第87話 花火大会と後輩ちゃん その1

 

 ウワァーッとリンゴを切って、

 砂糖などと一緒に鍋にザバーッと入れて、

 しんなりするまでジュワーッと煮込んで、

 リンゴのフィリングが完成。


 次は、材料をドバーッと入れて、

 グワーッとかき混ぜて、

 ドリャーッとしてカスタードクリームの完成。


 パイ生地をソリャーッと並べて、

 フィリングとかカスタードクリームをホリャーと入れて、

 格子状のパイ生地をポイッと置いて、

 刷毛で卵黄をドバババッと塗って、

 熱したオーブンへ投入!


 後は待つだけだ。美味しくなりますように!


 待つ間に片付けなどをしようとしたら、ずっと観察していた後輩ちゃんが呆れた声で話しかけてきた。



「………先輩。語彙力。語彙力が全くないです。なんですか、ドリャーッとかジュワーッとかドバババッて! 丁寧に手際よく繊細にアップルパイを作っているのに、口から洩れている擬音は全然違うじゃないですか! もうちょっと違う言葉を使いましょうよ!」


「えっ? 俺、口に出てた?」



 後輩ちゃんと隣にいる桜先生が、うんうん、と深く頷いている。


 マジで!? 俺の心の中の声が洩れてた!? 恥ずかしい~!



「弟くんって料理の時によく独り言を言ってるよね。美味しくなぁれ美味しくなぁれ、とか」


「っ!?」


「今日も後輩ちゃん笑ってくれるかなぁ、美味しく食べてくれるかなぁ、とかも言ってますね。そんなに私の笑顔を見たいんですかぁ? 私のこと好きすぎじゃないですかぁ?」


「っ!?」



 なん……だと!? 全部聞かれていただと!?


 は、恥ずかしい。恥ずかしくて体がカァッと熱くなる。


 二人とも、恥ずかしいから俺を見ないでくれ! そんなにニヤニヤして見ないでくれ! 止めてくれぇ~!



「ふふふ。先輩が真っ赤になりました。可愛いです」


「うふふ。弟くんが顔を隠したわね」


「先輩安心してください! 先輩の大大大好きな超絶可愛い後輩ちゃんが、ちゃんとニパァ~ッと笑顔になってあげますので! 食事のたびに存分に見てくださいね!」


「じゃあ、お姉ちゃんもニパァ~ッと笑顔になったほうがいいわね。………写真撮る?」


「うがぁ~っ! もうやめろ! お願いだから止めてくれぇ~! 俺を揶揄うのを止めてくれぇ~! 俺死んじゃう! 恥ずかしくて死んじゃうから!」



 後輩ちゃんと桜先生は楽しげに顔を見合わせて、胸を張ってドヤ顔をしながら言い放つ。



「「もちろん止めません!」」



 うがぁ~! ムカつくほど可愛くて綺麗なドヤ顔だな! 俺死ぬ。これ以上揶揄われたら俺は死ぬ。誰かこの二人を止めてくれ!


 ピンポ~ン!


 天は俺を見捨てなかった。


 ニヤニヤ笑顔の後輩ちゃんと桜先生の更なる口撃が俺を襲う前に、家のインターホンが鳴った。誰かが訪問してきたようだ。



「チッ! 誰ですか邪魔をしたのは!?」



 憎々しげに舌打ちをする後輩ちゃん。もうちょっと上品になりましょうよ。可愛いんだから。



「お、俺が出るから!」



 俺は恥ずかしさを誤魔化すために玄関へ向かおうとするが、途中で後ろから後輩ちゃんに抱きつかれる。


 普段なら後輩ちゃんの柔らかさと温もりを堪能するところだけど、今は止めて欲しい。だって恥ずかしいから!



「逃がしませんよ~先輩! 私は恥ずかしさで真っ赤になった先輩を愛でるのです!」


「嫌ぁ~! 離せ後輩ちゃん!」


「嫌です!」


「じゃあ、お姉ちゃんが出るわね」



 俺が後輩ちゃんを引きはがすために格闘していると、横をサァッと通り過ぎた桜先生が玄関のドアを開ける。


 先生助けてくれよ! 後輩ちゃんをどうにかしてよ! あっ、先生は後輩ちゃん側だった。



「は~い! どちら様ですか~?」


「お兄ちゃ~ん! 私が…来た……よ……」



 聞こえてきたのは俺が良く知る人物の声。妹の楓の声だった。


 そう言えば、そろそろ来る時間だったな。すっかり忘れてた。


 ドアの隙間から見える楓の顔は桜先生を見つめたままフリーズしている。


 何故だろう? 見てはいけないものを見てしまった、と顔に書いてある。



「えっと? どちら様?」



 桜先生の問いかけで復活した楓が、アパート中に響き渡るほど大声で叫ぶ。



「えぇぇええええええええええええええええええ! お兄ちゃんの、お兄ちゃんの部屋から巨乳美人のお姉さんが出て来たぁぁぁああああああああああああああああ! は、はははははははははは葉月ちゃぁああああああああああああああああああん! お兄ちゃんが、あの超絶ヘタレのお兄ちゃんが不倫してるよぉぉおおおおおおおおおおおおおおお! お兄ちゃんが二股してるよぉぉおおおおおおおおおおおおおおお! 浮気だよ浮気ぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!」


「おいコラ! 大声で変なこと言うな! 俺は浮気なんかしてねぇ! 近所に誤解されて変な噂が流れるだろうが!」



 誰が超絶ヘタレだ! 誰が不倫してるだ! 誰が二股だ! 俺は浮気なんかしてない!


 俺の声が聞こえたのか、ドアの隙間から部屋を覗き込んだ楓と目が合った。



「おぉ! やっほーお兄ちゃん。相変わらず葉月ちゃんといちゃついておりますなぁ」



 今の俺は後輩ちゃんに押し倒されている状態だ。俺も後輩ちゃんも楓の大声で固まって固まっていた。傍から見たら抱き合っている状態だ。



「それで? この超絶綺麗で巨乳の美人なお姉さんは誰? お兄ちゃんの愛人さん? よく葉月ちゃんが許したねぇ。今から三人で始めるところだった? 3Pなの? もしかして、もう肉体関係持った?」


「持ってない! 姉さんはこの真下の部屋に住む人で、俺と後輩ちゃんの高校の先生なの!」


「学校の先生を姉さんって呼んでるの!? もしかして、教師と生徒の禁断の関係!? ぐへへ…私に詳しく教えるのだ!」


「目をキラッキラさせるな! 禁断の関係とかないから! その口から垂れる涎を拭け!」


「ぐへへ…おっと! お兄ちゃん、じっとりねっとり生々しく説明してね」


「………へいへい。説明するから中に入れ」



 もう反論するのも面倒くさい。はーい、と元気よく返事をした楓が、いつの間にか俺の上から退いた後輩ちゃんと仲良く喋りながらリビングへと向かう。


 玄関に残されたのは、今のでぐったりと疲れ切った俺と、何が起こっているのかわかっていない桜先生の二人。先生は訳がわからず戸惑っているようだ。



「えっと……もしかして…」


「姉さんの予想通りだと思うよ。あいつが俺の妹の楓です。いろいろと残念でうるさい奴だけど仲良くしてあげてください……」


「やっぱり! 可愛い妹ちゃんだねぇ」



 桜先生は楓のことが気に入ったようだ。目をキラキラさせている。


 すると、再びピンポーンとインターホンが鳴り、返事も待たずにガチャリとドアが開いた。



「おーっす! 俺も来たぞー! 楓ちゃ~ん! 俺を置いて行くなんて酷いなぁ~! でも、そういう所も可愛いけど」



 ずかずかと了承もなしに上がってきたのは楓の彼氏で俺の友達の鈴木田裕也。超イケメンのお金持ちの息子だ。手には沢山のビニール袋を持っている。お菓子やジュースを持ってきたようだ。


 裕也は玄関を入ったところで桜先生を見つけ、ドサッと荷物を床に落とす。



「な、なななななななななんで美緒ちゃん先生が颯の部屋にいるんだぁああああああああああああああ!? 浮気!? 不倫!? 二股か!? 義姉ねえさぁぁあああああああああん! 超絶ヘタレの颯が不倫してるぞぉおおおおおおおおおおおおおお!」


「うっさい! 近所迷惑になるから黙れ!」



 俺は裕也の頭をバコンッと殴りつけ黙らせる。そして、床に落ちている袋を半分持つと、痛みで頭を押さえている裕也に告げる。



「説明するからさっさとリビングへ来い!」


「あっ、お姉ちゃんも荷物持つね!」



 桜先生もビニール袋を持ってくれる。優しい姉だ。いつもはポンコツだけど。



「ありがとう姉さん」


「ちょっと颯! 美緒ちゃん先生が姉さんってどういうことだぁぁああああああああああああああああ!」



 袋を持つことなく、大声を上げながら掴みかかってくる裕也。


 あぁもう! 良いから黙ってついて来いよ! 近所迷惑だろうが!


 大声をあげる裕也を物理的に黙らせました。俺は悪くない。俺は何も悪くない。痛みもなく気絶させたんだ。俺は優しいだろ?


 近所の皆さん、この憎きイケメンが失礼しました。物理的な制裁を加えましたので許してください。



 後日、ご近所さんがヒソヒソ話をしており、白い目で見られました。


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