
後輩ちゃんが指さした先には観覧車の説明の看板があった。一周は約15分と書かれている。他にも、夜になるとライトアップするという情報と、夕焼けや夜景スポットとして有名、とも書かれている。
「さあ先輩! 最初は観覧車です!」
「最初でいいのか? 夕焼けとか夜景が美しいって書いてあるぞ? 『夜の闇の中でライトアップされた観覧車。男女で乗ったゴンドラ。ゴンドラから見える遊園地や街の明かり。緊張してぎこちない二人。頂上に着いたところで二人の距離が急接近し、二人の唇が…きゃー!』っていう展開になるんじゃないか?」
「ふっ。乙女ですね」
なん…だと!? 後輩ちゃんに鼻で笑われた!? 得意げに鼻で笑われた!?
「う、うっさい! 別にいいだろうが!」
恥ずかしくて顔が熱い。絶対に真っ赤になっているだろうな。顔から火が出そう。
だから後輩ちゃん。楽しそうにニヤニヤと俺の顔を観察しないで!
「えーゴホン! 観覧車は最後のほうがいいんじゃないか?」
咳払いして俺が問いかけると、後輩ちゃんはその質問を待っていたかのように不敵に笑い始める。
「ふっふっふ。だからですよ乙女先輩。あえて人が少ない時間帯を狙って、待つことなく観覧車に乗るんです! まあぶっちゃけ、私は夜景とかどうでもいいんですよね。先輩と一緒に乗れれば十分満足です。それに、お化け屋敷の後に乗れる自信はありますか?」
「ないです!」
俺は即答した。絶対にお化け屋敷の後はダウンする。動けなくなるのは確実だ。あぁ…行きたくないよぉ。嫌だよぉ。
まあ、俺も後輩ちゃんと観覧車に乗れればそれでいいか。どうせ夜景じゃなくて後輩ちゃんしか見ないだろうし。
「というわけで、人が少ない時間や先輩のことなどを考えると、観覧車が最初なのです! さあ! 行きましょう!」
後輩ちゃんが俺に腕を引っ張っていく。俺も後輩ちゃんについて行った。
従業員の男性が後輩ちゃんを見て固まるという事件があったものの、俺たちはほとんど待ち時間もなく観覧車に乗ることができた。
ゴンドラがゆっくりと昇っていく。
俺の隣に座った後輩ちゃんが目を輝かせて窓の外を眺めている。
「ふぉぉおおお! すごいです! すごいですよ先輩! おぉぉぉおおおおおお!」
テンションが上がって俺の身体をペシペシと叩きながら、後輩ちゃんが幼い子供のようにはしゃいでいる。
とても可愛い。そして、とても微笑ましい。桜先生のために動画録っておこう。
後輩ちゃんがはしゃいで揺れるゴンドラ。ちょっと怖い。
「さて、乙女先輩。先輩が妄想していたことを実践してもらいましょう!」
「だれが乙女先輩だコラ! それに妄想じゃない! 一般論だ! 一般論!」
まあ、俺の妄想ですけど。もちろんお相手は後輩ちゃん。観覧車でキスって憧れるよね?
「早くしないと絶好のタイミングが逃げちゃいますよ!」
顔を真っ赤にしている後輩ちゃん。キスを意識してしまって恥ずかしいのだろう。緊張して自棄になっている感じがする。
「絶好のタイミングって……まだ頂上に着くには時間があるだろ?」
「何言ってるんですか! キ、キスのタイミングは観覧車が90度上ったところと270度になったところの二か所ですよ! 頂上じゃありません!」
「そうなのか?」
「はい! 知ってますか? 頂上付近になると両隣のゴンドラから中が丸見えなんですよ? お隣の人にキスを見せびらかしたいのなら私も頑張りますけど…」
後輩ちゃんが顔を更に赤くして、声がだんだんと小さくなって消えていった。頑張るとは言ったものの、とても恥ずかしそうだ。
ふむ。確かに頂上付近になると隣のゴンドラの中が丸見えになってしまうな。見せびらかすつもりは全くない。
ということは、後輩ちゃんが言った通り、ゴンドラが90度と270度になった場所でキスしたほうがいいだろう。今は全然隣のゴンドラが見えないし。
「ちなみに、その情報はどこから?」
「楓ちゃんです! 実体験のようですよ?」
またあいつか! 我が妹はいろいろと経験が豊富らしい。
そろそろ後輩ちゃんと楓が言うキスの絶好のタイミングだ。
俺は隣に座る後輩ちゃんを見つめた。顔を真っ赤にし、緊張で視線を彷徨わせていた後輩ちゃんは、ギュッと目を瞑り覚悟を決める。
綺麗な瞳が俺を見つめてきた。
俺は後輩ちゃんの頬を優しく撫でる。後輩ちゃんはくすぐったそうに、そして、気持ちよさそうに目を細めた。
頬を撫でた手を後輩ちゃんの肩に添え、ゆっくりと顔を近づけていく。後輩ちゃんも顔を真っ赤にしながら目を閉じた。
心臓の音がバクバクと激しく脈打ってうるさい。
後輩ちゃんの甘い香りがふわっと漂い、お互いの熱い息が混じり合う。
俺の唇に後輩ちゃんの潤んで柔らかい唇の感触が伝わってきた。
「んぅっ」
後輩ちゃんの口から漏れ出る艶めかしい声。
俺はキスを続けながら後輩ちゃんの身体を優しく抱きしめる。
後輩ちゃんもおずおずと腕をまわしてきて、徐々に力を入れて抱きしめてくる。
俺たちは熱い抱擁を交わしながら、相手の身体、相手の温もり、相手の香り、相手の唇の感触、など全てを感じ取る。
どのくらいの間キスをしていただろう。
俺たちはゆっくりと唇を離した。
未だにキスが慣れない。恥ずかしくて体が熱い。
今すぐにでも離れたい。でも同時に、この腕の中のすべてが愛おしくて心地よくて離れたくない。
ウルウルと潤んだ瞳の真っ赤な顔をした後輩ちゃんと目が合った。
「………葉月」
「………はい、先輩」
「………………」
「………………………………………………何もないんですか?」
しばらくの沈黙の後、後輩ちゃんが俺の腕の中で不満そうに呟いた。
「えっ?」
「今、超いい雰囲気でしたよ? 告白するシーンじゃないんですか?」
「………………あぁ!」
俺は後輩ちゃんの言葉をしばらく考えて、ポンっと手を打った。
そういえば、今のタイミングは滅茶苦茶告白するのにぴったりだったな。
それに、俺、まだ後輩ちゃんに告白してなかった。すっかり忘れてた。
腕の中の後輩ちゃんが呆れてため息をついた。
「その様子だと全く考えていませんでしたね? 流石と言いますか、これが先輩ですよね…………ヘタレ!」
ご、ごめんなさい。ヘタレでごめんなさい。キスすることで精一杯で告白する余裕なんかありませんでした。
腕の中の後輩ちゃんがもう一度ため息をついた。それはもう深ーい深ーいため息だった。
「まあ、いいです。キスしてくれただけで満足です」
そして、後輩ちゃんは顔を真っ赤にしながらニカっと笑った。その笑みには、嬉しさや恥ずかしさ、期待と揶揄いの悪戯っぽさが浮かんでいた。
「先輩! 観覧車でキスする絶好のタイミングはあと一か所あるんですよ! 楽しみにしてますね!」
俺たちの乗ったゴンドラはそろそろ頂上へとたどり着く。
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