第6話 ドライヤーと後輩ちゃん

 

 少年少女自然の家に着いた俺たちは施設の説明を受けたり、高校生活の注意事項などたくさんの話を聞いた。


 俺は全部知っていたためとても退屈だった。欠伸を我慢するので必死で、あまり内容を覚えていない。


 あっという間に時間が過ぎて夕ご飯を食べたらお風呂だった。


 一クラス三十分。男子からすれば普通だと思うが、これが意外と短い。前のクラスが時間オーバーをして、なかなか時間通り入れないのだ。そして、身体を洗うのも順番待ち、髪を乾かすのも順番待ち。三十分なんかあっという間だ。


 俺は髪を乾かさずに部屋へ戻る。俺はこういう事を予想して、家の小さなドライヤーを持ってきたのだ。別にドライヤーを使わなくてもすぐに乾くが。


 俺が部屋へ戻っていると、偶然後輩ちゃんと出会った。


 後輩ちゃんも友達と部屋へ戻る途中らしい。俺に気づいた後輩ちゃんが友達と別れて走り寄ってきた。



「先輩もお風呂上がりですか!」


「そうだぞ」


「では、記念にパシャリ」



 カシャシャシャシャシャシャシャシャッン!



 何故か後輩ちゃんが素早くスマホを取り出して俺の写真を撮った。俺は全く動けなかった。



「よし!」



 後輩ちゃんが撮った写真を確認して嬉しそうだ。



「何が”よし!”だ。盗撮魔の後輩ちゃん。俺の寝顔も撮ったみたいだし」



 来るときのバスの中で俺の寝顔を盗撮したらしい。何枚か後輩ちゃんから送られてきた。そして何故かツーショット写真。



「いいじゃないですか! 一回くらい」


「今ので二回目だ。それに連写してたし」


「まあまあ! 細かいことは気にしないでください!」



 お風呂上がりの後輩ちゃんが嬉しそうだ。そんなに盗撮が好きなのか?


 俺は後輩ちゃんをじーっと見る。


 ふむふむ。初めて見る後輩ちゃんだ。お風呂上がりでセミロングの髪が濡れている。いつもはポニーテールの髪を下ろしている。身体は火照り、少し色っぽい。


 なぜ髪が濡れているだけなのに、こんなにも新鮮で目が惹きつけられるのだろうか?



「せ、先輩? 私をそんなにじっと見てどうしました? 何かおかしかったですか?」



 後輩ちゃんが俺にじっと見つめられて恥ずかしそうだ。頬が赤くなっている。



「いや…………お風呂上がりの後輩ちゃんは初めて見たなって」



 俺が見惚れていたことに気づいた後輩ちゃんがニヤリと笑った。



「そうですかそうですか! お風呂上がりの私はどうですかぁ? 見惚れちゃいましたかぁ? ほらほらぁ~感想を教えてくださいよぉ~!」


「くっ!」



 後輩ちゃんが楽しそうに俺を揶揄ってくる。



「か…………」


「か?」


「………………可愛いです」



 俺は後輩ちゃんの期待のこもった瞳に負けてしまった。


 顔を逸らしながらボソッと呟いた。身体が熱い。


 たぶん、お風呂上がりだからだ。絶対そうだ。そうに違いない!


 感想を聞いた後輩ちゃんが、よしっ、とガッツポーズをしている。俺を揶揄って楽しそうだ。



「では、お風呂上がりの可愛い私もお風呂上がりの先輩の感想を言いましょう! 言ってあげましょう! 先輩! か……」


「か?」


「髪が濡れてますね!」



 ち、ちくしょう。少しでもかっこいいと言われることを期待してしまった俺がバカだった。く、悔しい。後輩ちゃんのニヤニヤが悔しい。


 俺の心の中を見通したのか、後輩ちゃんの顔がニヤニヤからニンマリに変わる。



「あれ~? どうしたんですかぁ~せんぱぁ~い? 私になんて言って欲しかったんですかぁ~? 教えてくれたら言ってあげてもいいですよぉ~? ねぇ~せんぱぁ~い?」


「う、うるさい!」


「ほらほらぁ~! 言ってみてくださいよぉ~! 髪が濡れてかっこいいせんぱぁ~い?」


「い、嫌だ! ………………ん? 後輩ちゃん、今俺のことをかっこいいって言わなかったか?」


「………………………………………………言ってません」



 後輩ちゃんが視線を逸らした。顔を真っ赤にして、しまった、という表情をしている。俺と目を合わせない。


 後輩ちゃんの隙を見つけて、俺はニヤリと笑う。


 俺はやられたらやり返す主義だ。



「へぇ~? もしかして、後輩ちゃんはお風呂上がりの俺のことをかっこいいって思ってたのか?」


「……ち、ちがいます」


「ふぅ~ん? でも、確かに聞こえたけどなぁ」


「せ、先輩の聞き間違えじゃないですか? かっこいいじゃなくて、えーっとですね、そう! カッコ笑い! カッコ笑いって言ったんですよ! スマホでも(笑)って打つじゃないですか! それを口で言ったんです! そうです! 私はそう言ったんです!」



 後輩ちゃんが俺の瞳を力強く見つめてくる。後輩ちゃんは、いつも必死に誤魔化そうとすると、目を泳がせないように、逆にじっと見つめてくる。後輩ちゃんの悪い癖だ。



「………………後輩ちゃん必死すぎ」


「うぅっ!」



 後輩ちゃんが視線を逸らした。


 そんな可愛い後輩ちゃんの反応に、俺は思わず、ぷっと吹き出してしまった。


 俺に笑われた後輩ちゃんがじっと睨みつけてくる。俺も負けじと睨み返した。


 俺たちは何となく、先に視線を逸らしたら負け、という雰囲気になり、じっと睨み合う。


 俺は後輩ちゃんの綺麗な瞳を見つめる。こうやってじっくり見ると、やはり後輩ちゃんは可愛い。


 後輩ちゃんも俺を見つめてくる。そんなに俺を見つめて楽しいのか? 俺は楽しいけど。


 しばらく二人で見つめ合っていた。



「ねぇ後輩ちゃん」


「なんですか、先輩?」


「なんで俺たちこうやって見つめ合っているんだっけ?」


「さあ? 忘れました。先輩が揶揄ってきたからこうなった気がします」


「おい待て。確か先に揶揄ってきたのは後輩ちゃんだ!」



 後輩ちゃんが先に目を逸らした。この勝負俺の勝ち。



「そ、それは先輩が私に見惚れて可愛いって言ったから、照れ隠しでですね………………あっ!」



 ほうほう。後輩ちゃんは俺の言葉に照れていたのか。後輩ちゃんは照れると俺のことを揶揄ったり煽ったりする癖があるからな。もしやと思っていたがやはり照れていたようだ。


 今、後輩ちゃんの目の前にいる俺の顔は物凄くニヤニヤしているだろう。


 顔が赤くなった後輩ちゃんが俺の胸ぐらを掴みかかってきた。



「忘れてください! わ、私は照れていませんから! 嬉しいなんて思っていませんからぁ! 違うんです! 忘れてくださ~い! 忘れろ~!」



 涙目になった後輩ちゃんが俺をグワングワン揺さぶってくる。


 ちょ、ちょっと首が取れそうだから! 目が回って気分が悪くなるから!



「ちょっ! 止めて! 後輩ちゃんギブギブッ!」



 後輩ちゃんが揺さぶるのを止めた。目が回って気持ち悪い。


 夕食直後じゃなくてよかった。直後だったらリバースしていたかもしれない。



「そういえば先輩、髪が濡れていますね」


「突然どうした!?」


「髪が濡れていますね」


「後輩ちゃん?」


「先輩の髪の毛が濡れていますね」



 どうやらなかったことにしたいらしい。後輩ちゃんが強引に力任せに話を捻じ曲げてくる。


 力づくで話を逸らそうとしている後輩ちゃんに従うことにした。追求しすぎると逆に後輩ちゃんに揶揄われるからな。



「乾かす時間がなかったんだよ。別に自然乾燥でもいいけど、家のドライヤーを持ってきたからな。後でゆっくり乾かそうかなと」



 後輩ちゃんがカッと目を見開き、再び俺の胸ぐらを掴みかかってくる。



「せ、先輩! ドライヤー! ドライヤーを持って来てるんですかっ!?」


「あ、あぁ…」


「貸してください!」


「い、いいけど」


「やったー! ありがとうございます先輩!」



 後輩ちゃんが小躍りして喜んでいる。本当に小躍りする人がいるんだな。


 飛び跳ねたりしている後輩ちゃんも可愛い。



「女の子は大変だもんな」


「そうなんですよ! 今日は諦めようかと思っていたんですけど、流石先輩です! 流石主夫で乙女な先輩です! 私よりも女子力あるんじゃないですか?」


「乙女ってなんだ!? それに俺は女子力皆無だ! 男子だからな!」


「料理・洗濯・掃除・お買い物・私のお世話……先輩、十分お嫁さんになれますよ!」


「俺は男だ! それにその考え方は古いぞ! 家事は男もして当然だ!」


「流石先輩です。どこかの頭の固い人たちに聞かせてあげたいです。いっそ先輩の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいです。先輩は絶対に育休を取る人ですね。むしろ専業主夫ですか?」



 あぁー、たぶん絶対育休取るな。だって赤ちゃんも可愛いし、俺は家事するの好きだし。



「そうかもな。なんで今の男性が取らないのかわからんな。赤ちゃんのあのぷにぷにの頃が可愛いだろ」


「ですよねー。でも大変そうですよね。まぁ、先輩なら余裕でこなしそうですが。先輩は何人子供が欲しいとかあるんですか?」


「そうだな、二、三人かな。まぁ授かりものだから出来なくても構わないが」


「そうですか。私も頑張らないといけませんね」


「まだ俺たちも若いんだしゆっくりでいいんじゃないか?」



 そんなことを話していると、俺たちはハッと同時に気づいた。


 ”なぜこんな話をしているのだろうか?”と。


 後輩ちゃんが挙動不審になった。俺も視線を彷徨わせる。



「じゃ、じゃあ、先輩はさっさと髪を乾かして、ドライヤーをここに持って来てください。私も一旦荷物を置いてくるので」



 後輩ちゃんが再び強引な話の誘導を行った。俺もその誘導に従う。



「そ、そうだな。すぐに持ってくるよ」



 俺たちは逃げるようにして別れた。


 俺は部屋に荷物を置き、ドライヤーで髪を乾かす。乾かし終わったら、さっきまで後輩ちゃんと喋っていた場所に持ってきた。


 後輩ちゃんもすぐに受け取りに来た。ドライヤーを渡してさっさと別れる。


 少し時間を置いたにもかかわらず、俺も後輩ちゃんもお互いを意識してしまい、挙動不審だったのは言うまでもない。

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