第49話 クラスの話し合いと後輩ちゃん

 

「クラスマッチの話し合いを始めます!」


 教室に声が響いた。


 いつもは学級委員が話し合いを進めていくが、今回は体育委員が仕切っている。なぜなら、クラスマッチに関する話し合いだからだ。


 クラスマッチとは、学期末に行われるクラス対抗の球技大会だ。全員が何かしらの競技に参加して、汗を流す。


 期末テストが終わった後のストレス発散とも言う。


 現在、その話し合いが行われている。



「クラスマッチは期末テスト後に行われます。一年生の予定は夏休みが始まる四日前。丸一日です。運動場や体育館の関係から、男女ともにサッカーかバスケットボールを行うことになりました! もちろんチームは男女別。サッカーかバスケットボール、どっちに参加したいのか自由に話し合ってください! 全員どっちかに必ず参加することになりますからね!」



 クラスがガヤガヤと騒がしくなる。みんな楽しそうに話し合っている。



「先輩先輩! 先輩はどっちにしますか?」



 お隣の後輩ちゃんが話しかけてきた。



「う~ん。まだ決めてない。後輩ちゃんは?」


「私ですか? それほど運動は得意ではないのでどっちでもいいですねぇ。ただ、女子はバスケットボールが多いと思いますよ」



 後輩ちゃんが何故か確信している。


 どうしてバスケットボールが多いのだろう? 俺は理由がわからない。



「ふふん! 先輩は理由がわかっていないようですね? いいでしょう! 教えてあげます! クラスマッチが行われるのは七月の後半! ということは……」



 なるほど。理解した。



「外は暑くて汗をかくし、日に焼けるから室内のバスケットボールが多いのか」


「もう! 答えを言わないでくださいよ!」



 後輩ちゃんの頬がぷっくらと膨らみ、拗ねた表情をしている。これはこれで可愛らしい。思わず膨らんだ頬をつついてみたくなる。


 俺は我慢ができなくて後輩ちゃんの頬をつついてみた。



「ぷしゅ~!」



 後輩ちゃんが可愛らしく声を出して空気を吐き出す。俺に後輩ちゃんの息がかかった。ミントの香りがする。



「はいはーい! 質問でーす! クラスマッチの日が雨だったらどうなるんですかー?」



 一人の女子が手をあげて体育委員に質問する。


 クラスメイト達が静かになり、答えを待っている。


 体育委員はただ言い忘れていたようだ。



「えーっと、全員ドッジボールになります。これも男女別ね」


「どーも!」



 クラスメイトたちが一瞬俺のほうを見た気がする。


 再びガヤガヤと騒がしくなった。周りの声を聞くと、やはり女子はバスケットボールが多いらしい。


 バスケットボールに女子が多いから、男子もバスケットボールに心が傾いている人が多いようだ。



「で? 先輩はどうします?」


「う~ん…どっちでもいいけど、サッカーにしようかな」


「じゃあ、私もサッカーにしますね」


「いいのか? 日焼けするぞ」


「日焼け止めを塗れば大丈夫です! それよりも先輩の活躍を見るほうが大切です!」


「本気は出さないぞ」


「えー!」



 後輩ちゃんが残念そうだ。


 でも、俺は直感する。このままいくと、後輩ちゃんに可愛らしくお願いされて、俺は頑張ることを約束させられるのだ。


 俺は後輩ちゃんの可愛らしいお願いには弱い。絶対頑張ることになるんだろうなぁ。


 俺が半ば諦めていると、近くの女子が話に入ってきた。



「二人はサッカーにするの? それともバスケ?」


「私も先輩もサッカーにする予定だよ」


「そっかぁ。じゃあ、あたしもサッカーにしよっ!」



 その声が聞こえたのか、クラス中に俺と後輩ちゃんがサッカーにするということが伝わり、瞬く間にサッカーに参加したい人が増えた。


 いや、全員サッカーになった。一体何でだ!?



「なんでみんなサッカーになるんだ!? 女子は外は嫌なんだろ!?」


「あー、みんな私と同じなんですよ。先輩の姿を見たいそうです。男子は……女子が多いからでしょうね」


「何でだ!?」


「いろいろと先輩に当てられちゃったみたいなんですよね、このクラスの女子全員が。この前のドッジボールでも無双してましたよね? それで先輩がかっこいいってなったみたいです」



 後輩ちゃんが俺たちに注目している女子たちに視線を向けると、彼女たちはスッと視線を逸らした。



「でも、全員サッカーは人数的にダメなんだろう? どうするんだ?」


「ここは公平にくじで決めましょう!」



 後輩ちゃんの鶴の一声で、結局くじ引きで決めることになった。全ては運任せ。


 俺は希望通りサッカー。後輩ちゃんもサッカーになった。


 バスケットボールになった女子が残念がり、男子たちは崩れ落ちる。



「よしっ! 流石私! 神様が味方してくれます!」



 後輩ちゃんが可愛らしくガッツポーズしている。そして、目を輝かせながら俺を見つめてくる。



「先輩! 頑張ってください! 順位を競うそうなので、一位になってくださいね!」


「えー。そこまで頑張るつもりはないんだけど」



 俺はいつも通り手を抜こうと思っているのに、


 後輩ちゃんが何故か期待してくる。後輩ちゃんが身体を寄せて囁いてきた。



「一位になったら私が『物凄く良いこと』をしてあげます」


「ふむ。詳しく聞こう」



 後輩ちゃんの小悪魔の甘いささやきに抗えなかった。俺も男だ。仕方がない。



「『物凄く良いこと』の内容は教えてあげません。一位にならないとわかりませんよ。でも、私も頑張りますから」


「一位になれなかったら?」


「私が先輩を慰めてあげます! グレードは落ちますが、先輩が頑張っていたら私もそれ相応のことをしますよ」


「いいだろう。契約成立だ」


「はい。契約成立です」



 俺と後輩ちゃんは握手を交わす。


 俺はこの小悪魔と契約を交わしてしまった。破ることは許されない。


 さてさて、頑張りますか。



「でも、俺だけだと不公平だな。俺も後輩ちゃんの頑張り次第でご褒美をあげよう!」


「本当ですかっ!? 約束ですよ!」


「ああ。約束だ」



 後輩ちゃんはとても嬉しそうだ。


 これは本気で考えないといけないな。後輩ちゃんが喜ぶことは何だろう? まだ時間はあるから考えておこう。



「ねえ二人とも? いつまで手を握り合ってるの?」



 俺たちは女子に指摘されて、ずっと手を握っていたことに気づき、顔を赤らめながら慌てて手を離す。


 女子たちからは温かい目で、男子からは殺意のこもった目で見られている。


 近くの女子がニヤニヤしながら問いかけてきた。



「それで? 何の話をしていたのかなぁ? お姉さんにも教えてよ」


「べ、別に! ただ、頑張りに応じてご褒美の約束をしていただけだよ」


「颯のご褒美!? 葉月だけズルい! 私も欲しい!」


「一方的じゃないから! 私も先輩にご褒美をあげるの!」


「じゃあ! 私もご褒美あげる! だから颯も私にご褒美ちょうだい!」



 盗み聞きをしていた教室中のクラスメイト達が次々にご褒美をねだる。


 後輩ちゃんに変なお願いをしていた男子もいた。顔は覚えた。後でお話をしよう。



「わかったわかった! 俺と後輩ちゃんがご褒美を準備するから、クラスマッチ当日は頑張れ! いいな? 頑張らなかったらご褒美は全部俺たち二人だけのものだ!」



 おぉー!と男子だけじゃなく女子たちも盛り上がっている。余程嬉しいようだ。瞳を燃やしている。


 俺が勝手に決めてしまってムスッとしている後輩ちゃんに事情を説明する。



「むぅ!」


「ごめん! 後輩ちゃんごめん! 説明するからちょっと耳を貸してくれ」


「むぅ~!」



 ムスッと膨れたまま後輩ちゃんが耳を寄せてくる。少し頬が赤い。


 俺は後輩ちゃんの耳元で囁いだ。



「えーっと、俺がクッキーでも作ってみんなにあげようかなって思ってるんだけど」


「それはいいかもしれませんが、私はどうするんですか? 先輩以外の男子にご褒美なんてあげるつもりはありませんよ」



 後輩ちゃんの声に怒りがこもっている。ちょっと怒っているようだ。



「後輩ちゃんにはクッキーの袋詰めをお願いしたい。男子たちはそれだけで喜ぶから」


「むぅ! 仕方がありません。とびっきりのご褒美三倍で手を打ちましょう!」


「………二倍じゃないのか?」


「三倍です!」


「……………わかった。とびっきりのご褒美三倍だな。頑張るよ」


「いいでしょう! 許してあげます。ですが、今日の夜もたっくさん可愛がってくださいね?」


「今日だけじゃなくて、これから毎日可愛がるよ」



 後輩ちゃんは何を想像したのか、顔が爆発的に真っ赤になる。でも、とても嬉しそうだ。


 クラスマッチはご褒美のためにちょっと頑張ろうかな。後輩ちゃんは何をしてくれるんだろう? 楽しみだ。


 こうしてクラスマッチの話し合いは盛り上がった。クラスメイト達が全員闘志を燃やしている。


 盛り上がるのはいいんだが、クラスマッチは一カ月後だし、その前に期末テストがあるぞ! みんなわかっているのか?


 とても不安になった俺でした。

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