第104話 お盆の帰省と後輩ちゃん

 

 今日からお盆だ。桜先生もお仕事はお休み。そして、俺と後輩ちゃんは実家に帰省する。

 桜先生はお留守番……のはずだったのだが、何やら企んでいるようだ。後輩ちゃんとコソコソしている。


 俺が数日ぶんの料理を作っておこうか?、と聞いても、いらない、と言うし、ニコニコ笑顔で着替えを準備して泊りの準備をしている。


 これは明らかに俺の家か後輩ちゃんの家に来るな。まあ、寂しがり屋の桜先生をお留守番させておくのは心配だったので、気づかないふりをしておこう。



「せんぱーい! 私は先に帰っていますね!」


「はーい!」



 荷物を持った後輩ちゃんを玄関まで見送る。ファッションモデルのような後輩ちゃん。とても可愛い。ナンパされないか心配だ。ただでさえ人混みとか嫌いなのに。


 靴を履いた後輩ちゃんはクルッと俺のほうを向いて目を瞑った。そして、軽く顎を上げる。キス待ちの顔だ。


 俺は少し悪戯したくなったので、人差し指で後輩ちゃんの唇に触れた。後輩ちゃんが目を開けてムスッとする。



「むぅ! ここはキスするところです! まあ、これはこれでドキッとしましたけど」


「ごめんごめん。気をつけてな」



 後輩ちゃんの唇に優しくキスをした。柔らかな唇。ふわっと甘い香りが漂ってきた。


 顔を真っ赤にして恥ずかしながら離れる後輩ちゃん。何回しても慣れないらしい。唇を指で触って名残惜しそうにしている。その仕草がとても色っぽかった。



「では、先に帰ります。何かあったら電話しますので!」



 と言って後輩ちゃんは玄関の外に出て行った。ちょっと寂しい。


 後ろを振り返ると、両手で目を隠しながらも指の隙間からバッチリと覗いていた桜先生の姿があった。顔が真っ赤に染まっている。



「お、弟くんも妹ちゃんも大人ね」


「少なくとも男性経験皆無のポンコツ姉さんよりも大人だな」


「う、うぐっ! 弟くんの言葉がお姉ちゃんに突き刺さる」



 はぅっ、と胸を押さえて倒れ込む桜先生。でも、すぐに立ち上がると、大げさな荷物を持って靴を履き始める。



「じゃ、じゃあ、お姉ちゃんも先に出るね」


「行先は俺の実家か?」


「ギクッ! な、何のことかしら弟くん。私は真下の部屋に戻るだけよ。おほほほほー」



 ギクッとか口で言ってるし、そんな笑い方いつもしてないし、目が途轍もなく泳いでいるけど。嘘つくの下手すぎだろ。これは楓とかウチの両親が関わっているな。



「まあ、いいや。必要ないかもしれないが言っておく。ウチの母親は見た目小学生のロリババアで、父親はロリコンだから」


「わ、わかったわ。覚えておくわね」


 そして、クルッと振り返った桜先生は目を閉じて顎を上げる。後輩ちゃんの真似をしたらしいけど、明らかに顔を上げすぎ。某海賊女帝のようだ。


 もちろんキスをするつもりはない。俺は無言でおでこにデコピンした。



「あうっ! 弟くん酷い! お仕置きです!」



 桜先生がむぎゅッと抱きしめてきた。胸に顔を押し付けられて息ができない。く、苦しい。死ぬ!



「ぷはっ!? なにするんだ!?」


「おっぱふの刑? こういうの男の人って好きなんでしょ?」



 キョトンと首をかしげているポンコツ教師。



「あーはいはい。好きですよー」


「むぅ! 何その棒読み口調! 今度生のおっぱいでしてやる!」


「それはマジで勘弁してください」



 うふふ、と楽しそうに笑った桜先生は俺の頬にキスする。



「じゃあ、また後でね、弟くん♡」



 投げキッスまでした先生は、クルッと女優のように振り返ると颯爽と玄関のドアを開けて出て行った。ドアの隙間から後輩ちゃんの姿も見える。先生を待っていたのだろう。


 ドアが閉まり、ワイワイと楽しそうに喋る後輩ちゃんと桜先生の声がだんだん遠くなる。一人残された俺はしばらく佇んでいた。



「………………いろいろと家のことを片付けるか」



 混乱から復帰した俺はリビングへと戻った。


 ガスの元栓やら冷蔵庫の中身の確認、水回りの確認、コンセントの確認、鍵の確認、そしてそれを後輩ちゃんの部屋の分と桜先生の部屋の分まで終わらせる。もちろん、先生はいなかった。


 全て確認完了。帰るか。


 俺の実家は一人暮らしをしているアパートの市から電車で一時間半くらい。電車に揺られながらのんびりと移動する。そして、駅に着いて、そこから二十分くらい歩くと俺の家がある。普通の二階建ての一軒家だ。


 途中にコンビニに立ち寄ったけど。


 玄関を開けて家の中に入る。ひょっこりと妹の楓と出会った。



「ただいまー!」


「お兄ちゃんお土産は?」


「妹よ、第一声がそれかよ。まあ、ほれ」



 第一声がお土産についてだったのに少しがっかりとし、途中のコンビニで買ったプリンを妹の楓に渡す。



「ふむふむ。コンビニのプリンか。お兄ちゃんにしては気が利くではないか。おけーりー、お兄ちゃん」


「ただいま」



 プリンを持って過ぎ去っていく楓。後に続いて俺も家の中を進む。家のリビングで楽しそうに談笑している声が聞こえた。


 楓がリビングの扉を開ける。



「お兄ちゃんが帰ってきたぞー!」


「ただいま、父さん母さん………………そして後輩ちゃんと姉さん」


「「「「おかえり!」」」」



 渋くてダンディなおじ様の父、隆弘と、見た目小学生の幼女である母、風花が仲良さそうにイチャイチャしている。そして、二人と話す後輩ちゃんと桜先生。本当の娘のように溶け込んでいる。


 後輩ちゃんが悪戯っぽい笑顔でトコトコと俺の前に歩いてきた。



「おかえりなさい、せ~んぱい! ドッキリ大成功です!」



 家族全員がどこからともなく取り出したクラッカーを鳴らす。この光景ゴールデンウィークにも見たな。うん、気づいていたけど、驚いたふりをしよう。



「う、うわー。おどろいたー。びっくりしたなぁー」


「むぅ! 何ですか、その棒読み口調は!」



 頬を膨らませて拗ねている後輩ちゃん。可愛い。両手で後輩ちゃんの頬を潰した。ふすー、と後輩ちゃんが楽しそうに空気を吐く。


 おぉ…何というもち肌。気持ちいい。


 俺は後輩ちゃんの頬をムニムニしながら、ニコニコしながら座って手を振っている桜先生に話しかける。



「姉さん、隠すなら隠す努力をして! 全部バレバレでした!」


「えぇ!? 嘘!? 隠してたつもりだったのに!」


「数日前から泊まる準備をしていたし、家から出るとき『また後で』って言ってたじゃん!」


「し、しまったー!」



 えーっと、桜先生は俺の実家でもポンコツを隠さないようです。両親の前だとクールさが表に出ると思ったのに。俺の両親は温かく微笑んで桜先生を見つめてるし。


 後輩ちゃんが頬をムニムニとされたまま可愛らしく抗議してくる。



「ふぇんぱい! 帰っふぇきふぁなら、ふぁることがありまふ!」


「帰ってきてからやること? 手洗いうがいか?」


「それもそうでふが、ってやめふぇくだふぁい!」


「おぉ。すまんすまん。つい気持ちよくて」


「後でさせてあげます。んで、帰ってきてすることとは、キスです!」



 そう言って、後輩ちゃんは目を瞑る。後輩ちゃんは恥ずかしそう。顔を真っ赤にしてプルプルしている。いや、みんなの前でキスするのが恥ずかしいなら言うなよ。


 外野がヒューヒューっと囃し立ててくる。もう自棄になった俺はいつも通りただいまのキスを後輩ちゃんに施した。


 ポフンと爆発する後輩ちゃん。大盛り上がりの俺の家族。



「お兄ちゃんと楓ちゃんったらラッブラブ~! ヒューヒュー!」


「キャー! 弟くぅ~ん! 妹ちゃ~ん! 可愛い~!」



 真っ赤になった後輩ちゃんは楓と桜先生の抱きついて顔を隠す。何故恥ずかしいのがわかっているのに衆人環視の中でキスをおねだりしたのだろうか? みんなに煽られたのか?


 俺の両肩を誰かたポンっと叩いてきた。父さんと母さんだ。



「颯、大人になったな」


「あのヘタレの颯くんがね……」



 二人とも微笑んでいるはずなのに、何故か寒気が止まらない。口元はにっこり笑っているのに目が笑っていないのだ。


 父さんが静かな静かな声で口を開いた。



「それで? 僕のことをロリコンっていうのはどういうことかな?」


「お母さんのことをロリババアっていうのはどういうことかな? かな?」


「な、なぜそれを!?」



 思わず桜先生に視線を向けるがブンブンと首を横に振っている。


 父さんと母さんがニヤリと笑った。こめかみに青筋が浮かんでいる。



「やっぱりそういうことを言ったんだ。何やらイラッとした時があったんだよね」



 か、鎌をかけただと!? ウチの両親は超能力者か!?



「颯くん、正座」


「………………はい」



 俺は大人しく正座をするのであった。お説教をされることはなく、ただひたすらに正座するだけ。数時間正座していた俺は、痺れた脚を全員にツンツンされ、夕食を作ることが決定しました。


 ちなみに、桜先生はウチに泊まり、後輩ちゃんは実家に戻りました。






<おまけ>


「ひ、ひぃ~~~! みんな近寄るな!」


「さあ、みんなで颯くんの脚をツンツンしましょう! ツンツン!」


「うぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!」


「颯、父さんからの罰だ。ツンツン!」


「みぎゃぁぁああああああああああああああああああああああ!」


「おに~いちゃ~ん! ツンツン、ほれツンツン!」


「ぴびゃぁぁああああああああああああああああああああああ!」


「弟くん、ごめんなさい。ツンツン♪」


「あぎゃぁぁああああああああああああああああああああああ!」


「先輩! 覚悟! ツンツンツンツンツン♪」


「ほぎゃぁぁああああああああああああああああああああああ!」


「「「「「それツンツン♪」」」」」


「ぎょぁぁあああああああああああああああああああああああ!」



 その日、しばらくの間、楽しそうにツンツンする五人と、床で悲鳴を上げ、のたうち回る俺の姿があったとさ。


 父さん、母さん、ごめんなさい。


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