第51話 調理実習と俺

 

 今日は不安で不安で仕方がない日だ。なぜなら、調理実習があるからだ!

 後輩ちゃんとは同じ班にはなれなかった。だから俺は超不安になっている。

 後輩ちゃんに料理をさせてはいけない。何度も何度も念を押す。


「後輩ちゃん。絶対に何もしたらダメだからね」


「わかってますよ。クラスメイトを保健室送りにしたくないですし」


 後輩ちゃんが、何度も言われて聞き飽きた、という顔になっている。


「保健室で済めばいいけど……」


「失礼な!」


 後輩ちゃんが少し怒って、俺の身体をポコポコ叩いてくる。少し怒った後輩ちゃんも可愛い。

 周りから、またいちゃついてるよ、という声が聞こえたのは気のせいだろうか。気のせいに違いない。

 教室を移動し、家庭科室でエプロンをつける。

 今日作るのはご飯とお味噌汁と生姜焼き、そしてキャベツの千切り。生姜焼き定食だ。ご飯は炊飯器で炊くだけだけど、鰹節と昆布から出汁を取って炊くらしい。その出汁はお味噌汁にも使う。

 俺たちは班に分かれて調理に取り掛かった。


「へぇー、颯くんって料理上手だね。毎日作っているんでしょ? 葉月ちゃんが自慢してたよ」


「まあね。自分で作ったほうが安いし、後輩ちゃんがねだってくるし」


 班の女子が羨ましそうに俺を見てくる。彼女は手際がいいとは言えない。ちょっと危ない。このままだと手を切ってしまいそうだ。俺は堪らず助けに入る。


「もっと力を抜いて。そんなに力を入れて握らなくていいから」


「ひゃっ! 颯くん……これはダメだよ…私ダメになるから」


 わかりやすく手を添えたのはダメだったのか? 彼女は体中を真っ赤にしながら手が震えている。今にも泣きそうだ。彼女は後輩ちゃんみたいに男嫌いなのか? ちょっと悪いことしたな。


「あっ………………(もっと触って欲しかったな)」


 俺が離れると、彼女は何とか食材を切り始めた。これなら怪我をする心配はなさそうだ。


「きゃっ! あつっ!」


 出汁を取る担当の女子生徒から悲鳴が上がる。沸騰したお湯が手にかかってしまったようだ。手が真っ赤になっている。俺は慌てて彼女を引っ張って冷水で冷やす。


「こ、これくらい大丈夫だから!」


「ダメだ! 火傷は気をつけないと! しばらく冷やしてて! その間俺が代わるから」


「あっ………………(葉月ごめん! 颯ってかっこよすぎだよ。火傷してよかったかも)」


 俺は二人分の仕事をしながら料理を作っていく。生姜焼き定食なら俺一人でもすぐにできる。だから、二人分の仕事くらい簡単にこなせる。

 周りの班もいろいろとアクシデントが起こっているようだ。皿が床に落ちる音がしたり、「なんで出汁を捨てちゃったの!」、「ぎゃー! 包丁が飛んで来た!」など、怒鳴り声と悲鳴が飛び交っている。俺たちの班は比較的順調な方だ。


「チッ!」


 同じ班の男子が舌打ちをしながら生姜焼きの下ごしらえをしている。俺はちょっと気になったから彼の肩に手をまわして、耳元で囁いた。


「なぁ? 料理をしながら舌打ちはないだろう?」


「うるさい! この女誑し」


「その生姜焼きは同じ班の可愛い女子も食べるんだぞ。俺のことを睨むんじゃなくて、女子が美味しそうに食べているところを想像しながら作ったらどうだ? 彼女たちが褒めてくれるかもしれないぞ」


「そ、そうだな! 流石女誑し!」


 男子がニヤニヤしながら作り始めた。怨念をぶつけながら料理をするより、女の子に食べてもらっている姿を想像しながら料理をしたほうがいい。俺はいつも後輩ちゃんのことを考えてる。彼が単純でよかった。でも、言っておくが俺は女誑しじゃない!


「ねえ颯? 私の火傷、大丈夫かな?」


 お湯がかかってしまった女子が俺に手を見せてくる。俺は冷やしていたから冷たい手を確認する。


「うん、大丈夫そうだね………………あれ? 真っ赤になったけど大丈夫?」


「だ、大丈夫だから! (それは颯が私の手を握って違う意味で火傷してるから)…………って何でもない!」


「そっか。でも何か異変を感じたらすぐに病院に行くこと! いいね?」


「ひゃ、ひゃい!」


 返事に噛んだみたい。体中から湯気が出そうなくらい真っ赤になっている。俺は優しく見て見ぬふりをした。途中ゴニョゴニョと何かを呟いていたのは何だったのだろうか?

 その後、俺の班は何事もなく料理が終わった。俺が担当したのはお味噌汁。家と味噌が違うから味は違うけど、これはこれで美味しく作れたと思う。後は全部盛りつけるだけ。一番早く調理を終えたみたいだ。

 その時、他の班から悲鳴が上がった。


「きゃー! なんでキャベツが真っ赤になってるの!? 血!? 怪我した!?」


 俺は嫌な予感がしてその班に向かう。クラスメイト達も何事かと集まってきた。

 俺が目にしたのは、自棄になって包丁を握っている後輩ちゃんと、まな板に乗った真っ赤なキャベツだった。血ではなく、キャベツの色だけが赤に染まっている。後輩ちゃんのポイズンクッキングだ。


「後輩ちゃん? なんで料理してるの?」


「しつこく私の手料理を食べたいという人がいたので、食べさせてあげようと思いまして」


 後輩ちゃんの目が据わっている。しつこくお願いしたであろう同じ班の男子たちが顔を真っ青にしている。俺は頭を抱えた。


「さあどうぞ? 念願の私の手料理ですよ? たっぷりと食べてくださいな」


「後輩ちゃんストーップ!」


 表情が抜け落ちている後輩ちゃんを止める。まずは握っている包丁を奪い、何も見ていない後輩ちゃんの瞳を見つめる。


「俺が作った味噌汁をあげるからいつもの後輩ちゃんに戻れ!」


「はい! 戻ります!」


 後輩ちゃんがニッコリと微笑んだ。作戦成功です、と小さく呟かれた気がしたが、おそらく気のせいだろう。ひとまず俺は、元に戻った後輩ちゃんを周りの女子に預けると、ガクガクと震えている男子たちに声をかけた。


「さて、後輩ちゃんに無理やり迫ったのか? 後輩ちゃんは嫌がっただろう?」


「だ、だって…食べたかったから」


「まあ、食べたいと思うよな。気持ちはわかる。だけど、無理やりはダメだろ」


 後輩ちゃんは自分の料理の腕を知っている。だから包丁を握ることはしない。なのに今回キャベツを切ったのはそれほど無理にしつこくお願いされたのだろう。後輩ちゃんがキレていた。


「あれ、食べるか? 聞いた話だと、後輩ちゃんの料理を食べた人は一週間は目覚めないらしいぞ。生死の境をさまよったらしい。死なないといいな」


 真っ赤になったキャベツを指さしながら俺は脅す。「失礼な! 病院送りにはしますけど、あの世には送りませんよ!」という誰かさんの抗議は無視する。

 男子たちは顔を真っ青にして、首が取れそうなくらい激しく横に振っている。


「はあ……なら今度からは嫌がることはするな。それと、後輩ちゃんにちゃんと謝れよ」


「わ、わかった」


「そうするよ」


 俺はパンパンと手を打って、周囲に集まったクラスメイト全員の注目を集める。


「俺から言っておくが、後輩ちゃんの料理は壊滅的だ! 今後一切後輩ちゃんに料理をさせるなよ! 鍋をかき混ぜるだけで同じことが起こるからな! 死にたくなかったら絶対に何もさせるな!」


「「「了解!」」」


「ちょっとみんな酷くない!?」


 後輩ちゃんの抗議の声は無視する。俺はあることに気づいた。


「ちょっと! みんな火から目を離すな! 火事になるぞ!」


 クラスメイト達が慌てて自分の班に戻っていく。火事になることはなかったけれど、生姜焼きが焦げたり、味噌汁が沸騰したりして大変な班もある。火事にならなくて本当によかった。


「先輩?」


 おっと、俺の後ろに可愛い鬼が立っている気がする。背筋が寒くなって冷や汗が流れ始める。振り向いたら可愛い鬼が微笑んでいた。


「流石に酷くないですか? 間違ってはいませんけど」


「えーっと、その、あの…」


「出来た料理は一緒に食べましょうね?」


「は、はい!」


 有無を言わせない、威圧感が漂った輝く笑顔で言われたら拒否できない。

 俺はクラスメイトの前で、後輩ちゃんにあ~んをされて食べることになりました。とっても恥ずかしかったです。

 後輩ちゃんは俺の味噌汁を美味しそうに食べてくれた。生姜焼きも美味しいと褒めて、作った男子は泣きそうになりながら嬉しがっていた。






「先輩? 私のキャベツのぶつ切り食べます?」


「食べません!」


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